中一日でいつものカフェにやってきた。
あぁ、落ち着くな、ここは。
今ではもうすっかりこの場所が、自分の居場所として馴染んでいることに今更気付いた。
今日は誰か来るのだろうか。
そういえば、ここしばらく誰も来ていないな。おかげさまで平和な時間が続いている。
なんて思っていたら、やって来ましたもぉ軍団の人が。
やって来たのは、まぁいつものこの人だった。
熊井ちゃん。
だが、僕はびっくりしてしまった。ドアを開けて入ってきた熊井ちゃんのその姿。
この間のあのメイクにも大いに面食らったものだが、今日の彼女はそれにもまして強烈だったから。
第一印象としてはメタルバンドの出来損ないのような。
じゃらじゃらとしたアクセサリー、その髑髏とかどこで手に入れたんだろう。
ネックレスにイヤリングにブレスレット、全て銀づくし。ギンギラギン。
なんだ、その格好は・・・
パーカーの下のスカートが、見慣れた青いチェックのスカートであることを見ると、なんとこれは制服姿なのか。
まさか、この格好で学校に行ったっていうのか、この人は。
いや熊井ちゃんのことだ、正にこの格好で学校に行ったんだろう。
この人に常識というものは無いのだろうか・・・(我ながら愚問・・)。
「く、く、く、熊井ちゃん?」
「YO!」
意味が分からない。
本当にこの人はどうしてこうなんだろう、いつもいつも。
目の前に座った熊井ちゃん。
とても迫力があるその異様なたたずまい。こ、怖い。マジで。
僕は今いろいろな意味での恐怖感を味わっていた。
うわー、関わりたくない・・・
この手のタイプの人は、もし見かけたりしたとしても、あまり近づきたくないと思うだろう。
怖いから。
それなのに、まさに今そのタイプの人が目の前にいて僕を真っ直ぐに見ている。
僕の知り合いにこんなタイプの人がいるなんて・・・ そのことに、一番びっくりしているのは僕自身だ。
注文を取りに来た店員さんも完全にビビっている。
「いらっしゃいませ・・ ご注文は・・?」
「テキーラのストレートを。ロックで」
お酒かよ!
着崩しているとは言え制服姿で堂々とアルコールを注文する熊井ちゃんに、僕も店員さんもドン引き。
「すみません、未成年の方にお酒はちょっと・・・」
店員さんは消え入りそうな声だった。
何やってんだよ、熊井ちゃん! 店の人に迷惑をかけたら、もうこの店に来れなくなっちゃうじゃないか。
「す、すみません。今の注文は冗談なんですよ。ロックで!って言ってみたかっただけですから。あははは」
なんで僕がフォローしなきゃならないのか。まったく。
「ほら、熊井ちゃん。本当は何を注文するの?」
「じゃあ、抹茶オレ」
しかし、なんなんだ、その格好は。
この人、本当にあの学園の生徒さんなんだよね。だんだん信じられなくなってきた。
うちの学校なんかは相当自由な方だと思うけど、それでもこんな格好の人は一人もいない。
ましてや、あのお上品な学校の生徒さんがこんな格好。許されるのか、これ?
風紀委員の人とか何をやってるんだろう。職務怠慢じゃないのか、それって。
・・・なんてね。
この熊井ちゃんのやることを抑えるなんて、そんなの何人にも無理な仕事だ。
そんな困難なミッションに挑んでいる風紀委員の人には同情を禁じえないよ。頑張れ、なかさきちゃん。
落ち着いたところで、熊井ちゃんはいきなり僕のことを詰問しはじめた。
「昨日はなんで席を取っておいてくれなかったのさ!」
睨みつけるように、僕のことを真っ直ぐに見てくる。
本当に、怖い。
「うちがちょっと早めに来たから良かったものの、席が取れなかったらどう責任を取るつもりだったの?」
責任とれとか、無茶苦茶言うな、この人は。
そもそも、一体いつから僕がそんな責任を負うようになったのだろう。
だいたい、席を取っておいても、誰も来ないで僕を放置してることの方が多いじゃん。
ここ一週間だって全く誰も来なかったのに、僕の来れなかった昨日に限って熊井ちゃんはやって来たのか。
なんという間の悪さ。
でも、相手は熊井ちゃんなんだ。
この人のやることなんですよ? わざと僕に難癖をつけるためにやってるんじゃないか、と勘ぐりたくもなる。
まぁいい。理性ある人間である僕のやることは、挑発に乗らず淡々と説明をしていくことだけだ。
心がけるのは、相手をなるべく刺激しないように。ネゴシエーションにおける基本だ。
「そのことなんだけど、これからはもう席を取りに毎日は来れなくなったんだ」
「どういうこと? ちゃんと説明しなさい」
一方的に問い詰められるという流れで分かるように、話しの主導権はいつもの通り当たり前のごとく熊井ちゃんが握っている。
待てよ?
