っていうか、もう既に見抜かれているようだ。
「男のくせに怖いのぉ? でもホラー映画って言っても、これは心理ホラーだから、いわゆるホラー映画の怖さはあまりないよ」
「いや、それでも怖いんですよ。夢に出てきそうで。最近はいい夢を見れることが多いから、その流れを止めたくないし・・・」
慌てて口をつぐむ。言わなくても言いことを喋りそうになった。
それを桃子さんが見逃すわけが無い。
「いい夢を見るってなーに? どういう夢を見てるの? それ、もぉに詳しく話してみて」
ほらね。この人は本当に鋭いんだから。
適当な話しを作って誤魔化してもいいんだけど、嘘をつくのは苦手なんだよなあ。
それに、桃子さんはそういう嘘を一発で見抜きそうだし。
まぁ、別に本当のことを言っても問題は無いだろう。別に恥ずかしいことは何も無いんだ。
「最近、舞ちゃんの夢をよく見るんですよ」
「やだー! どうせ変な夢なんでしょ・・・ 女の子にそんな話しないで!」
わざとらしく目を見開いて、握った手で口元を押さえる桃子さん。
全っ然、違います!
勝手に変な夢にしないで下さい。僕を見くびらないでもらいたいです。
彼女のそんなリアクションにあきれながらも、思わず立ち上がって声に力を込める
「違いますよ! 変な夢なんて見てません!!」
気を取り直して、持っていた本のページを開いて桃子さんの前に差し出す。
ここを読めば分かってもらえるはずだ。僕の気持ちを代弁しているかのようなこの一節。
僕は、ゴホン!とわざとらしく咳払いをして、荘厳な面持ちを作り桃子さんに諭すように話しかけた。
「桃子さん、“こころ”の、この一節を読んで欲しいです。僕の気持ちは正にここに書いてある通りなんですから」
-----引用ここから-----
私はお嬢さんの顔を見るたびに、自分が美しくなるような心持がしました。お嬢さんの事を考えると、気高い気分がすぐ自分に乗り移って来るように思いました。
もし愛という不可思議なものに両端があって、その高い端には神聖な感じが働いて、低い端には性欲が動いているとすれば、私の愛はたしかにその高い極点を捕まえたものです。
-------ここまで-------
主人公のお嬢さんに対するこの気持ち、これには共感を覚えてならない。
まさに僕の心境はこの文章の通りなのです。僕の場合は相手がお嬢様ではないけれど。
でも、お嬢様のことを考えると気高い気分が乗り移ってくるっていうのには、自分の気持ちを重ね合わせてしまいそうにもなる。
これは千聖お嬢様のことにも当てはまるんだから。
この本を読んでいると、何か錯覚も感じてしまうのだ。
だんだんとお嬢さんに恋心を寄せるようになる先生と呼ばれる主人公。
その気持ち、分かるんだよね、何となくだけど。
読んでいるうちに感情移入してしまい、現実と虚構の世界の区別がつかなくなりそうになる。
そんな感じでまた虚構の世界に入り込みそうになっていた時、僕の視線と意識がある一点に集中した。
桃子さんに力説するために立ち上がったことで、さっきまでテーブルで見えなかった桃子さんの制服のスカートとニーソのその間、そこがばっちり僕の視界に入ってきたのだ。
いわゆる、絶対領域。
はい、俗物の僕は一瞬で虚構の世界から目の前に広がる素晴らしい現実世界に戻ることができました。
僕の目は釘付けになる。桃子さんスカートみじかすぎ・・・
そこに見とれてしまうのは、男の性なのだ。それはしょうがないことだ。
でもだからと言って、そんなところに見とれていることがバレてもいいということにはならない。
ましてや、相手は桃子さんなのだ。それがバレたら、僕にどんな制裁を下されるのか考えるだけで恐ろしくなる。
いいものが見れた・・・
いやいやそうじゃなくて、今すぐそこから視線を外さなければ。
いやいや、もう少しくらいいいでしょ。いやいや、バレたら大変なことになるからすぐにやめろ。
いやいや、そうは言いましてももう少しくらい見ていたいし。いやいや、相手が悪すぎるだろバレないわけがない。
