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「舞美せんぱーい」
「佐紀せんぱーい」


式が終わって、卒業生の退場。
入場のときと同じで、たくさんの歓声の中を、卒業生が胸を張って歩いていく。

「うふふ・・・そーれっ」

“ももち”がチョコやキャンディを在校生に向かってなげ、一層大きな声が上がる。

いつもの私だったら、まっさきに飛びついて拾い集めたりしてるところなんだけど・・・今はそれどころじゃなかった。

起立して、拍手を送る岡井さん。
あの後、こぼれていた涙はサッと人差し指で拭い取って、何事もなかったようにまた微笑んでいる。
でも、私はさっきたしかに見た。あの茶色い瞳が濡れて、雫がこぼれおちるところを。

多分、このことは誰も知らない。
隣に居る萩原さんも、気がついてはいないようだったし、・・・みずきちゃんはどうなんだろう。もし見てなくて、私が話したことで知ってしまったら、大変なことになる。どうしたらいいんだろう。

友達の秘密を偶然知ってしまったときのような、いや、それ以上の罪悪感。それこそ、私が間違った行動を起こしたら、世界が滅びてしまうんじゃないかって、おおげさじゃなく思う。
それぐらい、私にとっては重大なことだった。


“続きまして、在校生、退場――”


卒業生の背中を見送った後、場内に残っていた在校生も退出を促される。
どうしよう、このままでいいのかな・・・


岡井さんの小さな背中を、なんともいえない気持ちで見守っていると、「・・・工藤?」と後ろから声を掛けられた。

「・・・げっ」

そこにいたのは、私が「じごくのつかいま」と呼んでいる、初等部の超怖い男の先生だった。


「こんなところで何をやってるんだ?」
「えーと・・・、まあ、写真クラブの活動で」
「お前、この前女子レスリングクラブを勝手に作っただろう。嘘を言うな」

くっそー。
普段なら暴言吐きまくるか、独自開発したプロレス技で大暴れしてやるところなんだけど、こんなところでそれはできない。岡井さんに見られたくないし・・・
このまま連行されちゃうのか・・・と覚悟を決めていると、横にいたみずきちゃんがスッと私と先生の間に割り込んだ。


「・・・先生、ご無沙汰しています。譜久村です。覚えていらっしゃいます?」
「おお!元気でやっているか?」


(一応)いい子ちゃんなみずきちゃん、私のときとは違って、先生も笑顔で対応している。


「今度、初等部の校舎を撮影させていただきたいのですが、どういった手続きを・・・」

スラスラと、優等生語を話しながらチラチラと私を横目で見る。


“――遥ちゃん、いっといで”


そう言われたような気がして、私はみずきちゃんに敬礼してから抜き足差し足で体育館を出た。


先生に捕まっている間に、もうほとんどの在校生はとっくに移動してしまって、廊下のかなり奥の方に、教室へ戻る集団が見える。
よし、回り道だ。

私は上履きも履き替えず、中庭を走り抜けて、その集団を追いかける。
昨日の雨の影響で、ぬかるんだ土の感触が気持ち悪い。
一体、何をこんなに夢中になっているのか・・・でも、このわけのわかんない状態が、とても楽しかったりする。


そのまま全力疾走すること数十秒。
ついに私は、固まって歩く中等部の人達の、一番前の人の前に躍り出た。


「ちょっとまったー!!」
「あばばば」

勢い余って、まつげがくるんくるんの、色白な人とぶつかりそうになった。
人形みたいに可愛らしいその人は、私の顔と制服を見比べて、目を丸くしている。


「・・・あ、あの!おか、おかおか」
「おか?お母さん?」

息切れで声が出ない。
ぶんぶんと首を横に振っていると、その隣にいた人が「もしかして・・・千聖お嬢様、かな?」と助け舟を出してくれた。


「あっ!」


それは、今朝方校門前にいた、“環境委員”の人だった。


「えっと・・田中さん」
「いえいえ。鈴木です。ケッケッケ」

笑ったひょうしに、可愛らしい八重歯が覗く。・・・よかった、あの時のもう一人の超怖い風紀委員の人じゃなくて。


「あー、岡井さん?なら、生徒会室に寄るって言ってたけどぉ」
「それ、どこ?・・・・ぅすか?」
「えー・・・」
「自分あやしいものじゃないんで!」
「あやしーし」

ちょっとけんか腰になりながら、掴みかかる勢いで話しまくる私に、まつげくるくるさんは困った顔。


「・・・生徒会室は、そこの階段を最上階まで上がって、すぐ右の扉です」

それをしばらく黙ってみていた鈴木さんは、突然白い指でスッと階段を指さして、のんびりした声でそう言った。

「ちょっと、愛理ぃ」
「まあまあ、いいじゃないかぁ」
「あー、あざっす!」

そのまま脇を通り抜けようとすると、「あ・・・でも」と呼び止められた。
走りかけたところだったけど、思わず立ちどまる。


「お願いがあります。・・・もし、だめだと思ったら、今日のところは諦めて。それだけは、絶対に」


なんとなくはっきりしない言い方だし、先生たちみたいな命令口調だったら、私も反論していたかもしれない。
だけど、鈴木さんにはスルーできない独特の圧力を感じる。

それに・・・私は国語はあんま好きくないけど、鈴木さんが言ってる“だめだと思ったら諦めて”が何のことを指しているのかぐらいはわかる。
わざわざ私にそうやって念を押すぐらいだ。この人は“あの人”のことを良く知っているし、大切に思っているんだろう。


「約束できます?」
「・・・わかりました」

ちぇ、どうも調子が出ない。ふわふわ系は難しい。
柔らかい声に、ふにゃっとした笑顔。その裏には、何か違う顔が潜んでいるに違いない。まあ、ちょっと違うけど・・・みずきちゃん的な。
殴ったら殴り返してくるようなタイプのほうが、戦闘民族の私としては・・・おっと、そんなことはどうでもいいんだった。

「ありがとうございました」

一礼して階段を上がる私の背中越し、「愛理、今の子知ってるの?」「ううん、知らないよー。ケッケッケ」「ちょ、おま(ry」というやり取りが聞こえる。
でも、もうそれはどうでもよかった。
この階段を上りきれば、岡井さんがいる。そのことだけで、頭がいっぱいになってしまっていたから。

でも、私の心はまだ揺れている。
会いたい。でも会いたくない。顔を見たい。でも、顔を見られたくない。あの綺麗な瞳に、私を映してほしい。でも目を合わせるのは怖い。一体自分は、何を考えているんだろう。

一緒に暴れてくれるタイプじゃないだろうし、そもそも生きてる世界が全然違うって感じだ。
なのに、心が惹き付けられて仕方がない。
友達になれないことは、なんとなくわかっている。知り合いになれたとして、その先に自分が望んでいることはわからない。わかってるような、わからないようなことだらけで、頭がパンクしてしまいそうだ。


この時の私はまだ、この感情の名前を知らなかった。




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