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朝、僕は高校へ向かう。
いつもの通学路を歩いてこのバス停にやってきた。いつも通りに。
そして今日はここで立ち止まり、ずっと待ち続ける。そう、彼女が来るまでずっと。
こうやってここで待つのは久しぶりのことになる。

熊井ちゃんの言葉に勇気付けられて再びここにやってきたのだが、僕は平常心ではいられなかった。
次々とやってくる学園の生徒さんたちを眺めていると、緊張感が高まってきた。
そのうちきっと舞ちゃんたちがやって来る。あのとき以来、初めて舞ちゃんに会うことになるんだ。
舞ちゃんは僕を見て、どういう反応をするんだろう。
それを思うと、この場に立っているのはさすがに怖かった。

これでもし舞ちゃんに顔を背けられたりでもしたら、今度こそ僕はもう立ち直れない。

今、僕の心の支えはあの時に聞いたあの言葉。


(嫌われてないと思うよ。間違いないから!)


そうだ、大丈夫だ。
熊井ちゃんがそう言ってくれたんだから。


満開だった桜も、今はすでに散り始めている。
その舞い散る花びらの中、歩いてくる2人が見えた。


来た! 舞ちゃんだ。

舞ちゃんがお嬢様と連れ立って歩いてきた。
桜吹雪の中を歩いてくる舞ちゃん。その光景に僕は棒立ちになって見とれてしまった。
美しい・ ・ ・ 美しすぎる。
僕はこの美しく印象的な情景を、これからずっと忘れないだろう。
一度はあきらめかけた舞ちゃんのことを再び見ることができた瞬間として大切に記憶の中へとどめておきたい。

舞ちゃんの姿を再び見ることが出来たことで、思わず気持ちが高ぶってしまった。
もう自分の視界にはこの光景以外のものは入ってこなくなる。心臓の鼓動が早くなるのが分かった。
舞ちゃんに会うのはもちろんあれ以来だが、お嬢様にお会いするのも本当久しぶりのことになる。

お嬢様が先に、僕に気付いてくれた。
お嬢様、高等部に進級されたんですね。おめでとうございます。
その高等部の青い制服もお嬢様とてもよくお似合いですよ。

僕に気づいたお嬢様は、ちょっと驚いた表情になった後、パァッと笑顔を見せてくれた。

あぁ、勇気を出して会おうと思って良かった。
その三日月のような瞳の笑顔を見れただけで、もう十分です。

そして、お嬢様が舞ちゃんのことを突っつく。
舞ちゃんは、それからようやく僕のことを見てくれた。


舞ちゃんが、そのかわいらしいお顔を僕に向けてくれた。
その顔は、やっぱり無表情だったけれど、それでも僕と目を合わせてくれたんだ!
僕にとってこんなに嬉しいことはなかった。
心の中の閊えが完全に取れたような、爽やかな気分が胸一杯に広がって目の前が明るくなる。


露骨に嫌な表情をされるのではないかと、僕はずっとその恐怖心と戦っていたのだ。
考えるたび何度も挫けそうになったりしたけれど、今その全てが心の中から消え去った。
僕はまだこの通学路を歩くことが出来そうだ。

僕にとって舞ちゃんは絶対無二の存在なんだ。
舞ちゃんに告白したこと、あれはやっぱりあれで良かったんだ。
僕の本当の気持ちを舞ちゃんに知ってもらえたということ。その上で、こうやって舞ちゃんに会うことができているのだから。
前よりも一歩前進することが出来たのだろう、たぶん。

これも全て熊井ちゃんのお陰だよ。
もし熊井ちゃんにあのように言われなかったら、僕は舞ちゃんに再び会おうとは思えなかったかも知れない。
それで彼女への気持ちが冷めてしまうとは絶対に思わないけれど、機会を逸し続けてていたらそれはどうなっていたか分からないのだから。


歩いていってしまった舞ちゃんとお嬢様の後ろ姿、それを見送る。
並んで歩く2人の後ろ姿を見ると、やはりこの2人にはかなわないなと思ってしまった。
舞ちゃんとお嬢様の絆が目に見えるかのようだ。そんな2人からはオーラさえ感じられ、格の違いを見せ付けられるような睦まじさだ。
たぶん、舞ちゃんの心の中にはいつも、そしていつまでもずっとお嬢様がいるのだろう。
それでも構わない。それもひっくるめて、僕はそんな舞ちゃんが好きなんだから。
今は、この2人を見ることの出来るこの幸せな時間、それが続いたことがとても嬉しい。


そんなことをしみじみ考えていたから、気付かなかった。
いつのまにか、栞菜ちゃんがやって来ていたことに。

「おい女好き。なに舐めるような視線で見つめてんだ俺の嫁を。頃されたいのか? この間男が」

相変わらず意味不明だ。
でもひょっとして、そうやって軽口を叩いて僕の気分を紛らわせてくれようとしたのかな? 僕がまだ落ち込んでると思って?
口は悪いけど、意外と優しい一面もあるからな、栞菜ちゃんは。

