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「あ、おかえり聖ちゃん!聞いて、岡井さんが」
「ちょ、えりぽん!」

今ちょうど、内緒にしようって言ったばっかりじゃんか!
私も香音も冷や汗が出てる状況なのに、衣梨奈はいつもの調子で「いーじゃん!」なんて言ってくる。

「だってもう、今の話聞いちゃったんでしょ、聖ちゃん。だったら隠したってしょうがないし。切り替え!」
「もー・・・」

でも確かに、聖ちゃんはもう、ぶすっとした顔ではなかった。
私たちのやりとりに微笑みながら、香音の隣に腰を下ろす。

「さっき、怖がらせてごめんね」
「ううん、全然!よかった、何か悪いこと言っちゃったのかと思った」

聖は香音の髪を軽く一撫ですると、表情を真顔にもどして私たち3人を見回した。

「岡井さんが、お嬢様言葉で話してたってことなんだけど」
「うん・・・」
「ねー、でもそれって別にそんな重い話じゃなくない?なんで・・・」
「えりぽん、ちょっと黙って」

そんな強い言い方じゃないんだけど、とても重く響くその声に、さすがの衣梨奈もグッと言葉を詰まらせる。


「それね、あの・・・何ていえばいいのかわからないんだけど」

聖は言葉を選ぶように、うつむいて口をもごもごと動かした。

「・・・聖ちゃん、無理しなくてもいいよ」

私は思わず口を挟んだ。

「聖ちゃん本当に辛そう。無理しないで」
「うん、そうだね何かゴメン私のせいで。もーこの話やめよっ!聖ちゃん聞いて、この前、学校でね・・・」
「えー、私は聞きたいんだけど!」
「「え、り、ぽん!もー空気読んでよっ」」

全力で気づかってる私たちなんかおかまいなしな衣梨奈。
でもそれが逆に聖の心を和らげたのか、平気平気と笑ってくれた。


「もう、9期メンに話していいよっていう許可はもらってるし」
「許可?」
「さっき、電話で明・・・妹さんにね。ただ、どう説明したらいいのか」

聖ちゃんは眉間に皺を寄せて、悩ましげにため息をついた。・・・無駄にセクシーだ。


「そんなおおごとなの?だって、お嬢様っぽい感じに振舞ってただけだよ?“舞さん、素敵なリップグロスね”とかいて」

香音のモノマネに、衣梨奈がププッと吹き出す。私もつられて少々。でも聖ちゃんは笑わなかった。
すると、衣梨奈が突然立ち上がった。


「・・・よーしわかった!そんなにしつこく言うなら、みんなで見に行けばいいんじゃん!」
「誰も何も言ってないし」

私のツッコミは無視して、ジェスチャーで私たちにも起立を促す衣梨奈。なんだかわからないけど、やたら楽しそうだ。

「でもさ、もうそれしかなくない?すごいもやもやするこういうの。
実際岡井さんに会えば、なんか掴めるっしょ。ほら早く!」
「もー、痛いよえりぽん!」

こういう時の、衣梨奈の行動力は恐ろしいものがある。
急かされるがままに、私たちは控室をあとにした。


*****

「ね、ね、どこのトイレ?」

腕にしがみつく香音に小声で話しかけると、通路の奥を黙って指差した。

「まだいるといいんだけど・・・」
「本当に、そーっとだよ?岡井さんに迷惑かけるのだけはやめてね」

まるで、肝試しのテンションだ。
4人で引っ付いて、抜き足差し足で廊下を進む私たちを、道行く方々が訝しげにジロジロみてくる。


「9期、あんま変な事すんなよー」
「「「「はぁーい・・・」」」」」

私たちの行動を見透かしたかのような、通りすがりの新垣さんからの呼びかけに若干心が痛む。
でも、でも大丈夫だよね?いたずらするわけじゃないんだし・・・覗くだけだし・・・



「・・・行くよ。失敗は許されないから」

やがてたどり着いたトイレの扉。
完全に探偵気取りの衣梨奈が、おそるおそるノブを引くと、誰かの笑い声が聞こえてきた。


上から衣梨奈、聖、私、香音の順番に、4人顔を縦にして、中を盗み見る。


「・・・そしたらさー、いきなり、あーちゃんがね」


奥の方の鏡の前にいたのは、萩原さんだった。
顔はこっち向いてなかったけれど、少し舌たらずな独特のけだるい声と、細いウエストのラインだけでわかる。

「・・・で、舞はカレーライスがいいっていったのに、お姉ちゃんは焼きそばっていうからぁ」

私たちの話してくれるときより、妹っぽく甘えた感じに喋る萩原さん。
お話し相手のことが、本当に本当に大好きなんだなってすっごく伝わってくる。
先輩だけど、可愛らしい一面が見れて、なんか幸せな気分だ。

