「毎朝ここで舞ちゃんを待ち伏せしてるって言ってたけど、本当にいるんだ。あははは」
待ち伏せだなんて人聞きの悪い。ここでバスを待ってるだけです。
それを確認するためにわざわざ見に来たっていうのか。熊井ちゃん朝は苦手なはずなのに。
どうせまた僕を笑いものにするためなんだろう。別にいいけどさ、もう。
それより、もうすぐ舞ちゃんたちが来るいつもの時間だ。その前に何とか熊井ちゃんを退散させなければ。
何か上手い手はないだろうかと考えていると、その時ひとり寮生の方が歩いてきた。
栞菜ちゃんだ。
彼女の姿を見て、このあいだ舞ちゃんに言われたことが頭をよぎる。
あれはどういうことだったのだろう。有原に取り込まれるな、って。
よく分からないけど、栞菜ちゃんへの応対は要注意ってことなのか。
考えれば考えるほどよく分からなくなる。いったいどういう意味なんですか舞様。
ひょっとして、舞ちゃんと栞菜ちゃんってあまり仲が良くないのかな、なんて一瞬思ってしまった。
でも、それは完全に否定できる。あの2人が一緒にいるところを見ていれば、仲が悪いなんてことは有り得ないということが分かる。
2人のときはいつもじゃれあっていて、あれはよっぽど気が合う人同士でないとああいう仲にはなれないはず。
むしろ、一番仲が良さそうに見えるぐらいの2人組なんだけど。
舞ちゃんと栞菜ちゃん、不思議な2人組だ。要観察継続。
僕がそんなことを考えている横で、熊井ちゃんの明るい声が響く。
「栞ちゃん、おはよー!」
熊井ちゃんが声をかけると、栞菜ちゃんは一緒にいる僕を見つけてオーバーアクションで驚いてくれた。
2人は顔見知りなんだな。
それならお願いします栞菜ちゃん、この人(熊井)を今すぐ学校に連れて行って下さい、お願いしますお願いします。
熊井ちゃんと僕を交互に眺める栞菜ちゃん。
「知り合い、なの?」 栞菜ちゃんが熊井ちゃんに話しかける。
「栞ちゃん聞いてーw何でこいつがここにいるかって言うとさー」 相変わらず聞かれたことには答えない人だ。
「熊井ちゃん!!」 あわてて口を挟んで熊井ちゃんを制止する。何を言い出すか怖くてしょうがない。
「まぁ、別にいいけど。どうぞ、お 2 人 で ご ゆ っ く り」 冷めた表情で栞菜ちゃんが言った。
でもそれは僕が期待している言葉とは180度違っている。
栞ちゃん違うでしょ!熊井ちゃん一緒に行こう、でしょ!
一生懸命に念を送っている僕に対して、栞菜ちゃんが顔を近づけてきた。
「なんだよ、そんなに早く立ち去ってもらいたいってか?あぁ?」
しまった。僕の考えてること読まれてた。
なんて厄介な人なんだ。しかも言いがかりをつけてくるその口調のガラの悪さ。本当にあの学園の生徒さんなのか?
って、これも読まれるのかな。
頭の中で考えることに、どこまで気をつければいいのか。キリがないだろ、全く。
面倒な人にからまれちゃったな。この忙しいときに。
って、これも(ry
栞菜ちゃんは僕に対して、その凄んだ目付きで更にこう続けた。
「萩原に何か言われたんだろうけどさ、わたしに意見しようなんてオメー100万年早いかんな」
何で知ってるんだよ・・・ 怖いだろ。
舞ちゃんも怖かったけど、栞菜ちゃんも相当怖いな。でも、この怖さがちょっと病みつきに(ry
話しを戻して、栞菜ちゃん違いますよ。立ち去ってもらいたいのはあなたではなくてですね・・・その・・・
肝心の所が読み間違ってるよ、栞菜ちゃん。
いや違うのか。読まれてるからこそ、わざと意地悪されてるのかもしれないな。
そこを何とかお願いします。早く熊井ちゃんを学校へ連れて行って下さい。お願いします。
一生懸命僕がそう思ってるのに対して、栞菜ちゃんからは熊井ちゃんを連れて行ってくれる気配が全く感じられない。
てか、明らかにわざと意地悪してるだろ! 頼むよ、もう時間がないんだ。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、当事者の熊井ちゃん自らこう言った。
「ちょうどいいやー。栞ちゃん一緒に学校行こー」
テンパってた自分がバカみたいになるほど、のんびりとした熊井ちゃんの口調。
彼女は分かってて僕をからかってるんじゃないかと思うぐらいだよ。
・・・何だかどっと疲れた。
熊井ちゃんが栞菜ちゃんに変なことを喋らないか気にはなるけれど、今は緊急事態を回避できたことで良しとしなければ。
ホッとしながら、歩き出した2人の後ろ姿を見送る。
熊井ちゃんが栞菜ちゃんに話しかけている。その会話の断片が聞こえてきつつ二人は遠ざかっていった。
「そういえば栞ちゃん、あの初等部の子とは最近どうなのー?」
熊井ちゃんをなんとか退散することが出来てホッとしていたら、数分後やってきたのは舞ちゃんと同じくらい会えると嬉しい人だった。
千聖お嬢様だ!!
