「・・・それで、彼女は普段はムスッとして見えることもあるんですが、友達といると優しい顔になってるんですよ。
僕はその笑顔を見るのが好きで、いつかは自分にもそうやって笑いかけてほしいと思ってるんです」
なかなか、難しいんですけど。と苦笑する表情もどこか幸せそうで、青春だなぁなんてしみじみしてしまった。
少年の片思い相手は、どうやらお嬢様や寮の皆さんと同じ学校に通っているらしい。
もしかしたら、その子はお嬢様たちの知り合いの女の子だったりして。世間は狭いな。
「どうしたらもっと仲良くなれますかね?」
「そうだなあ・・・」
アドバイスを送りたいのはやまやまだが、僕もそう、大した恋愛経験があるわけでもない。
大体がこっちの勘違い(そもそも付き合ってなかったパターン)、本命に対する当て馬、そしていつも言われるのは甲斐性なし、根性なし、いくじなし・・・
「・・・うぅ」
また、この少年ときたら、とてもいい表情をしているんだ。
目がキラキラ輝いている。本当にその、片思い相手の子のことが好きなのが伝わってくる。
先日、「100均でも売れ残る変なお菓子」「枯れた盆栽」「茶色くなった米」「変な前髪」などというひどいあだ名を(萩原さんに)つけられたばかりの僕としては、この彼の爽やかさが若干妬ましくもあり・・・少々意地悪をしてやりたくなった。
「相手の子が、ちょっと冷たいんでしたっけ?」
「はい」
「だったら、とにかく彼女の興味を引かなくては。
そうだなあ・・・例えばチャラ男になりきってものすごく馴れ馴れしく話しかけまくるとか、男なんだし強引に迫ってみるとか?“放課後、ちょっと俺に付き合えよ。いいから黙ってこっち来いよ”的な。
スキンシップはどうです?頭ぽんぽん撫でるのはエロg・・・恋愛小説では定番ですよね」
――まあ、これらは全部、僕が学生時代に実践して女子に罵倒されまくったNG行為なんですがね。
「頭ポンポン・・・次の瞬間には腕ごともってかれそうだな。
チャラ系で強引に迫る・・・なっき、いや、彼女の友達にキャンキャン罵倒されそうだ」
「なんだ、結構慎重なんですね」
「はい。本当に彼女が好きなので。怖がらせたり、嫌な気持ちにさせたくないんです。
僕は彼女の笑う顔が見たい。それだけなんです」
ほう・・・見かけだけの硬派気取りかと思いきや、なかなか見所のある奴じゃないか。
こういう少年に慕ってもらえたなら、少しは性格が丸くなったりするんじゃないだろうか。H原さんとか、A原さんとかも・・・。
「あ・・・お仕事中に引き止めてしまってすみません。そろそろ」
その後もニ、三どうでもいい世間話をしたところで、少年が腕時計に目をやった。
「この後ちょっと、友達に喫茶店の席取りを命じられていまして」
聞けば少年、最近はモデル級の美人だけど変人な友達や、年上のぶりっ子な先輩など、様々なタイプの女の子たちにパシられまくっているらしい。
「まったく、困っちゃうんですよねー」
「・・・それ、ハーレムっていうんですよ。自慢か!」
その幸せそうな表情、僕みたいなリアルな下僕とは違って、何だかんだいいつつ楽しんでる感がはんぱなく伝わってくる。何が硬派だ、コンニャロ!取り消し取り消し!