「ねー、よく見えない・・・」
「えりぽん、マジ静かにして!」

―ー―聖ちゃん、怖いよ聖ちゃん。

まあ、たしかに、萩原さんは奥のほうにいるから、手前のドアじゃ見えづらい。
でも頑張って身体を捻りつつ、鏡ごしに観察をしていると、萩原さんのさらに奥、ちょうど見えづらいところに、小さな頭が見え隠れしているのがわかった。

その人は萩原さんの取り留めない世間話に、こくこくとあいづちを打ったり、ウフフと笑ったり。
ほんのり茶色く染めたポニーテールがぴょこぴょこと動く。・・・ああ、岡井さんだ。


「・・・それでその後、お姉ちゃんと買い物行ってー、そしたら、あれがあったの、千聖が好きなやつ!」
「あら、いろはすかしら?」
「そう、みかんのほうね!舞買っておこうかなって思ったんだけどー、普通にどこでも売ってるから意味ないって気づいてー」


・・・ん?今、岡井さんの語尾に変なの付かなかった?


声も何か、小さな鈴が震えるような細くてか弱い感じで、ハキハキと大きな岡井さんの声とは違うような・・・。
私の肩に添えられた、聖ちゃんの手に力が篭る。


「ん、でもやっぱ買ってきたほうがよかった?千聖あれいっぱい飲むし」
「ウフフ、お気づかいありがとう、舞さん。あれね、あとでコンビニエンスストアに買いに行こうかと思うの。
それでね、もしよかったら、お付き合いいただきたいのだけれど・・・」


――うわあ。

私の頭の中で、明るく無邪気に笑っている岡井さんのイメージ像がボロボロと崩れ落ちていく。
あんな言葉づかい、日常生活で聞いたことない。しかも、お嬢様の印象なんてまったくない岡井さんの口から飛び出るなんて。
だけど、不思議と違和感は感じなかった。
例えるなら、性格のまったく違う岡井さんの双子の妹みたいな。
たしかに外見は岡井さんなんだけど・・・無理して上品に話しているというより、そう話すのが自然だから、そうしているっていうか。

「うん、じゃあ舞も行く!約束ねっ。ギョカイとか連れてきちゃだめだよっ2人だから!」
「まあ、舞さんたら。でも、早貴さんにおみかんのお菓子を買っていって差し上げましょうね」

鏡越しに、岡井さんがレースのハンカチで口元を押さえる仕草が見える。
あまりのことに、頭がぼーっとして、驚きすら感じない。まるで、先輩たちの即興演劇を見せられているみたいだ。


「ねー、だから言ったでしょ」

香音の裏返り気味の声に、黙ってこくこくとうなずき返す。

「聖ちゃん・・・」

あれだけ狼狽していた、聖は大丈夫だろうか。

上目づかいで様子を伺うと、なぜか聖はニヤニヤしているようだった。

「・・・でもあの岡井さんっていいよね。すごく可憐で・・・何か守ってあげたくなっちゃう的な。普段とのギャップが(ry」
「私、たまに聖ちゃんのことがよくわからないよ・・・」

「待って待って、ねー香音もう少し頭下げて!さっきから見えないんだって!」
「わっ、わっ」

いきなり、衣梨奈が思いっきり体重をかけてきた。
私の肩を支えにしていた聖の手がすべり、香音の頭を勢いよくド突く。

「いったーい!!」

甲高い絶叫。


「大丈夫!?・・・あっ」


しまった、と思った時には遅かった。
四人でグダグダ絡まりあってる私たちを、振り返った萩原さんが驚愕の表情で凝視していた。
もちろん、その後ろにいた、岡井さんも・・・


