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春になって、僕は高校2年に進級した。
うららかな陽気に心も浮き立つはずのこの季節。

でも、僕の心の中は、あのとき以来ぽっかりと空白があいたままだ。

勢いで告白してしまったが、ふられたんだろうなあ・・・きっと。
打ち明けるのが早すぎたのかなあ・・・
過ぎてしまったことを、もう何回繰り返し思ったことか。そんなこと、考えたところで仕方が無いのに。


もう舞ちゃんには会えないだろう。
それはしょうがない。自分がするべきことだと思ってやったことの結果なのだから。
そのことへの後悔は全く無い。
ただ、舞ちゃんをひとり残して立ち去ってしまったこと、それを舞ちゃんに謝る機会がないのだけが心残りだ。

それ以来、寮生の方々もお見かけしていない。
だって、さすがに気まずいのだ。舞ちゃんに会えない以上、寮生の方々にもちょっと会えないだろう。


その直後から春休みになったのは、ちょうど良かったのかもしれない。
こんな精神状態のままでいつもの通学路を歩くことは、ちょっと厳しかったから。
そして心の整理をする時間ができて、自分の気持ちとじっくり向き合うこともできた。

舞ちゃんのことが好きだという気持ちは今も決して変わることがない。
だからこそのつらさだけど、でも多少は吹っ切れた気がする。
あとは、時間がきっと解決してくれる。
つらく悲しい出来事だけれども、いつかきっと美しい思い出に昇華するときが来るだろう。


いつものカフェ、まだ誰も来ていない。いつものことだ。
そしてまた、いつもと同じ場所に席を確保する。

まだ時間が早い。しばらくは誰も来ないだろう。
テーブルの上に教科書とノートを広げる。
これからは、僕は勉強に生きる決心をしたのだ。この苦しい心の痛みを忘れるために、学生の本分に立ち返るのだ。


全身全霊をかけて問題を解いていたので、人が近づいて来ていたことに気付かなかった。
いきなり声をかけられた。


「あのー、熊井ちゃんに言われて来たんですけどぉ、ここ座っていいですか」



うお!! り、梨沙子ちゃんだ。

これは予想外のことだった。
だって、ここでは基本いつも僕は一人で放置されているのだから。
たまに誰かが来るにしても、それはいつも熊熊熊熊桃熊熊。
でも、いま目の前に現れたのは梨沙子ちゃん! 彼女とはここでは今日が初めての顔合わせになるのだ。
ついにりーちゃんが来てくれた。

学園の高等部の制服を着ている彼女。高校生になったんですね。おめでとうございます。
いま目の前にいる彼女にはあのヲタヲタしいオーラはなくて、物静かな感じさえ漂っているただの可愛すぎる女子高生だった。
やはり現場にいるときと普段では雰囲気も全く違うものなんだな。


梨沙子ちゃんとふたりっきり。緊張するな。
そして、それはどうやら彼女も同じみたい。
もじもじしている梨沙子ちゃん。かわいいw


「あの、僕のこと憶えてますか? Buono!ライブの終演後に会って以来になるんですけど」
「あ、やっぱりそうなんだ。どこかで会ったことあったかなと思ってて。その時、確かメアド教えてもらいましたよね」
「そうです。憶えててもらえましたか。Buono!メルマガいつも楽しく拝見させてもらってます。どんどんハマっていきそうです」
「そう思ってもらえると嬉しいな。最近、学園でも後輩の子とかにファンの人が増えてるって手ごたえがあって、さすが夏、Buono!だよね」

Buono!の話題に嬉しそうな顔になってくれるりーちゃん。
彼女は本当にBuono!のことが好きなんだな。見ている僕まで嬉しくなってくる。


楽しかったあのライブを思い出す。
梨沙子ちゃんと話すことで、沈んでいた気分が少しは上向いていけそうだ。

「梨沙子ちゃんは何年生なんですか」

あの時と今の制服の違いからその答えは分かってるけど、ここは知らない振りをして聞いてみた。
その僕の質問に対して、梨沙子ちゃんは無反応だった。

あれ? どうしたんだろ。


「・・・梨沙子ちゃん?」


気付いたように、僕に視線を戻してくれる梨沙子ちゃん。何事もなかったように、普通に答えてくれる。

「1年生です。高等部の1年」
「じゃあ、春から高校生になったばかりなんですね。高校は中学よりも楽しいと思うよ、きっと」
「勉強がもう大変でー。ついていくのが大変だねーって、いっつも岡井さんと言い合っててぇ・・・・ そうだ!」

