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「つーか、高等部の卒業式なんか見て、楽しいの?わからんわ」
「だって、あの伝説の生徒会メンバーも、これで見納めになっちゃうんだよ。最後の勇姿を目に焼き付けたいと思うのは、当然じゃない?」


見て、とみずきちゃんが指さした在校生の席。
1番前の列を陣取っているのは、さっきの中島さんや鈴木さんたち。

「あそこに座っている皆さんと、これから入場してくる3年生。このメンバーがね、我が校始まって以来の伝説の生徒会って言われてるんだよ」
「てか鈴木さんって人、赤いリボンじゃん。中等部なら、後ろに行かなきゃだめなんじゃない?」
「いいの、最前列は現生徒会メンバーが座るっていうのが慣習だから。
見て、遥ちゃん。一番端っこ。切れ長の目のセミロングの人。あの人が、高等部1年生の有原さん。
文芸部なんだけど、手がける作品がもう、毎回素晴らしいの」

ムホホホ、とおよそお金持ちの家の子とは思えない笑いを漏らすみずきちゃん。・・・まあ、エロい本ってことだろうな。

「その隣で、誰かが落としたしおりを拾ってあげてるのが須藤さん。ああやって、いつも回りを見てるしっかりした方。おまけに、明るくてとても優しいの。
ママ、って呼んでる人もいるみたい。私もいつか呼んでみたいなあ。ママ・・・」
「勝手に呼びゃあいいじゃん」
「やーだ、恥ずかしいもん!」

バシッと私の背中を叩くみずきちゃん。・・・痛い。なぜテンションがあがるんだ、そこで。

「で、次が中島さんに鈴木さん。それから、あの目力の強い人。2つ結びにしてるのが、萩原さん。賢そうなお顔だちでしょう?ものすごく頭がいいんだって」
「例えば?」
「まあ、噂なんだけど・・・初等部の時に暇つぶしで受けた大学受験の模試で、全国トップになったとか」
「おっ、すげー」
「図書館の本はもう全部読んじゃったから、今は広辞苑をあ行から読んでるとか・・・」
「それは単なるアホだな」

でも、今話を聞いた中では一番面白そうな人みたいだ。
それにあの目つき。私と同じ、戦闘民族の予感がする。一戦交えてみたい気がしなくもない。

「あとは・・・あれ、岡井さんがいない」
「おかい?」
「そう。中等部の3年生なんだけどね。あ・・・来た来た。見て」

後ろ側の扉を開けて入ってきたのは、赤いリボンの制服の人。ずいぶん小柄なようだ。
小走りで戻ってきたその人は、さっきの天才さんの横の椅子にちょこんと腰を下ろした。

「あの人が、お嬢・・・岡井さん。今は生徒会補佐なんだけど、来期から書記に就任する事が決まっているんだって」
「へー・・・」
「あ、今日はネクタイなんだ。岡井さんはいつもリボンなのに。卒業式だから、カッチリしたかったのかな?でもネクタイ姿もいいな。ムフ」
「・・・なんでそんなこと知ってんの。引くわぁ」


その岡井さんという人は、座った途端、隣の天才さんにちょっかいを出されているみたいだ。
腕をつつかれて、もぞもぞと体を動かしている。

特に意味もなく、それをぼんやり眺めていたら、ふいに岡井さんが顔を上げた。

「あっ」

思わず、声をあげる。
背が小さいから、自分みたいな子供っぽい人を想像していたんだけれど、目鼻立ちのくっきりした、大人っぽい顔立ちだった。
そして、こんなに場所が離れているっていうのに、岡井さんは私の声に反応したかのように、こっちを見た。

なぜか、目がそらせない。間違いなく、今、私たちは目が合っている。

深い深い、こげ茶色の瞳。泣いてるわけでもないのに、キラキラ潤んでいる。昔、お母さんに見せてもらった、特別な日にしかつけない宝石を思い出す。

心臓が痛い。
いや、違うかも。痛いっていうか、飛び出しそうなぐらいにドクドクと早く動いている。
それがなぜか悔しくて、泣きそうなほど苦しくなって、私は思わず岡井さんを睨みつけてしまった。
それで気まずくなって、視線を外してくれればいいと思った。

なのに、私のガン付けなんてどうでもないことみたいに、岡井さんはにっこりと笑った。

「うっ・・・」

言葉を失う。
体がよろけたのか、みずきちゃんのおっぱいに頭がぶつかった。

「おぶっ。なんだよう、遥ちゃん」

それでも、まだ岡井さんは、優しく目を細めて、私を見ていた。

耐えられない。
先に目を逸らしたのは、私のほうだった。


「・・・みずきちゃん」

もともとハスキーな自分の声が、更に乾いているのを感じた。


「んー?何?」


パシャパシャとカメラを在校生席に向けながら、生返事気味にみずきちゃんが返事をくれる。


「岡井さんって、どんな人」


もう岡井さんは、私の方は見ていない。式のしおりを見ながら、萩原さんと楽しそうに喋っている。
なのに、私はまた、岡井さんから目が離せなくなっていた。
理由なんて、全然わからない。絶世の美人なわけでも、逆に面白い顔をしてるわけでもないのに、岡井さんがくるくると表情を変えるのを、一瞬でも見逃したくないと思ってしまう。
こんな気持ちになったのは、初めてのことだった。