「な、にしてんの・・・」

さっきの楽しそうなのとは違って、妙に乾いた声で、萩原さんがつぶやく。のっしのっしと、こちらに歩いてきながら。

「あのごめんなさい、違うんです!何かトイレ混んでたから!」
「ってか、今舞たち以外誰もいないんですけど」

衣梨奈の言い訳もバッサリ切り捨てて、萩原さんは私たち4人を順番に見比べた。

・・・怖い。香音なんてかわいそうなぐらい萎縮しちゃって、添えた手に震えが伝わってくる。


「・・・舞、怖がられてるし!ウケるんだけど!」


しかし、そんな空気を破ったのは、意外な人物だった。


「睨んだらだめでしょー?ねえ?気にする事ないよ?千聖が守ってあげるからねっ」
「・・・・え?は、はぁ」


そう、私たちを庇ってくれたのは、さっきまでウフフと笑い、国語の授業で出てくる敬語をいっぱい使っていたはずの岡井さんだった。

「グフフ、舞が9期いじめたってみんなに言ってやろーっと」
「・・・はぁ?舞が悪いの?んとに、千聖ってさぁ」

一瞬間を空けて、萩原さんも岡井さんに応じる。
そのまま会話を始めた口調は、私たちのよく知る岡井さんのものに戻っていて・・・わけがわからなくなってきた。


「トイレ、行きたかったんでしょ?どうぞどうぞ」

そう言って、私たちに道を譲ってくれる岡井さん。
笑顔は見慣れた三日月笑顔。
変な話だけど、唐突にさっきのお嬢様状態から明るいいつもの岡井さんになったのに、こちらもまた違和感がない。


「お、お邪魔しまーす・・・」

4人揃って、お二人の前を背中丸めて通過する最中、「ねえ、待って」と呼び止められる。

「は、はいっ」

叱られるときのように、無意識に一列に並ぶ私たち。

「ちょっと、舞」
「千聖はだまってて」

萩原さんは直立不動の私たちを観察しているようだった。
怒ってるわけじゃなさそうだけど、ものすごい重いオーラだ。声も身体も凍らされる。

先輩たちの中じゃ、一番私たちと年も近くて、機会があればもっと話もして見たいって思っていた人だったけれど、今はそんな調子こいたこと考えられない。
ある意味、どんな先輩・・、スタッフさんやもっと偉い人々よりも・・・それこそ総理大臣とか王様みたいな・・・いや、それ以上の権力者って感じだ。宇宙皇帝ハギワラみたいな


「ぷぷっ」


自分の妄想で思わず笑うと、ガチッと視線をロックされてしまった。

「・・・え、何で笑ったの、今」
「あ、あのすみません」
「ねー舞、いいじゃんもう」
「よくないから!」


――どうしよう、どうしよう。
自分で言うのもなんだけど、普段私はほとんど怒られるという事がない。
対処方がわからなくって、頭が真っ白になる。

「・・・あの、萩原さん」

すると、私の体を少し庇うように、聖が前に出た。

「ん?フクちゃんどうしたの」

もともとエッグだった聖相手だからか、萩原さんの声は若干柔らかくなる。

「・・・あの、私たち」

一体、何を言い出すつもりなんだろう。


「・・・私たち、何も見てないですから!」


・・・・・・え?

「ね、ね、みんな見てないよね?全然!」

聖は必死の形相で私たちに同意を求める。

いやいや・・・いきなり「見てないです」とか言ってる時点で、何かしら見てるのはバレバレなわけで。
でも必死な聖を残酷に切り捨てるわけにも行かず、どうしようかと香音と目を合わせる。


「・・・あーそう。フクちゃんは見てないんだね」

だけど、萩原さんはあっさりとフクちゃんの言葉を受け入れた。
続いて、私の方を向く。

「鞘師ちゃんは?何か見たの?」
「え?」
「どっち?」

聞かれながら、私はなんとなく、萩原さんの気持ちが理解できた。

「見てない、です」
「そっか」

そう、これでいいんだ。
私たちが本当に、岡井さんの“あの状態”を見たかどうかは重要ではないんだろう。
大事なのは、“見てないフリができるか”ということ。
だから、多分私の答えは間違っていない。

答えた子から早くオシッコいきな?なんて岡井さんのよくわからない気づかいが、安心して耳を通過していく。


「香音ちゃんは?」
「あ、見てないです!何も」

香音にもそれがわかったらしく、難なく追求を突破。

一体どうしてこんなに、岡井さんのことを隠したがるのか。
そして、今の岡井さんがなぜまたフツウに戻ったのか。
わからないことだらけだけれど、まずはこの事態を乗り越えられそうだ。

「あと・・・」
「え、でも私は見ましたよ!岡井さんがお嬢様ごっこしてるの!」

――ああ、忘れてた。こいつ、いや、このお方がいたんだった。

「もー!!頼むよ、えりぽん!」


珍しく聖が絶叫し、orz のポーズで床にがっくし膝をついた。




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