いやいや、別に見てはいけないものをこっそり覗いてるわけじゃないんだからいいじゃないか。いやいや・・・
(ここまで考えること所要時間0.2秒)
気付くと、桃子さんは僕のことをじっと見ていた。
な、なんですか、その顔は。
これはやはり僕の葛藤を見抜かれてしまったのだろうか。
だが意外な事に、桃子さんはそこには触れてこなかった。どういうわけだかスルーしてもらえたみたいだ。
しかしそこには、これは貸しにしとくからね、という無言のメッセージも感じられるような。
やはりバレちゃったのかな、そこがはっきりしなくて何とも落ち着かない。
桃子さんは、あらためて先ほど僕の言ったこと、そっちの方に言及してきた。
「つまり、見ているのは神聖な内容の夢だってこと?」
皮肉っぽい笑顔が浮かんでる。やっぱり見とれてたの完全にバレてるよ。
それでも僕は動揺を悟られないように、あくまでもキリッとした顔を保って真顔で答えた。
「そうです。最近舞ちゃんの夢をよく見るんですよ」
「それは分かったから、二度も言わなくていいよ」
「高い極点を捕えてる、とか何とか立派なこと言ってる割には舞ちゃんの夢を見てニヤニヤしてるんだ」
「ですから、ニヤけてなんかいません。今言ったように、僕の彼女への想いは神聖なものなんですから」
「いや、だから、実際ニヤけてるんだって。それ自覚してないのぉ、ひょっとして?」
そうなのか、それは素で気づいていなかった。
このあいだ栞菜ちゃんにも同じこと指摘されたっけ。
そんなにいつもニヤケてる顔してるんだろうか。気をつけよう。
あの時は、なかさきちゃんを目の前にして、そりゃ彼女のかわいさについニヤケちゃったのかも知れないなあ。
・・・なかさきちゃん?
そうだ、思い出した!
「ところで桃子さん、最近なかさきちゃんに何か言われたりしましたか?」
「風紀委員長さん? 最近? 何か言われたかなあ?特に覚えて無いけど」
「そうですか。それならいいんですけど、あの時なかさきちゃん凄い剣幕だったから」
「いいんちょさんにはしょっちゅう色々言われてるから、そんなのいちいち覚えてないよ。ウフフフ」
なかさきちゃん、桃子さんに別に何も言わなかったのかな。
それっきり、桃子さんはそのことには特にこれ以上触れようとはしなかった。
僕の言ったことに、“凄い剣幕ってどういうこと?”とかさえ聞いてこないんだな。
これが例えば熊井ちゃんだったら、こういう発言は聞き逃さずがっつり食いついてくるだろう。
彼女は自分が納得するまで、徹底的に物事をハッキリさせないと気がすまない人だから。
対照的に、桃子さんはいちいち気にしないんだ。
こういうことには淡白だよなあ、桃子さんって意外と。自分のすること以外には、あまり興味を示さないというか。
他人から何を言われたとかそういうことは全く気にしないんだろうな。男らしい態度だなあ、見習いたいものだ。
「そんなにしょっちゅう、いろいろ言われてるんですか?」
「風紀委員長さん、もぉのこと大好きだからね」
「はぁ」
なかさきちゃんのあの口ぶりからは、とてもそんな感じには聞こえなかったけど・・・
「もぉが卒業しちゃったら、いいんちょさん寂しさのあまり元気なくなっちゃうんじゃないかと思って、それがとても心配で心残りなの」
ウフッ、と笑った桃子さんが続ける。
「でも、くまいちょーがいるから、いいんちょさんも元気なくしてるヒマないだろうね」
そうですね。
きっと、そうなるんでしょうね。その光景が目に見えるようです。
「ところで、少年は何でいつもくまいちょーの言うことを聞いてるの?」
「え、どういうことですか?」
「こうやって席を取っておいたりとかさ、くまいちょーの言った事はその通りにするでしょ」
何でって言われても。そんなこと疑問に思ったことも無いけど。
わざわざ聞いてくるってことは、僕の取ってる行動はちょっとおかしいのかな。
「それは・・・ 熊井ちゃんの言うことは絶対ですから」
ちょっと違う気もするけど、説明するのが難しい。
「よく分からないんだけど、くまいちょーに何か弱味でも握られてるの?」
