正門の掃き掃除をしようとやってきたら、正門の前に人の気配がする。

こんなところに誰かいるのか? なんだろう?
そっと覗き込んでみたら、そこにいたのは萩原さんだった。
それと、もう一人、制服姿の男子。

誰だ、あれ? 公立高の制服だけど。
こんなところで何を?
ただならぬ雰囲気を感じとって、思わず身を隠してしまった。

身を潜めて2人を窺っていると、そこにお屋敷の方から例の若い執事がこっちに近づいてくるのが見えた。
チッ・・・本当にタイミングの悪い奴だ。

気付かれたらどうする。早く隠れろ!





そろそろお嬢様のお車がお帰りになる時間だ。正門に異常などは無いか確認しに行く。
門の近くまで歩いていくと、門扉のそばでしゃがみこんでいるメイドさんの背中が見えた。

何をしているのかと思ってよく見てみると、そのメイドさんは村上さんではないか。どうしたんだろう。胃でも痛いのかな。

もちろん、あの村上さんに限って胃が痛くなるとかそんなことがあるわけは無かった。
振り向いて僕に気付いた彼女、その目はいつも通りの戦闘力で僕を睨みつけてくる。

デスヨネー。
僕と違って、対人ストレスと一番縁が遠そうな人なんだから。心配して損した。

彼女は僕に人差し指を口元に立てて黙ってろという仕草をした。
さらに、身を低くしろというジェスチャーをしてきたので、大慌てでそれに従う。

門の前では、2人が向かい合っている。
なにこれ? 面白いんだけど!

(僕は、舞ちゃんのことが・・・・好きなんです!)

えぇっ!? ちょっと!!
これって告白してるの? 萩原さんに?

この男子、よほど度胸があるのか、それとも頭のネジが一本とんでるか、そのどちらかだろう。


(好きなんです!舞ちゃんのことが。)

大事な事だから二度いいましたw

なんだこれ!
面白すぎるでしょ。相手はあの萩原さんなんだよ!!

萩原さんは無表情をとりつくろっているようだが、相当に動揺している。私にはわかった。
ああ見えて萩原さんは、意外と純情乙女な女の子だから。
あの天才さん、どう反応すればいいのか分からないんだ。

木立のかげに村上さんと2人で隠れるようにしてそっと覗く。
村上さんとこんなに間近にいることにちょっとドキドキする。

緊張感を覚えながら僕が門扉越しに見たのは、なんと先日出会ったあの男子生徒じゃないか。そしてもう一人は萩原さん。
また来てるのか、あの少年。
それで、うろついてるところをはぐれ悪魔超人コンビの片割れに見つかって、さっそくからまれてるというわけか。
言わんこっちゃ無い。


少年は萩原さんと向かい合って何か言っているようだった。
が、しかし様子がおかしい。僕が想像していたのとちょっと状況が異なるようだ。

そんな僕の耳に入ってきた少年の言葉は、それは驚愕の内容だった。


「僕は、舞ちゃんのことが・・・・好きなんです!」


・・・・な、何だってー??

それって・・・告白? ・・・あの萩原さんに?
あの少年の言っていた片思いの相手って、は、は、は、萩原さんだったのか!

冗談だろ!?


もちろん、萩原さんは外見だけなら可愛らしい女の子だから・・
もとい、萩原さんは本当に可愛らしい女の子だから、好意を抱く男の子がいても全く不思議はないんだけど。
でも、すごい度胸だろ。相手はあの萩原さんだぞ・・・・ すごい度胸っていうか、単なる命知らずのような。
若い人はいいなあ。これが青春の無限パワーってやつか。