「は? なわけねーだろ! 文字通りの意味だよ」

思わず苦笑してしまう。
相変わらずだな、有原は。

「有原さん、だろ。憶えの悪い奴だな」

はいはい。有原さん。
僕が言葉を発する前に考えてることを読まれちゃうから、口を開くこともできない。お願いだから喋らせてください。

僕に話すきっかけを与えず、一方的に僕を罵り続ける栞菜ちゃん。
でもこれは、栞菜ちゃんなりの逆表現なのかもしれないな。僕はこの人のこういう性格のことも結構好きみたいだ。
ありがとう、有原さん。落ち込んでいたこともあったけど、今はすっかり元気です。



・・・って、何か違うんじゃないか、この流れ。
なんで僕が彼女に感謝するような流れになってるんだ。
いま栞菜ちゃんは、“気持ちのいい奴じゃね自分”って感じのドヤ顔になってるけど、何かおかしくないか?

僕は忘れていない。
僕が舞ちゃんに告白したこと、それを熊井ちゃんやその他に言いふらして回ったのが誰かということを。

「あのですね、有原さん。ちょっとお聞きしたいんですけど、僕が舞ちゃんに打明けたりしたことを、有原さんはどうして知っていたんですか」
「ああ、そのこと? それを見てた人間がいたんだよ。お屋敷にお仕えしている人達がね。
何があったのか、それを知るのは本当に難儀したかんな。あの執事、私が聞いてもなかなか口を割らないから。
でも考えてみれば、わざわざ口を割らせなくても頭の中を読んじゃえば話しが早いということに気付いたんだよね」

この人の言ってることを聞いていると、本当に頭がおかしくなってきそうだ。
頭の中を読んじゃえばって、そんなこと出来る人、そうそういないでしょ。何が、気付いたんだよね(キリッ、だよ。

「そんな個人的なことを色々な人に言いふらしてまわるとか、ひどいじゃないですか」
「何言ってるんだよ。ふつう面白い事があったら、それを大勢の人に知ってもらいたいと思うもんだろ? 
それとも何か? 君はあんな面白い事を目撃しても、それを独り占めしようとするような心の狭い人間なのか?」
「面白い事って言うな!」

だんだん興奮する僕に対して、栞菜ちゃんはふんぞり返って上から目線の偉そうな態度を崩さなかった。
まあ落ち着けよ、なんてジェスチャーとかしちゃってきたりして。その落ち着きぶりがまた無性に腹立たしい。

「それに私が熊井ちゃんに言ったことで、オメー熊井ちゃんに励ましてもらえたんだろ。むしろ私に感謝するべきじゃない?」
「それは結果論じゃないですか。その前に僕はさんざん笑われまくってるし。いや待て、熊井ちゃんが励ましたとか何でそれも知ってるんだよ」

いつものことだけど、僕が興奮すればするほど、それを滋養にして栞菜ちゃんはどんどん高慢な態度になっていく。

「結果論? 君は何を言ってるんだ? 私は常に事象の全体像を把握しているのだよ。それゆえ、全ては私の計算通りってことなの」

この人の発想って。
脳味噌の中、本当に一体どうなってるんだろう。
でも、熊井ちゃんの行動を先読みしたっていうのだけは信じないけどね。
彼女の行動を予測するなんて、そんなのは絶対不可能だよ。

「あのな・・・」

あきれかえっている僕を、栞菜ちゃんが真っ直ぐに見つめてきた。
こうやって見ると、本当に美少女だ。彼女に対して何の先入観も持っていなければ、本当に美少女だと思う(二度も言ってしまった・・)。
その大きな黒目に真っ直ぐ見つめられ、彼女のつくりだした空気に飲み込まれそうになる。


「あきらめられちゃうと困るんだよ」
「え?」

そんな綺麗な瞳でそんなこと言われるなんて。
この彼女の言った予想外のセリフに、僕はちょっと(ちょっとだけ)心を打たれてしまった。
栞菜ちゃん・・・

「敵の敵は味方って言うだろ」

まぁ、言いたいことは大体分かるけど。
お嬢様の取り合いでのライバル関係ってことだよね。
栞菜ちゃんにとって、舞ちゃんは目の上のたんこぶなんだろう。

「おっと勘違いはするなよ。これは話しの喩えであって、決してオメーの味方になった訳じゃないかんな」
「あのですね、言ってることは分かるんですけど、ひとつ指摘していいかな。僕が舞ちゃんの敵って、それはないでしょ」
「そんな細かいことはいいんだよ。しっかし、本当に好きなんだな萩原のこと。いい根性してるよ。そこは、ある意味尊敬するわ」

僕のことを鼻で笑いつつ去っていく栞菜ちゃん。
本当に面白い人だ。この子と話すことは、いい頭の体操になるよ。
でも、今に見てろよ。いつか今言ったその言葉から“ある意味”を取らせてやるからな、今は無理だけど、ちくしょうめ。



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