感情的にならず冷静に話しを進めればきっといい結果で終わるというのは、それは相手が理性的な人の場合だ。
いま目の前にどっかり座っているのは、熊井ちゃんなのだ。
この熊井ちゃんに僕がただ釈明をしてみたところで、まともに聞いてくれるとも思えない。
だいたい、ふだんは放置されている僕が一日休んだだけでこの言われ様なのだ。
こんな理不尽な言われ方に対して、男なら強気な態度に出てみたりする必要もあるのではないだろうか。
最近読んだ雑誌に書いてあったのだが、近頃は草食系男子というものが増えてきているのが問題になっているらしい。
その雑誌には、これからの男は少し強気で行くべきだと書かれていた。
そういえばあの執事さんも、そんなこと言ってたような気がするし。
そうだよね。相手が熊井ちゃんじゃ無ければ、まぁ僕もそう思っただろう。
でも、今現実的に目の前にいるのは熊井ちゃんなのだ。
熊井ちゃんが僕をじっと見ている。この目の前にいる彼女を見ていると僕は絶望的な無力感に苛まれる。
が、僕も男だ。
男なら負けると分かっている戦いでも勝負しなければいけないこともあるのだ。
試しに、こういう反論をしてみるとか妄想してみる・・・
(うるせーな、熊井には関係ないだろ)
・・・・こんなこと言ってみたいもんだな。
男である以上、絶対的な力というものへの憧れはやっぱりあるのですよ。
でも、そんなこと彼女に言ったりしたらどうなるかは、火を見るよりも明らかだ。
(ぬわんですってえぇぇ!)
(ごめんなさい)
秒殺。
だよね。
こんなこと言ったら、昔の彼女だったら、それこそ僕に暴力行為まで加えてくるところだぞ。
そもそも僕は何事でも事を荒立てない主義なのだ。無用のトラブルは避けるべきだと思う。
だから、熊井ちゃんの詰問に対しても僕に出来ることは、ひたすら彼女の理解を得られるよう下手に出ることだけだ。
方針の定まった僕は、熊井ちゃんに聞かれたことに素直に答えた。今の長い妄想は全く顔に出さずに。
「昨日は遅くまで生徒会の仕事だったんだ。僕も忙しいんだよ」
「何それ? 生徒会なんか入ってたっけ?」
「今年から入ったんだ。小春ちゃんのお願いだから断りきれなくて」
しまった!
言わなくていいことを口にしてしまった。僕としたことが痛恨のミスだ。
今のところを彼女が聞き逃してくれることを祈った。
でも、熊井ちゃんがそんなことを聞き逃したりするはずがない。
案の定、熊井ちゃんはそこにがっつりと食いついてきて、僕は更に問い詰められることになった。
「小春? 小春って誰?」
よびすけすんなよ僕の先輩に対して! って抗議したかったけど、怖いから出来ませんでした。
何でそんな怖い顔で問い詰められなきゃならないんだ。
まぁ、別に熊井ちゃんは怖い顔をしたわけではなくて、単に真顔で聞いてきただけなんだろうけど。
でも、熊井ちゃんの真顔は本当に怖い表情に見えるわけで。
「ウチの学校の先輩だけど・・」
「先輩? ふーん、先輩ね」
熊井ちゃん、何か言いたげな表情だ。
これはアレだな、きっと。
やっぱり、僕が他の人のお願いを熊井ちゃんの指示より優先したのは気に入らなかったのかもしれない。
うちの子分が他人の指示を受けてるなんて、気に入らないんだけど!ってことだ。
でも、ひとこと言っていいかな。
僕は決して熊井ちゃんの子分なんかじゃなry
「うん、先輩。僕の、学年一個上の人」
「じゃあさ、先輩に対して“ちゃん”付けで呼ぶとか失礼じゃないの? 呼び方はきちんとしないとケジメがつかないでしょ」
熊井ちゃんに注意されてしまいました。
怖い顔して何を言ってくるのかと思えば、言われるのはそんなことかよ。
そんなこと言ってる熊井ちゃんが先輩に対して敬称を使ってるの、聞いたことないけど。
桃子さんは“もも”だし、雅さんも“みや”、新しい生徒会長さんのことも“まーさ”って呼んでた。
そう言われても、昔からみんな小春ちゃんって呼んでるしなあ。他人行儀にされるのは当の本人が嫌がるから。
「それで頼まれた生徒会の仕事を優先したってわけ? あのさ、もぉ軍団の任務をなんだと思ってるの?」
任務って何だよ・・・
僕の行動を勝手に縛り付けるな!
