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もう、すっかり冬だなあ。

事務所を出て、駅まで歩く帰り道。どんより曇った空を見上げながら、自分の息が白くなっていることに気がついて、しみじみそんなことを思う。

マフラーでも持ってくれば良かった。こんなに寒くなるなんて。
どっかであったかいお茶でも飲んで帰ろうかな、なんてぼんやり考えながら、ふと駅前広場の大きなツリーに目を向ける。

おー、今年のも綺麗だ。
人も疎らな時間だし・・・とケータイのカメラを構えて、ツリーを画面いっぱいに映し出す。
すると、ツリーの根元のあたりで、落ち着きなくピョコピョコと小さな頭が動いているのが目に付いた。

――まあ、公共の場所だし、まさか待ち受け用の写真撮るからどいてね、とは言えまい。
それにしても、こんな遅い時間に、小さい子が一人でなにやってるんだろう。ママは?

声を掛けようかと、その子のほうへと近づいてみる。



「・・・・・・・・って、千聖じゃん!」

思わず、自分の心にノリツッコミ。

そうなのです。そこにいたのは、私の公式ST・・・ムニャムニャの岡井さんだったのです。

「あははは」

寒がりな千聖は、すでに冬用のもこもこコートにロングスカートと完全防寒仕様で、小さなお顔がマフラーに埋もれてしまっているから、本当に誰だかわからなかった。


「ごきげんよう、みやびさん」


あ、今日はお嬢様なんだ。
私の顔を見て、目を三日月にして笑う千聖。こういう顔は、どっちの人格の時でも変わらない。
人懐っこい犬みたいで、思わず頭をナデナデすると、さらに嬉しそうにクフフと笑い声を漏らした。


「何やってるの?℃-uteもミーティングあったの?」

すると、千聖はフルフルと首を横に振った。

「いいえ、今日はオフです、私」
「え?そうなの?でも」

何でわざわざ、事務所の最寄り駅に?
ここはそう栄えてる場所じゃないし、千聖の家からそこそこ離れているのに。

「じゃあ、忘れ物とか・・・」
「いいえ。
実は今日、みやびさんが事務所で打ち合わせをなさると伺って」
「え?誰から?」

すると、千聖はウフフと小さく笑って、最近買ったという最新の携帯をわたしの目のまえに掲げた。

画面には、“今日のみやびcの予定ゎ・・・”などと書かれた絵文字満載の文章が踊っている。

これは・・・メールマガジンという奴か。
ファンの人同士でコンサートのレポを共用したり、一緒にイベント参加する人を募ったりするごく健全なものもあれば、
私たちからすれば行動を見張られているような、少々困った内容のアイタタなメルマガもあったと思う。・・・千聖のケータイに表示されているそれは、どうやら後者のようだった。

「ファンの方は、たくさん情報を持っていらっしゃるのね。
私もまだ知らない、私の情報まで送られてくることもあって、たまに驚いてしまうこともあるんですよ」

このメールマガジン、登録してよかったわ。などと無表情でつぶやくから、思わず後ずさりしてしまった。

「そ・・・そんなことしなくても、直接聞いてくれればよかったのに」
「いいえ。私はみやびさんのファンですから。千聖だけみやびさんの特別なサービスをお受けするのは、申し訳なくて。
それに、こうして手間を掛けて入手した情報のほうが、それを役立てるときの喜びも大きいでしょう?」

でしょう?と言われましても。
何て答えるべきなのかわからなくて、呆然とその顔を見つめていると、少しずくほっぺが赤く染まっていくのがわかる。


「いやだわ、そんなに見つめられたら、私」
「わあっ」

思いっきり抱きつかれて、千聖をひざの上に乗せたまま、ベンチに座らされてしまう。


「ウフフフフ」

私の方を向いて、首に手を絡ませてくる千聖。下半身に千聖のあったかい太ももの感触。これなんて対面座・・・いや、なんでもない。


「みやびさん、私」

吐息と一緒に、小さな鈴が震えるような、可憐な声が耳の中に侵入してくる。
私の顔を、けなげにジーッと見つめる千聖。
太めの鼻筋に、黒目の大きなうるうるした目。・・・ああ、犬顔ってなんか卑怯だ。

「ち、千聖。だめだよ」
「嫌。私もう・・・」

千聖の小さくて薄い唇が、ゆっくりと迫ってくる。
避けなきゃ。そう思っているのに、体は金縛りにあったように動かない。

ウフフ、ウフフフフフフフウフフフウフウフウフウフフ

いつもなら可憐で甘く響くその笑い声が、ホラー映画のようにリフレインする。

「ああ・・・みやびさん。綺麗。ウフフ、私の女神様・・・・」




「だめえええええ」
「え、みや!?何!?」

強く体を揺さぶられて、我に返った。


「あ・・・」
「大丈夫?」

私を心配そうに見る、梨沙子と目が合う。

「今・・・」
「打ち合わせ、終わったよ。みや、体調悪そうだからさ。マネージャーさんも寝かせてていいって言うから。かわりにメモ取ったし、安心して」


事務所の廊下の、固いソファで、私は横になっていたみたいだ。
夢・・・か。そりゃあそうだ、お嬢様の千聖があんなことをするわけがない。
おでこに手をやって、深くため息をつくと、梨沙子がその手を握ってきた。

「ごめん」
「気にしないで。Buono!とかいろいろあって、疲れちゃってたんでしょー。桃も全然集中してなくてさー」

気を使って、一生懸命励ましてくれる梨沙子。

「あ、今日、お母さん車で迎えに来てくれるし、乗ってく?」
「・・・いや、大丈夫。歩いて帰ったほうが、スッキリしそうだし」

それから梨沙子のお母さんが到着するまで、お喋りをして、無事車を見送ったところで、私は駅へと歩いていった。

いやー、なんか千聖にも悪いことしちゃったかな。
いつも子犬みたいに、みやびちゃんみやびちゃんって懐いてくれるのを、夢の中とはいえ酷い受け止め方をしてしまった。
前から約束している、ディズニーランドとかお買い物の約束が、忙しさでフイになっている罪悪感が胸をよぎった。

あとで、メールでも送っておこうかな。
そんなことを考えているうちに、気づけば駅前の信号までたどり着いていた。

あ・・・そっか、もう11月だ。どうりで寒いと思った。
ふと前方に目をやると、広場の樹が、綺麗なイルミネーションで彩られて、少し早めのクリスマスムードを演出していた。

今夜にでも、熊井ちゃんあたりから画像が届くかもしれないけれど、とりあえず自分でも撮影・・・

「・・・あれ?」

――なんだろう、この感じ。カメラ画面を立ち上げて、ツリーにフォーカスを合わせたところで、妙な胸騒ぎがした。

信号が青に変わる。足が凍りついたように動かない。
未だツリーに向けられたままのカメラ。
その画面に写っていた、小さな影が、どんどんこちらに近づいてくる。


寒がりなのか、ふわふわ素材の冬用コートが、小さな体を包んでいる。
さっきみた夢が、まるでダイジェストのように、頭の中を駆け巡っていく。

「みやびちゃーんっ!!」

よく通る、元気な声。三日月の笑顔。グフフと笑いながら駆け寄ってくる・・・
私の手から、ケータイがポロリと落ちた。


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