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興味深い考察を僕に披露してくれた桃子さん。
その時、ガラス越しに見える外の歩道に知り合いを見つけたようだ。
僕からは死角になっていて見えなかったが、桃子さんがその人を手招きで呼び寄せている。

誰だろう?
桃子さんのちょっと驚いたような、お!って感じからするともぉ軍団の人ではなさそうだな。


店のドアが開く気配が聞こえる。どうやらその人が入ってきたようだ。
そして、テーブルにやってきたその人を見て、僕は驚愕のあまり椅子から転げ落ちてしまった、リアルで。


あ、あ、あ、愛理ちゃん!!


その瞬間、僕は固まった。頭の中が真っ白になってしまう。
桃子さんと愛理ちゃんが何か会話しているが全く耳に入ってこない。何も反応できない。完全に思考が停止してしまっている。

「やっほー、愛理」
「ももが誰かと2人っきりでいるなんて珍しいね」
「くまいちょーも梨沙子も来ないからさー。ちょうどいいところに来てくれたよ、愛理」


床の上で腰を抜かしている僕に、頭上から桃子さんが声を掛けてくる。

「愛理が来たっていうのに何やってるの少年? ほら、愛理だよ?」

話しかけないで!!

お願いですから、僕ごときに構わず2人で会話を続けて下さい。


そんな僕を愛理ちゃんが見てきた。その愛らしいお顔が、きょとんとした眼差しで僕を見ている。
その瞬間、また記憶がすっ飛びそうになった。

こんなに間近で愛理ちゃんを見ることが出来るなんて! その破壊力の凄さにとても平常心を保てない。
恐れ多くて、愛理ちゃんを直視することが出来ない。

現実感がないフワフワとした感覚に包まれて、時間が止まってしまったかのように体が動かなくなる。
普段の生活行動の中では、まずもって経験することのないこの感覚。この緊張感。
なんだ、この気持ちは。

好き、っていう気持ちとかとはまったく違う。

うん、そこは本当に全く違う。いまそれが実感としてわかった。
アイドルって言うのは偶像っていう意味なんだっけ。なるほど、すごく実感できる。


そんな緊張の極みにいる僕とは見事なまでに対照的な、愛理ちゃんののんびりとした声。

「へー、もも軍団の人だったんだぁ」

ち、違いますよ、愛理ちゃん!!
反論しようにも緊張のあまり声が出ない。アホの子みたいに口をパクパクさせるばかり。

そんな僕を桃子さんがニヤニヤと見ている。

そうだ、桃子さんがいたんだ。
すみません。軍団長のこと忘れかけていました。
だって、目の前の愛理ちゃんのことで僕の頭の処理能力は既に限界を越えているわけで。

そうであっても、桃子さんのいる前で愛理ちゃんに見とれてしまったのは良くなかったんじゃないだろうか。
今更ながらそんな不安を抱いたのだが、桃子さんは案外この事態を面白がってた。

この人は面白いことが何よりも好きなんだろう。
助かった。またこのことでネチネチといびられるのかと思った。


愛理ちゃんを前にして、あまりにも恐れ多くて声が掛けることさえできない。
いま僕はそれぐらい緊張しているのだ。
でも、これだけはどうしても伝えなければ!って思っていることがある。

あの時の感動をありがとうって。

それだけは何としても愛理ちゃんに伝えたい。
腰を抜かしている場合ではないのだ。

だから僕は気持ちを伝えるべく直立不動の姿勢で、座っている愛理ちゃんの前に立った。
すると、愛理ちゃんは見上げるように僕を上目遣いで見てくれたわけで。

!!!

破壊力抜群だ。
そりゃ記憶も飛びそうになりますよ。
でも、こんな幸せな瞬間を記憶から飛ばすわけにはいかない。

僕は勇気を振り絞って愛理ちゃんに話しかけた。

「あの、あの、学園祭のライブ拝見させていただきました。愛理ちゃん、とてもカッコよくて・・・・」
「ありがとうございますぅ。ケッケッケッ」
「もう、本当に心の芯から痺れました。あのライブ見て僕は人生観に影響を受けたぐらいで!」
「いやー、そんなぁ、大げさですよぅ」
「でも本当のことなんです。どうしてもこれだけは伝えたくて。愛理ちゃん本当にありがとう! これからも頑張ってください。応援しています」

何か後ろから強制的に横へ流されるような気配を強く感じて、つい自分からその場を離れてしまった。

最後の方は早口で一方的に話しかける感じになってしまったが、決死の思いでこれだけ言うことができた。
そんな僕の言ったことを愛理ちゃんはしっかりと聞いてくれた。それだけで上気する。

言うべきことは言えた。
空いていた一つ隣りのテーブルに彼女達を背にする感じで座りこんで、そこで放心状態になる。

愛理ちゃんに話しを聞いていただけるなんて、何という光栄。
感動に全身を包まれ、その興奮のあまり自分の置かれている状況を忘れていた。

だから、繰り返しになるが、この場には桃子さんがいるんだ。
どうしても忘れてしまいがちに・・・

桃子さんが振り向いて今僕のいるテーブルを覗きこんでくる。

「なにやってんのー、少年(笑) こっち座ればいいじゃん」


と、とんでもない!!

僕は声も出せず、黙って首を左右に振るのが精一杯。
愛理ちゃんと同席なんて、そんな恐れ多くも僭越なことなどとても出来ないです。
それに、言うべきことは伝えられたので、もう何も思い残すことはありません。
達成感でいっぱいになり、再び思考回路は停止してしまった。


だめだ・・・
この今の素晴らしい状況にとても耐えられない。

素晴らしい状況に耐えられないって意味不明なこと言ってるみたいですが、それが今思う率直な感想なんです。
この場に僕のような不純物がいてはダメだ。愛理ちゃんのためにならない。
別に卑屈になってるわけでないですよ。全く逆に、純粋な気持ちの表れです。

ホント限界だ。もう帰ろう。

「いえ、結構です。もう僕は帰りますから」



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