テーブルに並ぶ多数のジョッキをぼんやりと眺めていた。
まさか、これ割り勘じゃないよね・・・・

なぜ僕は居酒屋なんかにいるのだろう。未成年なのに。
周りの人たちはもうすでにかなり出来上がっていて、大声で話に没頭して盛り上がっている。
僕のことをすっかり忘れてるだろ、こいつら。
まぁ、その方が落ち着いていられるからいいけどさ。

だから僕はひとりウーロン茶を舐めながら、今からほんの数時間前のことを思い出していた。



* * * *


消失点。あの歌の最後のクライマックス。それは感動的な光景だった。
引き込まれるような雅さんの歌声。その時の会場の一体感。
何故か一人立ったままの謎の女性。まるでその人に向けて歌っているかのような雅さん。

♪君が寂しいときにだけ 思い出すような 僕ならいらない

曲中なのに会場から拍手まで起きたその歌声を聴きながら、僕は涙を流しながら赤いサイリウムを振っていたんだ。
見ると周りの桃ヲタの人たちもみんな赤サイを振りながら泣いていた。
あの時が、桃ヲタの人達とついに完全なる一体感を憶えた瞬間だった。
こいつらもいい奴らなんだな、と思ったのだ。(だがそれは間違いだったと今は思う!!)

「消失点があんな展開になるとは、アンコール始まった時は夢にも思ってなかったな」
「今思えば、アンコール前の時間が異様に長かったし、きっと何かあったんだろうなあ。俺らには分からない何かが」
「一曲の間にあそこまでドラマが展開されるとは。語り継がれるぜ、あれは」
「赤サイ祭りよく間に合ったよな。会場のお客さん雰囲気最高」
「舞台監督さんのライトの演出も粋だったよな。会場の照明落としてくれて」
「あれ、よく対応してもらえたな。すごく嬉しかったよ。やった甲斐があったなあって」
「今日は衣装さんといい、スタッフの人がいい仕事してたなー。っていうかこのライブ、スタッフまで含めて一体感があったよな」

「あのとき客席で一人だけ立ったままでスポット当たってたあの人は誰なんだよ、情報班」
「あぁ、なんか雅ちゃんの関係者らしい。それ以上はちょっと。雅ちゃんのことにそれ以上は踏み込めないからね。りーちゃん怖いから」
「あの赤サイ祭りも後で怒られるんじゃないかと思ってずっとヒヤヒヤしてた。ライブの後にりーちゃん来たときは心臓がバクバク言ってたよ」
「隊長からねぎらいの言葉貰えたんだから、俺らとしてはもう言うこと無いね。」

「そういえばお前アンコール明けまでいなかったけど、どこ行ってたの」
「カタオモイのときモッシュで興奮して水を撒いたら、その場で係員らしい生徒さんに連れ出されてアンコール前までずっと説教されてた」


ジョッキ片手に語り合う桃ヲタどもの会話が耳に入ってくる。

もし消失点でライブが終わってしまったとしても、それでも十分だったかもしれない。
それぐらい、会場のボルテージは最高潮だった。
曲が終わったあとの「みやびコール」のときの会場の盛り上がり方は、それがこの日一番のクライマックスになるのかと思った。
この感動のシーン、終わりたくない一心で会場全員いつまでもコールをやめようとしなかった。いつまでも。

だが、ライブはここで終わりでは無かったのだ。
のちに、このライブが伝説と呼ばれるようになるのは、まさにこの流れが想像を遥かに超える熱狂を生み出したからだろう。

いつ終わるのかと思われたみやびコールは、桃子さんによって強制終了させられた。

桃子さんに諌められた客席にあって、その時の桃ヲタどもの狼狽ときたら、それはもう愉快だった。
すっかりみやびコールに夢中で桃子さんのことを放っておいてしまったことを心から悔いているようだった。
情けなさそうな顔で謝罪の言葉を桃子さんに叫んでいる。
土下座してるやつまでいる。お仕置き希望(?)みたいなことを口にしている奴もいて正直キモい。

雅さんの消失点が終わり、再びステージの最前線に桃子さんが戻ってきた。

そう、アンコールはこれで終わりではなかった。
それは興奮のフィナーレへの幕開けだったのだ。


「ロッタラの前のMCのももち面白かったな。たぶん台本に書いてなかったんだぜ、あの流れ」
「みんながBuono!ってやつねw あれは盛り上がったなw」
「彼女、面白い人だったなあ。思わず声援を送っちゃったよ」
「真野恵里菜。姉妹校の生徒会長。学業優秀。スポーツ万能。誰からも好かれるさっぱりとした性格。素晴らしい人だね」
「なんだ、もうそこまで情報集めてきたのかよ」
「おー。そういう人だったのか。なるほど。これからは真野ちゃんも要チェックだな」

真野ちゃんと呼ばれてた美人さんと桃子さんの面白やりとり、そのあとに登場したギターを抱えた女の子。それを見て目を疑った。
そこにいるのは何と、千聖お嬢様じゃないですか!!


