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「はい、じゃあ手をつないで。・・・憂佳、もう少し右に。そう、首傾げてみて」

所変わって、撮影スタジオ。
衣装を届けてもらった私たちは、その場で着替えて、係のお姉さんにここへ連れてきてもらった。
そのまますぐ、カメラ撮影に入ったわけだけれど・・・なかなか、緊張して調子が出ない。

夏のカタログに載せる写真ということで、私はノースリーブのワンピース、岡井さん・・・岡井少年は、少し大きめなサイズのTシャツを、カーゴパンツに合わせている。
背景にはひまわり畑の写真。
今はいかにも作り物って感じだけど、編集すると本当にそこに居るみたいになるんだよ、とお父さんが言っていた。

お互いの腕に虫除けスプレーをかける真似をしたり、バス停の前で酔い止めの薬を飲んでる演技をしたり。
引きつってる私とは裏腹に、さっきまで青い顔をしていたはずの千聖く・・・いや、岡井さんは、お父さんの指示どおりにテキパキ動いて、ポーズを決めている。


「・・・慣れてるねぇ」

小声でそうささやくと、「もう、やるしかないって思ったら、ドキドキしなくなりました」と返って来た。
・・・なるほど。いろいろ考え込んでしまうタイプとしては、うらやましい思考だ。

そういえば、花音も小学校の文化祭の出し物で、シンデレラ役に選ばれたとき、こんな感じだったっけ。
直前まで青い顔して「もう死ぬかもしれない」とか物騒なこと言ってたくせに、いざステージに立ったら、もう花音ワールド。
完全にナルシストな表情で「シンデレラレボリューション!」とか妙なアドリブを挟みまくって、しまいには魔法使い役の先生に怒られコントになってしまったんだった。


「ふふふ」

何度思い出しても笑えるその出来事、ふいに頭に甦ったものだから、つい吹き出してしまった。

「おっ、憂佳いいねー、笑顔笑顔!」
「ウフフ」

お父さんの声にあわせるように、岡井少年が私の顔に水鉄砲で攻撃を仕掛けてきた。

「やったなー!」

セットから少しはみ出しちゃうぐらいに、はしゃぎながらの追いかけっこ。

やりすぎたかな、と思ったけど、お父さん的にはアリだったらしく、そのまま止められることなく、しばらくはしゃいでいるうちに撮影は終わった。


「それじゃ、しばらくそこで待っててね」

お父さんたちが編集の作業に入って、私たちは隅っこに移動し、隣り合わせて座った。


「あははは」
「ウフフ」

今更ながら思ったけれど、この子は笑顔は不思議だ。なぜかつられて笑ってしまう。


「楽しかったね」
「はい」

最初の、泣いちゃうんじゃないかってぐらいに震えていた姿が嘘みたいだ。
さっきの撮影時の様子からしても、おとなしい子っていうより、単に極度の人見知りなタイプなのかもしれない。
そういう子の笑顔を引き出せたっていうのは、私にとってはとても貴重なことだった。・・・このままバイバイするのが寂しく思える。
だから、少し、勇気を出してみることにした。


「あの・・・今日はどうやって、ここまで来たの?私はタクシーで、少し遠いんだけどね・・・」


“仲良くなりたい人がいたらね、自分の話をしながら、質問するといいよ!”

年下の、ちょっと小生意気な可愛い友達の紗季が、昔そう言っていた。

たしかに、初めて紗季と話したのは“そのヘアピン可愛い!どこで買ったの?紗季のこのピンはねぇ・・・”という、とても唐突な、でも悪い気はしない不思議なとっかかりだった。


