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赤色と茶色と、オレンジを混ぜたような空の色。
寝転がったまま、両手を伸ばすと、吸い込まれていきそうな感覚を覚える。
自分の体が夕日と同じ色に染まるこの時間が、私はとても好きだった。

この学校の中で、一番空に近い場所。私のテリトリー。
最近じゃ尋ね人もだいぶ増えてしまって、自分だけの給水塔じゃなくなりつつあるんだけれど・・・それでも、私にとって、心休まる場所であることに変わりはない。

とうに学園祭の終了時間はすぎて、あんなにたくさんいたお客さんはもういない。
後片付けに勤しむ生徒の声。嗅ぎなれないベニヤ板やペンキのにおい。大きな建造物が解体されてく音。
私らしくもない。妙にしんみりした気持ちになって、生徒会の集まりを抜けて、ここへ逃げてきてしまった。


今年の学園祭は、ここで一人ぼんやりしていただけの去年なんかとは全然違った。
クラスの出し物を手伝った。生徒会の補佐に選ばれて仕事した。友達のステージを見た。裏方もやった。出店もたくさんまわった。
心身ともに疲れたけれど、本当に楽しかった。だからこそ、終わる寂しさもひとしおなわけで・・・。


「こんなの、舞っぽくないし」


そう独り言をつぶやいたところで、このなんとも形容しがたい胸のもやもやが晴れるわけでもない。
この1年で、私はすっかり私らしさというものを見失ってしまって、そもそも何が“舞っぽい”のか、自分でもよくわからないから。
群れるクラスメートを内心で小馬鹿にし、一人で行動できるのが何よりカッコイイと思っていた頃にはもう戻れない。・・・ま、別に戻りたいわけでもないけど。

たまに家に帰ると、家族にも「舞は顔が優しくなったね」なんて言われる。
クラスの子に、「昔は本当に話しかけづらかった」なんてぶっちゃけられることもあったり。

気恥ずかしいけど、悪い気はしない。少なくとも、昔の自分の悪いとこを認められるぐらいには大人になっているから。
それに、なんと言っても・・・

「舞。よかった、ここにいたのね」

梯子をのぼって、給水塔へと上ってくる小さな体。
手を伸ばして引っ張りあげると、千聖はにっこり笑ってくれた。


「遅いよ、千聖」
「あら、私たち、約束をしていたわけではないでしょう?遅いだなんて」
「いいの。舞が遅いっていったら、遅いんだからねっ」
「ふふ、舞ったら。お隣、座っても?」

私のくだらないいちゃもんもお姉ちゃんみたいな表情で受け止めてくれる。

千聖。私の価値観を全部変えてしまった人。・・・私の全部を、わかってくれる人。


「少し、肌寒くなってきたわね」

鞄から取り出した大きなブランケットを、自分と私の両膝に掛けてくれる千聖。


「あ・・・そうだわ。はい、これ。
茉麻さんから、クラスのお店で売っていらっしゃったスープをいただいたの。屋上に行くなら舞の分も一緒に、って。お優しいのね」

受け取った容器はまだじゅうぶんあったかくて、オニオンスープの優しい匂いがして・・・さっきの切ないような気持ちを思い出した。

たまらず、ブランケットの中で、千聖の手を探す。すると、すぐにその手が温かい感触に優しく包まれた。

千聖の柔らかな手。どんな状況でも、私の一番欲しているものをわかってくれて、与えてくれる。そうするのが当たり前であるかように、ごく自然に。

ずっと、私の気持ちを理解してくれる人なんて、誰もいないと思っていた。
私はこういう性格だし、誤解されたって怖くないって。

今だって、本質的には変わっていないつもりだ。愛想笑いもできないし、お世辞も苦手。でも、今の私には千聖がいる。
私がどんな選択をしようとも、駄目な部分を見せても、いつも微笑んで寄り添ってくれる、千聖が。
そして、いつでも私たちを見守ってくれる、大切な寮のみんなや学校の友達。あまりにも大切なものが増えすぎてしまって、きっともう、一人ぼっちを愛する私には戻れないだろう。


