――さて、一体どうしたものか。
お目当ての雑貨屋さんで、「すぐ使うんで、袋は結構です!」なんて笑顔で告げてる舞ちゃんを見ながら、私は首をひねった。
「お待たせー、えへへ」
スキップまじりに駆け寄ってくる顔も、ニコニコで可愛さ10割増。しかしその目は、獲物を狙う肉食獣のそれで、恐ろしさも10割増。
「ポラロイドカメラにしたんだね」
ケータイぐらいの大きさの、黄色いカメラを首から提げたその姿は、一見カメラ大好きなオシャレ女子みたいに見える。
だけど・・・
「そ。撮ったのすぐ見れたほうがいいでしょ?」
「あ、それじゃやっぱり今すぐ使うってこと?」
「早く、さっきのお店もどろ!愛理、ダッシュだ!」
私の質問にはろくすっぽ答えず、あくまでマイペースな舞ちゃん。
「待ってよう。・・・お、なんだなんだ?」
いきなり駆け出そうとするその背中をを追おうとして、グイッと身体が前につんのめった。
「あー、やっちゃった!」
細めのヒールが排水溝に挟まってしまって、身動きが取れない。
「愛理?」
「ごめん、先行ってて。ヒールはまっちゃって。急いでるんでしょう?」
「いいよ、そんなの。ちょっと手、どけて。舞が引っ張るから、足の力抜いてね。ゆっくりやるよ。せっかくのブーツに傷ついちゃうから・・・」
謎の尾行に夢中になっちゃってるのかと思いきや、本来の冷静さは失っていない舞ちゃん。
一見とっつきにくいし、ぶっきらぼうなとこもあるけれど、舞ちゃんには当たり前のように人助けが出来るスマートな優しさが備わっている。
私もそうありたいんだけど、どうも、そもそも人のピンチに気がつくのが遅いというか・・・。だから、こういうのかっこいいな。なんて感動を覚えてしまった。
「・・・なんか、愛理といると楽しいなっ」
私のヒールと格闘しながら、舞ちゃんはえへへと笑う。
「ほんと?」
「なんかね、楽なんだよね。
ほら、舞、気分屋じゃん。なっちゃんとか“どうしたケロ?”ってすぐ心配するし、栞菜は矛盾してるとこ突いて怒ってくるし。
その点、愛理は舞がどんな状況でも、あはは~って笑って受け入れてくれるでしょ。
今日だってさ、フツー、ここまで引っ張りまわしたら怒るでしょー」
――それ、何て君の戦法?
自分自身もマイペースって言われるからか、もともとそういうの、別に気にならないだけなんだけど。
「・・・はい、取れた!大丈夫、削れてない。」
「ありがとー!舞ちゃん優しいね」
「愛理のためじゃん。当然さー」
何か、カップルの会話みたいだ。
自然と手をつなぎたくなって、どちらともなく触れた手がギュッと握り合う。
「それに、愛理とはちさとのことで争ったりしないでいいからねっ。聞いてよ、こないだもちさとったらさぁ」
――ケッケッケ、カップルのようだと思ったとたんにこの仕打ちですか、舞様。
「・・・わかんないよぅ、舞ちゃん?私もお嬢様狙いだったりして?ケッケッケッケ」
「もー、黒愛理禁止!・・・あ、待って愛理。ストップ!」
イチャイチャと楽しく戯れていると、舞ちゃんがピタッと足を止めた。
「ほ?」
「そっち。そこの植木のとこ。隠れて!」
張り切る姿に触発され、言われるがままにかがみこむ。
つるりんおでこがほっぺにぶつかるわ、はっぱがチクチクと頭を叩くわで痛いけれど、息を荒くして興奮した様子の舞ちゃんを見ていると、そのドキドキわくわく感が伝染してくるようだ。
「・・・あっちまで行く手間が省けたよ」
したり顔の舞ちゃんが、スッと人差し指を前方に差し出した。
「あ・・・」
距離にして、5メートルぐらい先だろうか。
カップルの休憩スポットとして、テレビに取り上げられちゃうぐらい有名な、中央の噴水広場。