急に梨沙子ちゃんが僕のことをじっと見つめてきた。

「岡井さんとも知り合いなんですね」
「いや、まあ。本当にちょっとだけですけど」
「ライブのあと会ったとき、あれにはビックリしたんだ。あの岡井さんが男の人に話しかけるなんて。そんなの思いもよらなかったから、あの子供っぽい岡井さんが。
その辺のこと熊井ちゃんからそのうち詳しく教えてもらおうと思ってたんだけど」

いや、それは教えてもらう必要はないです。
熊井ちゃんから正しい情報が伝わるならいいけど、まず間違いなくそうはならないから。

「ふーん」
「いや、べ、べ、別に僕はお嬢様のことを特別に何か想ってるわけじゃなくって、その・・・ もちろん分かってると思うけど」
「・・・・」


まただ。

また一瞬、無表情になる梨沙子ちゃん。心ここにあらずっていうか。
気付いたんだけど、梨沙子ちゃんはたまに会話の途中で、何を考えているのか分からないような無表情になる時があるんだな。

なんか不思議な子だなあ。
さすが、もぉ軍団に入っているような人だ。ただの美少女とは一味ちがう個性を持っているんだな、やっぱり。

どこかの世界に意識が行っているりーちゃんがこっちに戻ってきた
はっと気付いたように、はにかんだ笑顔を浮かべる梨沙子ちゃん。

かわいい・・・・

本当にかわいいな、この子。
こんな美少女を目の前にしていると、何か僕は少女漫画の世界に紛れ込んでしまったかのような錯覚を覚える。

そんな梨沙子ちゃんが穏やかな口調で僕に言う。

「熊井ちゃんが“うちの子分が席を取ってるから”って言ってたけど、熊井ちゃんの子分なんですか?」

熊井ちゃん・・・
いつから僕が熊井ちゃんの子分になったんだよ。
もぉ軍団の人の目から見ても、僕の立場はそのように見えるのだろうか。
これは断固として修正しておく必要がある!

「いや、違うよ。僕は決して彼女の子分なんかじゃなくってですね・・・」
「でも、もぉ軍団にもああいうのが一人いると便利でいいね!ってももも言っててぇ。やっぱりそういう感じ?」

ああいうの、って・・・
あの御二方は僕のことを“子分”とまで露骨に言い始めているのか。まぁ、何となく薄々気付いていたけれど、その扱いに。
何かもういろいろあきらめた方がいいのだろうか。僕は最早そういう立場であるということを自覚した方が・・・?

「子分がいるなんて、すごい・・・ さすが熊井ちゃん!」

梨沙子ちゃんが口許を押さえながらクスクスと楽しそうに笑う。
そんな彼女の笑顔を見ていたら、それでもいいような、そんな気分になってしまった。
彼女の所属している軍団の子分なら、うん、それでもいいかな。
今の笑顔を見たら、そりゃそんな気分にもなる。やられてしまったかも。


それにしても、りーちゃんは本当にかわいい。

舞ちゃんにもフラれてしまった以上、いつまでも過去を引きずっていてもしょうがない。
そんなとき、目の前に現れた菅谷梨沙子さん。
これはひょっとして。運命的な出会いってやつだったりして?

新しい恋をした方が前向きになれるのかな・・・

なーんて思いながら梨沙子ちゃんを見つめていた。
あぁ、そのかわいらしい姿に心が癒される。
ともすれば荒みそうになっていた気分を穏やかにしてくれる。
もう少しこのままりーちゃんとお話ししていたいな、と思った。


でも、僕がそう思ったということは、邪魔するようにもうすぐ登場してくるのだろう。あの人たちが。




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