「学園祭、明日も続けばいいのになぁ・・・」


ふと、そんな言葉が口をついて出た。
甘えるような声色になったのは気恥ずかしいけれど、千聖は笑わずに受け入れてくれた。


「そうね、ずーっとずーっと学園祭なら、もっといいわ」
「ふふん。わかってないなあ。終わりがこなきゃ、日常になっちゃうんだよ。それじゃ楽しくないし」
「もう、舞が言い出したのに、そうやって千聖をからかうんだから」

軽く目を眇める仕草が眩しい。
慌しい日々が続いて、2人だけで過ごせる時間があまり取れなかった分、他愛もないこんな時間が、私の心を潤していく。


「学園祭、参加してよかったわ。こんなに楽しいのなら、去年も休まなければよかった」
「そうだね」

いつもはワンクッション強がらないと出ない素直な言葉も、千聖のぬくもりを感じながらなら、ちゃんと口にすることができる。
幸せだなって思った。学園祭もだけど、今この瞬間が、永遠に続けばいいなって。


「何か、昔に戻ったみたいね」
「ん?」
「ほら、昔はなっきぃにもよく言われたでしょう?ちゃんと周りの人とも仲良くしないと、孤立しちゃいますよって。
その時、舞が言い返したでしょう?“別にいいし。舞と千聖は・・・」
「・・・ふたりぼっちだもん。でしょ?」

言葉を繋げると、千聖ははじけるような声で笑い出した。

「ちょっと、笑いすぎ。ふふふ」

といいつつも、私もつられてにやけてしまう。


「ちょー怒ってたもんね、なっきぃ。顔真っ赤にしてキーキーギュフギュフと」

今よりも幼い顔立ちの、サイドテールの風紀委員長様のお説教を思い出して、申し訳ないと思いつつ、やっぱり笑いが止まらない。


「でも、なっきぃの言う事は正しかったのよね、舞」
「うん?」

千聖の声色が、少しだけ低くなる。
私を見つめる目も、夕日の赤を吸い込んで、いつも以上に神秘的な色合いを帯びていく。


「私は、舞のことが好きよ」

その力強い声は生々しく、はっきりと耳に入り込んできた。
何か返そうと開いた私の口は、けれど何も紡ぐ事ができなかった。わけのわからない緊張感に包まれながら、私はただ千聖の次の言葉を待った。

「私が学校に馴染めなかった頃、授業時間以外、舞がいつもそばにいてくれたわね。本当に嬉しかった」
「そうだっけ」

嘘。
覚えてるけど、私はとぼけてみせた。・・・どうせ、千聖にはお見通しなんだろうけどね。


「2人でお弁当。2人で内緒話。舞とふたりぼっちで過ごす時間は、すごく楽しかった。
でもね、舞。私は今のほうが、もっと楽しいわ」


穏やかに微笑するその顔が、向かいの校舎の、一番上の階の渡り廊下へと向けられる。


“茉麻、あっちでえりの手伝ってあげて!私これ、一人で持てるから!”
“ねえ愛理、さっきの書類なんだけど、あれって・・・”
“ダンス部の打ち上げ何時からだっけ?清水先輩、良かったら一緒に・・・”


生徒会室の前あたりだろうか。
耳を傾ければ、聞きなれた心地よい声がたくさん届いてくる。
私に、いや、私たちに、無償の安心感を与えてくれる人達。姿なんか見えなくても、近くにいるってわかっているだけで、心が落ち着く。


「・・・他にも好きな人がたくさんいる、今のほうが幸せだって言いたいんでしょ」
「まあ、舞・・・」
「千聖の考えてることなんて、全部わかるんだから」

――本当は、さっきまでまったく同じこと、考えていたからなんだけどね。


それからしばらくの間、私たちはただ無言で寄り添っていた。
茉麻ちゃんからもらったスープと、千聖の体温があったかくて、とても心地よい。


―――♪♪♪
“どーもー!校内で作業中の皆様に、新聞部からお知らせでーす。まもなく後夜祭が始まりますので、ぜひぜひ参加してくださぁーい!校庭でお待ちしてまーす!!”

スピーカーから、徳永さんの元気な声が流れてきた。
・・・もうそんな時間か。どうも、千聖といると、そこだけ空白に切り取られたかのように、時間の感覚がなくなってしまう。


「千聖、どうする?行く?」



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