「んー・・・」

そんな私の様子に気づいているのかいないのか、みずきちゃんはカメラを下げて、淡々と喋り出した。

「岡井さんね。・・・フルネームだと、岡井千聖さん」
「ちさと・・・いいね、似合う名前だ」
「お顔が整っているし、仕草の1つ1つに品があるでしょう。実際、おうちも裕福で、学校の近くにある大きなお屋敷に住んでいるらしいの。
でも、わかりづらいところに建っているみたいで、どこにお家があるのかわからないんだけど・・・」

私も3時間ぐらいかけて探してみたんだけどね、なんて恐ろしい事を淡々と言う。

「みずきちゃんちだって、でっかいじゃん」
「うちなんて、比較にならないよ。なんか、御父様がね、大きな会社の重役みたい。」
「なんて会社?」

自分でも、何でこんなに必死に、あの人の情報を集めているんだかよくわからない。
クラスの友達の親の職業だって、別に興味ないのに、まだ話したこともない上級生のことが気になってしかたないなんて。

「わかんない。何か、あんまり千聖お嬢様の情報って外に出ないの。
妹の明日菜お嬢様が私と同学年なんだけど、クラスが違うからよく知らないんだよね。お取り巻きさんも多いし」
「ふーん。・・・てか、何その呼び方。お嬢様とか」
「みんなそう呼んでるよ。初等部の子も知ってるんじゃないかな。遥ちゃん、お友達とそういう話しないの?」
「だって、興味なかったし」

みずきちゃんの言うとおり、たしかに、友達はみんな中等部や高等部の人たちの噂話が好きだ。
誰がカッコイイとか、可愛いとか、そんなんよく言ってる。興味ないから、ポケモンの攻略サイト見たりして流し聞きしてたけど。
大体、そんなことよりも、私は家に帰ってからの弟とのおやつ争奪戦とか、テレビのチャンネル争いの方が重要だったから。・・・よく、仲間はずれにされないもんだ。まあ、されたらされたでそれは別にいいかと思うけど。


「でも、よかったね。遥ちゃんも、千聖お嬢様に興味持ったのなら、クラスの子達とも盛り上がるんじゃない?」
「違う。私のはみんなのそういうのとは違うよ。そうじゃなくて・・・」

のんびりした感じのみずきちゃんの言葉が、なぜか癇に障って、私はちょっとおっきい声で否定した。
近くにいた先生が、ジロッと睨んでくる。


「あ、だから・・・いや、ごめん」
「ふふ」

でも、みずきちゃんは何も言わずに、またカメラを構え出した。

みずきちゃんのこういうとこ、敵わないなあって思う。
私と一緒にバカやってくれるけど、やっぱ3個も上のお姉ちゃんなのを思い知らされるっていうか。


みずきちゃんとの会話が途切れ、また私は無意識に岡井さんを見ていた。
なんなんだろう、これ。自分の考えてることがわからないって、すごく怖い。吸い寄せられるみたいに、岡井さんを目で追うのをやめられない。


岡井さんは相変わらず、萩原さんとお喋りをしていた。
話すとき、じっと人の顔を見るタイプらしい。あの綺麗な瞳で、あんな至近距離で。なんだか萩原さんがうらやましい。
実際、萩原さんは嬉しいみたいで、一人で座っている時はムスッとしてつまんなそうだったくせに、今はほっぺをほころばせて優しい顔になっている。

私がもし、話しかけたら・・・あんな風に見つめてくれるのかな。
笑わせたら、あの三日月型の目を私にも見せてくれる?
今中3なら、私とは5つも離れている。それでも、仲良くなれるのかな。
でも何て話しかければいいんだろう。いつ?

「あ、今はだめだよ遥ちゃん」
「・・・キメーな、みずきちゃん」

腹いせに、みずきちゃんのでっかーなお胸にタックルを食らわしてやると、「ブレるから!」とケラケラ笑って、そのままおふざけで肩をぶつけあってはしゃぐ。

そうこうしているうちに、始業のチャイムが鳴って、同時に、体育館内の電気が絞られる。
体育館の真ん中だけ灯りに照らされて、光の道ができている。
ここを、卒業生が通るんだろう。


“ただいまより、第○○回、卒業証書・・・”


アナウンスの声が響く中、私は相変わらず、岡井さんのいる席を見つめていた。
綺麗な茶色い目は、薄闇の中でもキラキラしていて、すぐに居場所がわかる。


「・・・ちゃんと、卒業生も見るんだよ、遥ちゃん」

その声と同時に、後ろの扉が開いた。



“――卒業生、入場”

司会の生徒の声が響き、先頭の卒業生が、体育館の中に入ってくる。
在校生席から、いっせいに歓声が沸く中、私はまだ岡井さんから目が離せなかった。




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