「あ、そういうのとは全然関係無いです。確かにそんなものはいくらでも握られてそうだけど、それとはちょっと違います」
「ひょっとして少年、くまいちょーのこと大好きだったりなんかしちゃったりして?」
「ち、ち、違いますよ!」
な、なんですかそのニヤニヤ顔は。
ここで僕が動揺してはまた桃子さんに格好のネタを与えてしまう。だから僕は真面目な表情をつくる。
「熊井ちゃんの言うことはいつも正しいんです。だから彼女の言うことには従ってしまうわけで」
その僕の答えがピンと来なかったのか、ん? って感じで小首を傾げる桃子さん。
その仕草は、不覚にもかわいい!と思わされてしまった。
「そうかなー? くまいちょーってけっこう天然な子だなと思うけど」
「彼女の言ってることは、見当外れのこと言ってるようでも、実は本質を突いていたんだって後から分かることが多いんですよ」
ちょっと力を込めてそう言った僕に、桃子さんはうんうんと頷いてくれた。そして予想外に優しい顔を見せてくれる。
その顔は、妹を褒められたお姉さん・・ちょっと違うか・・メンバーを褒められたリーダーかな、そんな感じの顔だった。
その表情からはお互いの信頼感が感じられて、そういう関係にあるのっていいなあと思ってしまった。
もぉ軍団とはお互いを尊重しあう崇高な団体なんだYO、って言ってたのを思い出した(その時は話し半分にしか聞いてなかったけど)。
「あとは、条件反射ですね」
「条件反射?」
「昔のクセで。昔は熊井ちゃんの言うことに逆らうことの出来るやつなんかいなかったですから」
「みなさんが彼女と接するときの感じを見て、熊井ちゃんのこと、ほえーっとした温厚キャラだと思われてることがちょっと意外でした」
「うん、確かにそういうイメージ持ってる人が多いかもね」
「そりゃ確かに元から天然な人ですけど、昔はもっと怖かったのに。熊井ちゃん丸くなりましたよね、性格」
昔は本当に怖かったんですよ。
ま、今もじゅうぶん怖いけどさ、いろいろな意味で。
昔の彼女の怖さは、睨み付けられたり恫喝されたりはたまた殴られたり、ストレートに言えば暴力的な意味の怖さだったのに。
そうだよな。あの頃に比べると、熊井ちゃん本当に穏やかになってるよな。
「丸くなったかなぁ? 今でも怒ってる顔を見せることもあるけどね。筋の通ってないこととかは大嫌いみたいだから」
さすが桃子さんは熊井ちゃんのことを知り尽くしてるんだろう。
もうちょっと、熊井ちゃんのこと桃子さんがどう思ってるかそれを聞きたい。
「正義感(無駄に)強いからねーw でも、そういうところもくまいちょーらしくていいんじゃない」
「でもさ、ひょっとしたら変わったのはくまいちょーじゃなくて、周りの人達の方なのかもしれないよ」
「くまいちょーが大人になったんじゃなくて、周りの人達自身が大人になったから、そういう風にイメージが変わって見えるんじゃない?」
なるほど。
桃子さんの言うことには目からウロコが落ちた。
熊井ちゃんの感情の起伏っていうのは、周りのひとの人間性を映し出している鏡のようなものなのか。
つまり、熊井ちゃんが温厚なキャラに見えるとしたらそれは、この学園の人達自身が柔和な人達だっていうことの証明なんだ。
昔は相手が誰であろうと、お構い無しに感情をぶつけるような気性の激しい女の子だったのに。
今考えてみると、それはいわゆるクソガキな子供っぽい男子の相手をしてたからってことなのか。
その実害を受けてきた人間からすると、あんなに恐ろしかった女の子でも穏やかになるものなんだな、っていうのが正直な気持ちです。
大人になるってこういうことか。
でも、「三つ子の魂百まで」ってことわざにもあるように、人の性格っていうのはそう簡単には変わらないと思うんだよなあ。
つまり、今の熊井ちゃんは休火山のようなもので、落ち着いていても次いつ噴火するか全く分からないような状態っていうことなのだろうか。
怖すぎるだろ、それ・・・
それを想像して、僕は一人で背筋を冷やすのだった。
最終更新:2013年11月24日 11:10