これは面白い。面白すぎる。
正門の掃き掃除なんてあの執事の仕事だろ、なんて思っていたこのつまらない時間に、こんなに面白いものが見られるなんて。

さすがの天才さんでもこういう場の対応方法はまだ確立していないようだ。
自分に好意を寄せている異性の、その告白なんて初めてなのかな。

あの年頃だから、まだそういうことに答えを出したくないだろうな。
好きとか嫌いとか本当のところの気持ちがあるにしても、そんな恋愛的なことに結論を出したくないだろう。
軽い気持ちでとりあえず試しにつきあってみるとか、そういう考え方は出来ないだろうし。ああ見えて萩原さんは案外そっち方面は硬くて真面目そうだから。
ましてや、萩原さんは特別な想いを持ってるわけなんだから・・・ そう、千聖に対してのね。私は認めてないけど。

それなのに、そんな萩原さんに告白なんかしちゃって。
男ってやつは本当に単細胞で短絡的な生き物なんだから。


でも、この場をどうやって収束するつもりなんだろう、天才さんは。ムフフフ。
これは面白・・・見守ってあげたい光景だ。

萩原さんはずっと沈黙している。
黙ってないで早く何か言え!
面白い答えをさっさと聞かせてよ萩原さん。
この話題をオカズにして向こう三ヶ月は盛り上がれるな。あぁ、これは今から楽しみだ。

そんな風にワクワクしながら、次に発せられるであろう萩原さんの返答を待っている私の横で、いきなり大きな音がした。


「パキッ」





いったいあの萩原さんはこの事態にどういう返答をするんだろう。
これはとても興味深い光景だ。こんなシーンを見ることなんて、なかなか出来ないのだから。
しかも、あの萩原さんが当事者なんて。本当に何て答えるのだろう、あの萩原さんが。
そして、あの少年の運命も最後まで見届けてあげたい。骨は拾ってやる。心配するな。
これは面白・・・見守ってあげたい光景だ。

萩原さんのその答えを聞き逃さないよう、思わず身を乗り出してしまった。

そうしたら、踏んでしまったのだ。
枯れ枝を。


「パキッ」


静かな空間に、それは意外なほど大きな音で響いた。
頭が、真っ白になった。


薄れ行く意識の中で最後に見たのは、こちらを振り向いてくる萩原さんの姿。
そして、隣の村上さんの全身から立ち上っている怒りのオーラ。

村上さんと萩原さん、ただでさえ怖い人達なのに。
僕はこれからどうなってしまうのだろう、薄れゆく意識の中でそれだけを思っていた。
お母さん、僕はこれから長く遠い旅に出るかも知れません。探さないで下さい。
そしてそれを最後に、その後しばらくの記憶が全く無いのだった。





私は決して見逃さなかった。
その音で萩原さんが我に返る直前、萩原さんの表情がほんの一瞬だけ、今まで見たこともないようなか弱い女の子の表情になったのを。
私でさえその表情はひょっとして幻を見たのかと疑ったぐらいだったけれど、この私の目が見間違えなんかするはずがない。
萩原さんのその表情。それは、本当に本当にたった一瞬のことだったけれど。


しかし、その音がした瞬間、すべてが終わった。
萩原さんはすっかり舞様の顔に戻っていた。


あーっ、もうっっっ!!!

もう少しで最高に面白いものが見られたかも知れないのに。
しかも、私達のことに萩原さんが気付いちゃったみたいじゃないか。

この執事、本っ当に使えない。
この事態、温厚な私はまだ穏便に済ませられても、萩原さんはそうはいかないだろう。ご愁傷様でした。


それにしても、男ってやつは本当に馬鹿だな。
今の萩原さんの反応を察すると、萩原さんからそれほど悪くは思われてなさそうなのに。

あの男子、萩原さんの千聖への想いを知っているような口ぶりだった。
それを分かっていながら、萩原さんに対してあんな風にYESかNOかで答えざるを得ない状況にしちゃったりして。
そうなったら、萩原さんの答えは“NO”ってなるに決まってるじゃないか。
そんなことにどうして思い至ることができないんだろう。

男って、本当に馬鹿だ。




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最終更新:2013年11月24日 11:17