お嬢様、今日は2人連れで御登校ですか。
近くまで来ると、お嬢様も僕に気づいてくれた。そして、僕を見かけたお嬢様はにっこり微笑んでくれたんだ。
あぁ何て素敵な笑顔なんだろう。まるで太陽のようだ。
一気に高まった僕はお嬢様に自分からご挨拶しようと思ったんだけど、お嬢様の隣にいる子を見てそれを躊躇してしまった。
今日お嬢様と一緒に歩いてきた生徒さん。
この子か・・・
いつもお嬢様と一緒にいる寮生の人たちの中で、この子のことだけまだ知らないんだ。
そのきっちりとした制服姿。キリッとした顔つき。ピンと伸びた背筋。
わかる。
この子は俗に言う“優等生”ってやつだ。
この手の生徒は何かにつけ、いちいちうるさいものなのだ。
現に、突然出現した男子生徒たる僕のことをちょっと険しい顔で見ている。
その顔には僕をかなり警戒している様子が、それはもうはっきりと表情に出ていた。
でも、まぁそうですよね、女子校の生徒さんですもんね。考えてみれば、彼女のとった反応こそが普通の反応なのかもしれない。
今まで知り合った学園の生徒さんは、みなさん育ちがいいからなのか、知らない人間に対する警戒心が薄すぎるような気がする。まぁ、その恩恵を享受しまくった僕が言うのも何だけど。
人のいい寮生の方々。僕はちょっと心配になってしまった。毎日の通学途中とかで変な男にでも引っかかったりしないだろうな・・・
そんな僕の心配をよそに、お嬢様が僕に声をかけて下さる。
「ごきげんよう、ももちゃんさん。ウフフ」
声を掛けて下さったのはとても嬉しいのですが、その「ももちゃんさん」っていうの意味不明だしホントやめて欲しいんですけど。
お嬢様が僕に声を掛けて下さったところ、優等生さんの僕に対する態度がさらに硬化した。
僕への警戒感はそこでさらに一段引き上げられて、ちょっとした嫌悪感まで感じられるぐらいになったのだ。
お嬢様が男子に声を掛けるなんて、優等生の彼女にとってそこまで許し難いってことなのだろうか。
そんな彼女のこの表情。
警戒する表情の中にちょっと怯えたっぽい様子も垣間見えるのは、ひょっとして僕が男子生徒であるからだろうか。
女子校の生徒さんなので男子に接する機会が少なくて免疫がないのかもしれないな。
でも強がってそれを隠してる様子が感じられて、それが何とも言えずかわいいなあなんて思ってしまった。
何かこう、ちょっといじめてみたい衝動にかられてしまいそうになる。いやもちろん冗談ですけどね。
そんな表情の彼女、むしろその表情がとても魅力的で。
男心をくすぐるなあ、この子。
彼女の表情には何故だろうすごく引き付けられる独特のものがあるのだった。
それにしても、この子の僕に対するこの警戒感は、ちょっと突出しているのではないだろうか。
優等生さんは、男子に親しげにしているお嬢様に対して何か言いたそうにしているのが分かる。
言いたいことがあるようだが、彼女にとってこれは想定外の出来事だったのだろう。
この事態にどう対処するのが最善なのか思い悩んでいるようだ。
すると、彼女は何か言葉を発するよりも先にまず行動を起こした。
お嬢様と僕との間に巧みに入りこんで僕の視界を遮ったのだ。
危険なスペースをケアするセンチ単位の絶妙なポジショニング。この子、サッカーの心得があるな。
なんて冗談はともかく、その行動には言葉で場の空気を壊したりする無粋なことなしに、手っ取り早く視界を遮断して終わらせてしまおう、という意図が露骨に感じられる。
なに、この子・・・
ちょっと腹立つんだけどw
彼女に視界を遮られたまま、お嬢様は通り過ぎていってしまった。
あっけに取られながら、僕は2人の後ろ姿を呆然と見送る。
お嬢様は僕に振り返ってくれているようだが、彼女はご丁寧にそれさえも完璧に遮断している。見事な一貫した仕事っぷり。
彼女の後ろ姿からは、僕へのきっぱりとした拒絶のメッセージが感じられる。
なんなんだ・・・
なすすべが無かった自分に対して悔しさが募った。ちくしょー。
結局、今朝は舞ちゃんにも会えなかったし、踏んだり蹴ったりだ。
お嬢様と登校していたら、信じられないことが起こった。
ある男子生徒に対して、いきなりお嬢様が話しかけられたのだ。
お嬢様が男子に話しかけるなんて! どういうこと!?
どうやら顔見知りみたいだけれども、お嬢様のお知り合いの方なんだろうか。
とてもそんな上流階級の人には見えないけど。
お嬢様のプライベートを詮索するようなことはすべきでは無いのかも知れないけれど、これは見過ごしていいことでは無いだろう。
何か間違いがあってからでは遅すぎる。私にはお嬢様をお守りする義務もあるのだ。
第一、ひっじょうに気になる耳障りな単語が入っていた。とうてい看過できないケロ。
「お嬢様、今の男子の方は? ももちゃん、って呼んでましたが?」
いまの男子生徒、嗣永さんの関係者?
まったく嗣永さんときたら、どこまでお嬢様に悪い影響を与えれば気が済むのか・・・
清く正しく美しくあるべきお嬢様に、あの嗣永さんという存在は危険すぎる。
お嬢様をお守りするために私が頑張らないと。
ちょうど明日は風紀チェック。厳しく取り締まるんだから!
「ウフフ、違うの。あの方は大きな熊さんのね、あっ!舞美さんだわ!!舞美さん、一緒に行きしょう」
友理奈ちゃん? 友理奈ちゃんもからんでるの?
・・・またあの軍団か。
もう、ため息しか出てこない。
節度ある学校生活を維持するためにも、あの人達は本当に一度きっちり指導する必要があるケロね。
最終更新:2013年11月24日 11:04