そこに、遠目にも華やかな2人組が、仲良く膝をくっつけあっているのが見えた。
「みやびだ・・・」
「そして、鬼軍曹でしゅ」
そう。そこにいたのは、めぐぅと、みやびのコンビ。
どちらも私にとっては親しい友達で、2人が親友同士であることももちろん知っていた。
現在、2人はうちの学校の系列の大学へ通っている。学部は一緒で、学科は違うとか。
めぐぅはメイド長さんと話し合って、今も無理のないシフトでメイドさんも続けている。
みやもカフェのバイトを頑張っていると聞いた。ダンスサークルで、Buono!再結成に向けて猛特訓中だとも。
“私は私の、このまま失いたくない大事な世界がある。みやびにも、ある。だから私たちは一緒にいられるんだよ”
友情に関して、あまり多くを語らないめぐぅが、ある日ポツンとつぶやいた言葉。それが今、心の中に甦った。
「いいなぁ・・・」
何が“いい”のかよくわからないけど、無意識にそんな独り言を言っていた。
それほど、目の前で寄り添う二人は素敵だなと思ったから(女の子同士だけどね!)
噴水付近は、たくさんの人で賑わっているスポットだというのに、みやびとめぐぅが座っているそこだけ、まるで次元が違うかのように、ぼわーんと浮き出ているかのようだった。
2人はとても似た格好をしているけれど、上から下までペアルックというわけではない。
みやびが黒のドルマンスリーブのニット、めぐぅはモノトーンのボーダーVネックのカットソー。
どちらも大きめのをざっくり着こなしていて、下に履いてるデニムのショートパンツだけはお揃い。ブーツは色違い。
髪型も、長さは違うけれど編みこみを施したアレンジは同じ。
「なんか・・・うわー・・・」
言葉にならない。
思わず、変なため息を漏らしてしまう。
例えて言うなら、センスの良い、セクシー系のアイドルユニットのようだ。
すべてがさりげなくそろっていて、2人で1つの世界を造り上げていて。
スレンダーなみやと、グラマーなめぐ。スラッと伸びた二人の生脚がまぶしくて、一瞬だけ、私は女の子にグヒョグヒョする栞菜の気持ちがわかったような気がした。
もちろん、私だけじゃない。道行くたくさんの人たちが、2人の方をじろじろと見ていく。芸能人?なんて声まで聞こえちゃったり。
カップルの男の人が、露骨に視線を送って、彼女さんにキツい一撃を食らったりしている光景まで、目に飛び込んでくる。
だけど、そんな周囲にはおかまいなしに、2人はフロアマップを広げて、時折言葉を交わしながら、お店のチェックに勤しんでいた。
全然、イチャイチャなんかしてない。なのに話しかけないでくださいオーラがビンビンに出ていて、それがバリアーとなって、二人を守っているようだ。
「おい・・・あの2人どう?」
「あーいいんじゃね?ちょっと行ってmあすいません何でもありません」
いかにもナンパしに来ました、って感じのお兄さんたちも、近づいたはいいものの、2人(というかめぐぅ)の汚物を見るかのような視線をうけて即退散。
「すごいねー・・・あれ、舞ちゃん?」
その光景を、私と一緒に見ていた舞ちゃんは、眉間に皺を寄せて、面白くなさそうな御様子。
――ああ、そうか。
さっき舞ちゃんが、服のお店で2人に声を掛けなかった理由。
邪魔したくなかった、何て言ってたけど、実のところ、話しかけられなかったんだろう。あまりに濃厚な二人の世界を見せ付けられてしまったから。
「・・・ケッ、さっさと熱い接吻でも交わさないでしゅかね、あの2人」
ケッケッケ、それは無理だと思うよ、舞ちゃん。
私の推理を裏付けるかのような言葉に、私はニヤニヤを抑えきれないのだった。
最終更新:2011年11月14日 23:41