なーんて思っても、僕の口からでてくるのは受身の言葉ばかり。
「でも、こっちもちゃんとやるからさ。生徒会の仕事ないときはちゃんと席取りも出来るから。生徒会の仕事は週一回ぐらいらしいし」
なぜ僕はこんなに全力で必死に言い訳してるのだろう。
僕と熊井ちゃんの力関係では、これが現実なのか。
「ふん、まあいいか。何事も勉強だからね。しっかり成長してもらわないと」
なんで熊井ちゃんが僕の成長を願うんだよ。
でも、話しがまとまりそうなのだ。下手に反論して話しを長引かせたくない。
だから、熊井ちゃんの言ったことに僕はただ頷くことしかできなかった。
「実はね、うちも生徒会に入ったんだよ。これでなかさきちゃんと一緒」
「熊井ちゃんが生徒会に・・・それは、なかさきちゃん御愁sy・・じゃなくて、熊井ちゃんは生徒会のどんな仕事をしてるの?」
「うん、総務部っていうところなんだけど、何をするのかよく分からないんだよね、あははは」
「総務部だから、あらゆる仕事があるんじゃないの? そんな忙しそうな仕事引き受けて大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。順調だよ。でも、もぉ軍団のもぉ軍団によるもぉ軍団のための学園にするまでは、もうちょっと時間がかかりそうかな」
この人は何をしに生徒会に入ったのだろう。
生徒会に何を求めているのか。いや、生徒会で何をしようというのか。もぉ軍団のryって・・・
総務部とやらで、この熊井ちゃんと一緒に仕事をする人がかわいそうでならない。心から同情するよ。
それにしても、熊井ちゃん2年生になってから張り切ってるなあ。
普段はのんびり屋の熊井ちゃんだが、たまに思いついたようにパワフルに変貌することがある。
そんなときの方向性は大抵の場合彼女らしい独特な方に向いてるけど。
「熊井ちゃんがそんなに学校のことに関わってるとは知らなかったよ。やる気だしてるんだね、熊井ちゃん」
「ももが卒業しちゃったから、もぉ軍団の統括責任者として今まで以上にうちが頑張らないとね」
「この間もうちが新しいリーダーって言ってたけど、熊井ちゃんが軍団のリーダーになったの?」
「そうだよ。後に歴史家が伝説と評価したうちの時代が今始まるんだぜ」
「意味わからないけど。でも、いいの?それ・・」
桃子さんはそのことちゃんと承諾してるの?って思ったからそれを聞こうと思ったのだが、言いかけたその質問は飲み込んだ。
だって、そんなの聞いたところで僕に何か利があるわけでもない。
むしろ、首を突っ込まない方がよさそうじゃないか。熊井ちゃんと桃子さんの2人の問題だ。触らぬ神に祟りなし、ってね。
「そっちこそ、生徒会ではどういう仕事をすることになったのー?」
「僕が入ったのは渉外部って部署だから、他の学校との色々交渉事や各種打ち合わせといったことらしいんだ。まだ何も仕事してないけど」
「そうなんだ。じゃあこれが初めての仕事になるかもね・・・」
「えっ? なに? 何か言った?」
熊井ちゃんはニヤニヤとするばかり。
凶悪ラッパーのその不気味な姿と合わせ、それを見た僕は背筋が凍る思いがした。
何か、猛烈に嫌な予感がする。
最終更新:2013年11月24日 11:21