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かぽーん、と庭のししおどしが響き、雀や鴉の鳴き声と調和する。
緑溢れる庭からこぼれる、優しい朝の光が心地よい。

お嬢様のお屋敷や寮の洋風庭園も好きだけれど、子供の頃から慣れ親しんだ、自宅の和風の庭はやっぱり落ち着く。
大分早起きをしたっていうのに、眠気は全くなくて、むしろテンションが高くなっているみたいだ。
私はキッチンへ行くと、お皿に盛ってあった、きゅうりのぬかづけをひょいっと摘んだ。・・・美味しい。お母さんの味。

「久しぶりに帰ってきたんだから、もっと遅くまで寝ていていいのよ」
「ケッケッケ、時間がもったいなくて。私も何か手伝うよ。これ、切っていい?」

いそいそとお母さんの横に立って、お雑煮用の大根の皮を剥いていく。

「あら、随分器用になって」
「千聖お嬢様のところでね、料理長さんに習ったりしてるから。
お嬢様もお料理上手で、一緒に作る事もあるんだぁ。
あとね、寮生のえりかちゃんのご飯も美味しくてぇ・・・舞美ちゃんもお菓子作りの名人なんだよ」
「ケッケッケ、楽しく過ごしてるみたいで良かった。
中等部の時は、ホームシックになってたじゃない?そもそも、お父さんが花嫁修業だとか、悪い虫対策とか言って入寮させたのがきっかけだったし」

ああ、そんなこともあったなあ。
だって、本当に突然だったから。
いきなりの一人暮らし、最初は毎日泣いてたっけ。お嬢様もまだ人見知りモードで、頼みの舞美ちゃんは陸上部と生徒会で忙しくて・・・。そんで、寝る前お父さんにいつも呪いをかけてやったんだった。
ケッケッケ、“書棚に買った覚えのない呪術の本があって、お尻に向かって思いっきり落下してきた”と聴いたときは、正直少しスカッとしたもんだ。ケッケッケ


「まあ、また悪い顔して。ケッケッケ、良い子にしてないと、お年玉もらえないんじゃない?」
「ケッケッケ、それは困るなあ。・・・じゃあ、罪滅ぼしに男性陣を呼んでまいりまーす」


家の隣の小グラウンドで、ゴルフのスイングに精を出している、お父さんと弟。

お母さんが朝食を並べている間に声を掛けて、半年ぶりぐらいの家族4人での食卓。


「学校の方はどうだ?」
「ケッケッケ、楽しいよぅ」
「成績は毎年上がっているし、今年のお年玉は奮発しておいたからな。ケッケッケ」
「ケッケッケ」
「ケッケッケ」


――ああ、楽しいな。全員同じようなペースの家族だから、もう和む和む。
常連の仕出屋さんの3段重御節も美味しいし、他にもお刺身やお雑煮と盛りだくさん。お正月って、いいな。ケッケッケ


「正月だけでも、うちもお手伝いさんを雇うか?お母さん一人で、大変だろうに」

すでにお酒を何杯か飲んで、顔が赤くなってきているお父さんが言う。


「ケッケッケ、大丈夫。働き者の娘も、いろいろ手伝ってくれるしね」
「しかしなあ・・・岡井さんとこは、メイドさんがいるんだろう?執事職まで設けているとか・・・」


――ケッケッケ、出た出た、お父さんの謎の負けず嫌い。
スポーツ選手と製薬会社の副社長さんじゃ、職業だって全然違うのに、なぜかお嬢様の御父様やお屋敷の話を聞きたがる。別に、全然関係ないのに。

そう思って弟をチラッと見たら、「男ってぇのは、そういうもんなんだよ。ケッケッケ」と赤い顔で返された。・・・あ、お酒舐めたなこいつめ。


その後もお正月料理を食べつつ、特番を見たりしながら、とりとめのない会話をする。
本当に普通の、でも私にとっては特別な普通の時間が淡々とすぎていく。


「・・・あ、いけない。そろそろ準備しないと」

しばらくして、時計を見上げたお母さんがつぶやく。

「愛理、何か荷物があれば玄関まで持ってらっしゃい」
「はぁい」

今日はお父さんのお仕事関係の人たちに、家族で御挨拶に回る。
いつものタクシー会社さんにはもう連絡したらしく、門扉の前でクラクションが聞こえる。


「・・・愛理」
「ん?」


酔っ払ったまま、ソファでぐでんとねっ転がってるお父さんが、前を横切ろうとした私を呼び止める。


「・・・あのな、戻ってきたかったら、いいんだぞ」
「ほい?」
「おんにゃにょこはしゅぐにお嫁にいっちゃ・・・ムグムグ」

半分寝言かいっ!もう、寮に入れって言ったのはお父さんだったのに・・・ケッケッケ、そーやって勝手なことばっか。
そんなことを考えながら、その真っ赤な顔にデコピンを食らわしていると、また弟が、「男ってぇのは(ry」とか言い出した。
ケッケッケ・・・しばらく会わないうちに身長も伸びて、声も低くなって、顔だけじゃなく性格までお父さんに似てきたようで。


「・・・でも私、まだ退寮はしないよ」


誰に言うでもなく、そうつぶやいてみる。

古風な考え方で、厳しいけどいつも見守ってくれるお父さん。
明るくてしっかりもののお母さん。
生意気なこと言うけど、家に帰るといろいろ気づかってくれる優しい弟。

私の大事な家族。そりゃあ、離れて暮らしていると、未だに寂しくて切なくなる時だってある。
だけど、私にはもう1つ家族が出来た。“こっち”にずっといれば“あっち”が恋しくなるし、逆もまたしかりだ。
今は両方とも、大事にしていたいと思う。だから、まだ帰らない。

「まったく、お父さんは愛理愛理なんだから。最近はね、悪い虫が着く前に、そろそろ婚約者を見繕ってやらなきゃ、とかいって張り切ってるみたい」

へー、それはそれは、ケッケッケ。
全然、ピンと来ないんだけどな。女子校で女子寮っていう環境だと、異性っていっても先生か、お嬢様のお屋敷のお髭の執事長さんや、料理長さんぐらいしか関わる事がないし。
まだまだ全然、いいですよ。と言ってやりたいところなんだけど、また面倒なことになったら困るので、退散退散。


「お母さんちょっと、お父さんたたき起こしてるから、先にタクシー乗ってなさい」
「ほいほーい」

手早くお財布とケータイを持って、一足先に車に乗り込む。


「あ・・・」

画面を見れば、“未読メール7件”の表示。・・・ケッケッケ、ですよねー。ほんの3日会わないだけでも、何となく連絡を取りたくなってしまう。実は私も、すでに7件分の未送信メールを準備してあったりして。


お父さん、悪い虫は全然ついてないけれど、娘は別のところにどっぷりですよー・・・なんて思いながら、私は仕立てのいいタクシーのシートに凭れかかった。



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