「では、お世話になりました」
「いえいえ、それでは」
お互い背を向けて別れかけた刹那、ふいに少年が足を止めたのが気配でわかった。
「何か?」
僕の顔をしげしげと見つめた少年は、「しかし・・・本当に、日本にも執事さんって存在するんですね」と、今更な感想を漏らした。
「メイドさんなら、実際にいるっていうのは知ってたんですけど」
「・・・職業体験も出来ますので、機会があればどうぞ」
まあ、醤油顔の君に燕尾服は似合わないと思いますが。
それに君のようなタイプはあの、はぐれ悪魔超人コンビに完膚なきまでに叩きのめされるでしょうけどね!あと、鈴木さんには近寄らせませんから。それとお嬢様(ry
*
「オメー、どこで油売ってたんだかんな」
「ずっと、ちしゃとが探してんだけど。まったく、主を待たせるなんて執事としてどうかと思いましゅ」
お屋敷に戻ってきた僕を、腕組みで出迎えてくださるお二人。
「あ、はい。お嬢様がお呼びなんですね?ご親切に、どうも」
いつもと違う僕のリアクションに、おや?と目をパチクリさせている。
久しぶりに、仕事から解放された、ごく普通の会話っていうのが出来たから、心が潤って余裕が出来たのかもしれない。
「あれ・・・?」
ふと、萩原さんが握っている携帯電話に目が止まる。
つけているストラップの、ペンギンみたいなキャラクター、それって・・・
「何だオメー、人のケータイじろじろ見て、変態でしゅか」
「新しいあだ名は“覗きクソ野郎”だかんな」
「そのまんまじゃないですか。・・・じゃなくて、そのストラップ」
これ?と軽く携帯電話を振る萩原さん。
「いや、大した話じゃないですが、さっき外で少し会話した男子高校生が、同じキャラクターのキーホルダー鞄につけていたものですから」
「こんなとこに、人が来るって珍しいね」
「何か、林道を外れて迷っていたみたいです」
「・・・そうなんだ」
なぜか、首を傾げて黙り込む萩原さん。
「あ・・・何か、気に障ることでも」
「・・・別に」
地雷を踏んだわけじゃなさそうだが、いきなり攻撃の手を止められると、それはそれで戸惑ってしまう。やっぱり、女の子って難しいなあ。
「ふーん、ポッチャマの・・・」
「はーん?・・・ほんと、珍しい趣味してるかんな」
「趣味?」
℃変態はだまってろよっ!なんて言って、2人はジャレながら走り去って行ってしまった。
その会話の意味は、やっぱり僕には全くよくわからないものだった。
まあ、天才にして変態という、世俗を超越したような二人組ですから、理解しようなんて考えるほうが無駄なのかもしれない。
「あ・・・いた。・・・・あのー、そちらの執事さーん」
「ぎゃふん」
そのまま玄関先で、ボーッと考え込んでいた僕に話しかけてくれたのは・・・天使様だった。
か・・・かわゆすぎる。ふわんふわんのオーラと、ぽわんぽわんの陽だまりの笑顔。その愛らしい瞳には、今ぼぼぼ僕だけが映っ・・・
「あら、戻っていたのね。よかったわ」
「は!お、お探しいただいていたようで。申しわけありません」
続いて現れたのは、こちらも僕の癒し。麗しのワンコ・・・じゃなくて、千聖お嬢様だった。
おそろいのモコモコしたルームウエアに身を包んだ2人は、なんと、恐れ多いことに、僕の前に小走りで近づいてきてくれた。
「ウフフ。あのね、今日のお昼の、バジリコのパスタ。
とても美味しかったわ。それで、次に両親が帰ったときに、千聖が作ってさしあげたいから、レシピを聞きたくて」
「もちろんです。それでは、早速調理場の方へ・・・」
「ケッケッケ、私にも教えてもらえますかー?いつも美味しいお料理、ありがとうございます。・・・あれ、執事さん?」
――ああ、神様仏様河童様。僕は何という幸せ者なのだろう。
幸せすぎて、胃痛が。
「フガフガフガ♪」
「モゴモゴ♪」
何を言ってるのか全く判らないが、ご機嫌に言葉を交わすエンジェルズを見守りながら、僕は顔を弛緩させて食堂へ向かった。
そこに、調理器具を持ったはぐれ悪魔超人コンビが待ち構えているとも知らずに。
「ふっふっふ。食材が到着したようだかんな・・・」
「丸焼きと串刺し、好きな方を選ぶでしゅ」
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最終更新:2012年03月08日 17:06