「ロッタラでギター抱えて出てきた子、あの子かわいかったなあ。あの子は誰なんだよ、おい情報班!」
「それが・・・」
「それが?」
「あの子は誰なのか、それを調べようとしたんだ。そしたら、一人の生徒さんに言われた」
「何て?」
「世の中知らない方がいいこともあるんでしゅ。消されたくなかったら首を突っ込まないことでしゅよ、ってね」
「はぁ、何だそりゃ?」
「本当に怖かった。あの子はきっとアンタッチャブルな存在に違いない。世の中には俺らが知らない近づいてはいけない世界があるんだよ」
「小説の読みすぎだろw あんなかわいい子がそんな恐ろしい世界にいるわけがないw」
「おまえら直接言われてないから分からないんだよ。俺はこれ以上関わりたくない。あの怖さは尋常じゃなかった。本能的にヤバいと感じたから。お前らももう忘れた方がいい」
「そ、そうなのか・・・」


おじょじょ! そのお姿をここで拝見できるなんて! お嬢様、僕はここにいます! 
あ、興奮のあまり思わず緑サイで前の桃ヲタを叩いてしまった。まずい・・・

お嬢様はギターを担いでいる。ギターを演奏するのか。意外だ。
でも大丈夫、僕がついてますからね! 頑張れお嬢様!!
でも、考えてみれば何て声援を送ればいいんだろう。おっじょーさまー!!かな。それとも、ちさとー!!って叫んでもいいんだろうか。
まわりからのピンクサイの反撃を受けながら、僕は精一杯緑サイを振っていた。

「オーラスが再びKiss!Kiss!Kiss!ってのは、なかなかいいセットリストの組み方だよな」
「盛り上がるしかない!って感じだよね」
「学園の生徒さんたちがステージ上に上がっての最後の大合唱」
「鳥肌モノだったよ、あれ」
「あのとき、なんであそこに突き進まなかった?」
「空気は読まないと(キリッ。あの場に男はいらないでしょ」
「それに、ああいう時は俺らみたいな声出しするのは後ろからの方がいいんだよ。声が全体に通るから」
「ああ、なるほどね」
「大サビのリピートするところ、やりきったね。充実感ハンパないから」


次々とステージに人があがって、もうステージ上はカオスだ。
そこには、あの人もしっかりといました。熊井ちゃん。
彼女がいることは遠目からでもすぐにわかったよ。

熊井ちゃんは置いといて、僕は一人の女の子を探していた。
今このステージの上に彼女はきっといると思ったのだ。なんの根拠もないけれど。
でも、僕のセンサーが反応しているのだ。絶対間違いない。

いた!!

見つけた。舞ちゃん!!
それ以降、僕はもう舞ちゃんしか見ていなかった。
お友達の方々とはしゃぐ舞ちゃん。彼女のその楽しそうな笑顔、この大勢がいるステージでそこだけ後光が射している。
最後の最後で舞ちゃんの姿をステージ上に見ることまでできるとは。あぁこのライブ、最高のライブだ。

美しい思い出。その余韻に浸っていた。
そんなとき、桃ヲタがつぶやいた。

「今日の音源なんとかして手に入らないかなー」
「乞食乙」
「そうだけどさー、今日のライブは永久保存したいでしょ」
「会場録音なんか絶対無理だろ。開演前とかあんな怖そうな係員の生徒さん巡回してたんだから」
「いやいや、これ。もうあがってるよ」

そう言って、取り出したスマホの画面を指さす。


一人で行くBuono!学園祭ライブ

839 名前: りぃ◆Miyabi.Nbz 投稿日:
    P_9xxx5.mp3
    pass:女神の4


「「「「「おおおお!!」」」」」
「「「「「さすがりーちゃん!おれたちにできない事を平然とやってのけるッ!そこにシビれる!あこがれるゥ!!」」」」」


(2時間後)

あぁ、早く帰りたい・・・・

宴もたけなわ。すっかり出来上がった桃ヲタの連中。今はもうずっとひたすら桃子さんの話題。
ももちが・・・ももちの・・・いやももちは・・・やっぱりももち・・・さすがももち・・・ももちかわいい・・・
よくもまあ同じ話題を延々と続けられるもんだ。

「少年はももちのどこが好きなんだ?」
「え?桃子さん? 別にどこが好きとかは特に無いです」
「は? じゃあメンバーの中で一番好きな子は誰なんだよ」

愛理ちゃんを応援したけど、「好き」っていうのとはちょっと違うなあ。
僕がその言葉を使う対象はただ一人、それは舞ちゃんだけだ。

「こいつ、緑サイ持ってたじゃん。愛理ちゃんでしょ」
「そうなの? じゃあ、なんで今ここにいるわけ?」

それはこっちが聞きたいよ!
お前ら、ホント一度○してやろうか。マジで。

「まあいいじゃないかあ! 俺達みんなおとももち。それでいいだろ。うはははは」
「そうそう。彼はまだド新参なんだから、優しくしてやれー」
「少年、今日これだけは覚えて帰れ。Buono!で一番好きな曲はって聞かれたら必ず“あいにーじゅー”って答えること」
「後で桃アタックも実演して見せてやるからな。楽しみにしとくよーに」

酔っ払いが・・・・
上半身裸になって踊って店員さんに注意されてる奴まで出てくる始末。
こんな世界、お上品な学園の方々が見たら卒倒してしまうだろう。
アイドルの世界は華やかだけど、そのヲタの世界は全く華やかではないという、当たり前のことに気付いた夜になったのだ。
あぁ、早く帰りたい・・・・




「だいたいだなぁ!ヒック。ステージにお嬢様が出てきてるってのに、お前ら頭が高いんだよふざけんな!わかってんのか、んあ?」
「一杯飲ませてみたらこうなっちゃったw」





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最終更新:2013年11月24日 11:02