「あ・・今日は、あの、自宅から、小さい方の車で・・・」
「小さいほう。じゃあ、他にも何台かあるの?」

案の定、岡井少年も私の話しに自然に乗っかってくれた。

「昨日は時代劇を見ていて・・・」
「私はその時間は歌番組を見てたかな。時代劇、好きなの?」

「外で遊ぶのが好きです。えと・・・前田さんは」
「私はあんまり。最近はマンガばっかり読んでて、お母さんに怒られたりするんだ」

少しずつだけど、私のことも知ろうとしてくれているのがわかって、とても嬉しい。

家に車が5台もあって、メイドさんやコックさん、男の召使いさんまでいて、普通に夕ご飯でステーキとか食べちゃう、完全に私とは別世界に生きる男の子。

・・・本当に、ここでお別れなのかな?
まだ中1だから、ケータイとか持ってないし、住所や連絡先を聞いていいのかわからない。
それに、せっかくいい雰囲気なのに、変なアクションを起こして、拒否されてしまうのが怖い。社交的な紗季や花音みたいに、人と上手に関わる方法が、完全にわかったわけではないし・・・

「前田さん?」

「あ・・・う、ううん。ごめんね、ボーッとしちゃうの、癖なんだ」

綺麗な茶色の瞳。心配そうな表情で見つめられて、私は慌てて話題を変えることにした。


「・・・そうだ。何か肝心なことを聞くの忘れてた。
今、何歳なの?私はね、12歳。中学生になったばっかりなの」

すると、なぜか岡井少年の顔がパァッと明るくなった。


「本当に?あの、ちさと・・・」


中学校の話でも聞きたいのかな?とか思っていたら、「2人とも、お疲れ様!」と声を掛けられた。


「あ・・・」

お父さんともう一人、彫りの深い顔立ちのおじさんがこっちへやってくるところだった。
聞かなくてもわかる。岡井少年と同じ、綺麗な深い茶色の瞳。私は慌てて起立した。


「憂佳。こちらは・・・」
「あ、こんにちは!あの、娘の憂佳です。えっと、いつも父がお世話になっております」

カミカミながらも、大人の口上を真似て挨拶すると、「しっかりしたお嬢さんだ」と笑ってくれた。

「うちのも、憂佳ちゃんぐらいシャキッとしてほしいもんだな。どうも、ボーッとしてて危なっかしい。な、千聖」
「もう・・・」

ほっぺたを膨らます岡井少年。結構、あまえんぼうなのかな?安心しきった顔がまた可愛らしい。

「2人が頑張ってくれたおかげで、いい写真が撮れたよ。
キッズ向けのページ、反響あるかもな」

そう言って、お父さんが1枚ポラロイド写真を見せてくれた。

商品の目薬を持ったまま、岡井少年の水鉄砲から逃げる私。
岡井少年は目を三日月の形にしている。2人とも、目じりに皺が入っちゃうぐらい、笑っている。背景のヒマワリも美しい。
あまり、自分の笑顔って好きじゃないんだけど・・・これは、何かいいなって思えた。

「ま、商品が目立ってないからボツだけど、なかなかいいだろう?」
「うん」

すると、私の手元を覗き込んでいた岡井少年が、私が手にしているポラを少し強めに引っ張った。

「ん?」
「・・・これ、欲しいです。エヘヘ、前田さんと一緒に写ってる」


言ってから、ウフフと独特な声で笑う。
何だかじわじわと嬉しさがこみ上げてくる。ああ、ちょっとぐらいは、私のこと好いてくれてるのかなって。

「私も欲しいな」
「ああ、わかった。憂佳のは、あとで渡すから」
「それにしても、2人は仲がいいんだね」

岡井少年のお父さんが、しみじみした口調で言う。

「千聖は内弁慶だから、友達づくりが下手なんだよな。家族の前じゃ、妹や弟と同レベルではしゃぐくせに」
「でも、仲良くなれて、私本当に嬉しいです。あの・・・なんていうか、弟ができたみたい。男の子の、年下の友達は始めてで」

すると、岡井少年のお父さんと、うちのお父さんはいっせいに首を捻った。

「何を言っているんだ、憂佳は」
「え、だって、私あんまり男子と喋らないし・・・それに、お姉ちゃんしかいないから」

もしかして、また変な事言ったのかな。
そう考えて、岡井少年の方を見る。


「え・・・」

唇を噛み締めて、うつむいている岡井少年。

「ど、どうしたの」
「・・・ち、千聖は・・・私は」


――あれ?今なんて・・・


「わ、私は、男の子ではないです!」

悲鳴のような声色。
同時に、自分の血の気が引いていくのがわかった。貧血の時みたいに、頭がくらくらして、言葉が出ない。


「でも・・・男の子って・・・代役って・・・」

やっと振り絞った声に、お父さんが気まずそうに口を開く。

「どうしても、キッズモデルが見つからなかったから、千聖さんにお願いしたんだよ。
たまたまボーイッシュな格好をしていて、よく似合っていたからな」
「そんな・・・」
「それに、弟・・・って、千聖は前田さんと同じ年なのに・・・千聖は・・・」

怒ってくれればまだ良かったのに、岡井・・・さんはとても悲しそうな顔をしていた。

どうして気がつかなかったんだろう。
よく考えれば、丸くて柔らかい指も、鈴が鳴るような声も、男の子のものじゃないってわかったはずなのに。
そもそも、「さん」づけされているといった時点で、何も勘付かなかったなんて、鈍すぎるだろう、私・・・。
思い込みの強いタイプだとはよく言われるけれど、こんな形で思い知らされるなんて。


「はっはっは。
千聖、良かったじゃないか。本当の男の子に見えたなら、モデルとして、ちゃんと役割を果たせたってことなんだから。お前が幼く見られるのはいつものことだろう?いいじゃないか、老けて見られるよりは」
「いや、本当に。
凛々しくて、精悍な顔立ちをしていらっしゃる。
事前に知らなかったら、男の子だと思って撮影していたかもしれないなあ」

――もう、やだお父さんたちったら!フォローになってないし!


案の定、その失礼すぎる会話がとどめになってしまったようで、ついに岡井さんの目から大粒の涙がこぼれてしまった。


「岡っ・・・そんな、私・・・」

謝ろうにも、言葉が詰まって何も言えない。

そうこうしているうちに岡井さんは踵を返してスタジオを出て行ってしまった。

「あ、待って・・・!」


止めなきゃ。そう思っているのに、金縛りにあったように、足が動かない。


「まったく、うちのチビすけはすぐにいじけるんだからな。憂佳ちゃん、気にしないで」
「いや・・・しかし本当に美少年のような顔立ちで(ry」


「・・・・もう、大人のばかー!!!ヘンタイ!」

ついに、私の頭が大爆発を起こしてしまった。
普段の力の入らない、フニャフニャボイスはどこへやら、自分でも引くぐらいドスの効いた声。


「へ、変態はないだろお前・・・」
「うるさいうるさい!もう知らん!帰る!」

もう、感情を抑えきれない。私は勢い良くスタジオを飛び出し、廊下へ躍り出た。


どうしよう、岡井さんどこにいるの。
控室を見ても、誰も居ない。
近くのトイレにも居ない。

私の失礼すぎる勘違いで、どれだけ傷つけたんだろう。しかも2個も・・・。
さっきの泣き顔を思い出すだけで、どんどん心臓が痛くなってきて、私の視界もぼやけてきた。


――いない、どこにも。そんなに遠くへは行ってないはずなのに。

ついに建物を出て、雨の中ビルの周りを探したけれど、それでも岡井さんは見つからなかった。
こんなことなら、つべこべ言わずに連絡先を交換しておくんだった。
あとでパパに聞くんじゃ意味がない。今すぐに謝らないと。でも、でも・・・

考えがまとまらない。
完全にパニックになってしまった私は、もう何をどうしたらいいのかわからず、雨の中一人で立ち尽くすしかなかった。



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