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3階の一番奥。
ライトブラウンのドアを叩くと、細くドアが開いた。

「あ・・・」

出てきたのは、お嬢様ではなく、愛理だった。

自分の部屋だというのに、お嬢様が応対なさらない。
その事実に、心がチクッと痛んだ。


「えっと、私?お嬢様?」

愛理はお嬢様の心の門番みたいに、くりんとした目に少し力を入れて、私をじっと見る。
当然のように、部屋に入れてもらえるつもりでいたけれど・・・今は緊急事態なんだった。相変わらず、頭が回ってないな、私。

「えっと・・・できたら、お嬢様に」
「・・・愛理、どなたかしら」


そのまま立ち話をしていると、お嬢様の声が聞こえた。
泣き声でも、怒っている感じでもない。・・・話、できるかも!


「お嬢様!私です私です!入っていいですか?」
「・・・舞美ちゃん、名前言わないと」
「あ・・・お嬢様、舞美です舞美です!入(ry」


「・・・もう、舞美さんたら。お声でわかるわ」

苦笑する愛理の後ろから、ぴょこんと顔を出したお嬢様。

「何か、ご用かしら?」
「あー、えっと」

――うぅ、慌ててしまう。
大抵の事件は、私がぼーっとしている間に終わってしまうから・・・なかなか、当事者としてこういう場で調整をお引き受けするという機会がない。

しっかりするんだ、まじまやいみ!・・・自分へのカツでも噛むとは、さすが私!とかいってw


「むふふ」
「もう、舞美さんたら・・・。いいわ、入ってちょうだい」
「ケッケッケ」

そんな私の一人漫才を眺めていたお嬢様は、ふっと表情を緩めて、くるりと踵を返した。


「どうぞ、おかけになって。・・・千聖の様子を見てくるよう、舞やなっきぃに言われたのでしょう?」
「はい。・・・いや、それもそうですけれど、私自身がお嬢様を心配しているというか」
「そう。お優しいのね」

ふかふかソファの定位置に座ったお嬢様は、正面にいる私と愛理を静かに見つめた。

さっきの、めぐぅに対して憤っていた雰囲気はもうない。
だけど、相変わらず纏う雰囲気は重くて・・・私は意味もなくそわそわしてしまう。


「・・・舞美さんが、」

やがて、お嬢様は静かに口を開いた。


「舞美さんが生徒会長になる前は、あまり、学園の雰囲気が良くなかった、と聞いたことがあるわ」

千聖は毎日登校していたわけではないから、わからないけれど。と小さく続ける。

「舞美さんも、そのように感じていたのかしら?」
「あ・・・えーと」


その話題は、かなり唐突なように感じられた。
今日の深刻そうなお嬢様の様子と、一体どんな関連が・・・?だけど、今のお嬢様は、私からの質問を一切受け付けてくれないような、ある種の近寄りがたさのようなものがあった。


「そうですね・・・あの、上手く言えませんが」

それでも、無機質な表情の下で、お嬢様が悩んで苦しんでいるのはわかった。
3日以上前のことは(ryな私も、その思いに応えないわけにはいかないだろう。


「あまり、雰囲気の良くないところはあったかもしれないです」

高等部からの編入生の私は、品行方正な名門校と言われていた学園の、そうではない部分にとまどうことが多々あった。

「例えば、どのようなことかしら?」
「そうですね・・・。何か、うわばきを踏み潰して履いてる人がいたのにはびっくりしました」
「う、うわばき?そう・・・」


どうやら、私の回答は、お嬢様的にはあまりピンとこなかったらしい。
だとしたら・・・あてずっぽうかもしれないけれど、私は思うがままに、話してみることにした。


「・・・あとは、その、上から目線になっちゃいそうなんですけど、けじめのないところがあるかなって」
「けじめ?」

お嬢様の目に、少し力が篭った。

「うーん、言い方が難しいですね。アハハ・・・。
つまり、学園祭とかレクリエーションとか、楽しいことがあったらそっちに走っちゃう傾向があって。
授業のはずの時間も、生徒側からの強い要望で、そういったことの準備に充てられたりして。本当にいいのかな?という違和感はありましたね。
それで、つまり・・・あの」
「その影響で、真面目に授業を受けたい生徒が損をしたり、酷い場合だと、仲間はずれのような状況になったりして。まあ、はっきり言えばイジメのような状況ですよね」


私の言いよどんでいた部分を、愛理が淡々と続けた。
息が詰まる。
でも、愛理はいつもどおりの口調と表情で、まるでお天気の話でもするかのように、落ち着いていた。


「私のクラスでも、ありましたよ。そういうの。私もやられたかな、一時期。
幸い、味方になってくれる友達が多かったから、悪化しませんでしたけれど」


愛理の言うとおりだ。
学園中が、今より勉強以外の活動に重きを置いていた頃、その風潮についていけない生徒たちが、必要以上に糾弾されてしまうようなことがたびたびあった。
変に足並みをそろえようとする割りに、意見がまとまっていないというか・・・私が生徒会長に推薦してもらったときも、まずそれを議題にあげ、改善できるよう取り組んだりもした。


「・・・そうね。ももちゃんの机にヘビを入れたり、上履きを違うところに置いたりするのも、悪ふざけだったのかもしれないけれど、千聖から見たら苛めていたのと同じだわ」

お嬢様は、軽くため息をついた。

「愛理、舞美さん。単刀直入に言うわ。
・・・私は、かりんがいじめられているのではないか、と思っているの」


お嬢様の声は室内に大きく響き、やけに生々しく耳に届いた。


「・・・それは、どうして」
「なぜ、そんなことをするのかしら。
虐げられる人の気持ちを考えたら、何も楽しい事なんてないでしょうに」


――まただ。

お嬢様の目つきがどんどん鋭くなって、私や愛理の声なんて届かないような状態になっている。


「ももちゃんのように、強い人ばかりではないのに。
愛理みたいに、同級生が庇ってくれるばかりではないのに。
誰かをわざと傷つけるようなこと、絶対に許すわけにはいかないわ」


お嬢様の声に、熱が篭っていく。
この持て余すほどの強い感情を抱えた、お嬢様のお話の行きつく先がわからない。
だけど、これだけはわかる。止めなきゃいけない。お嬢様の心を、お守りするために。

「だから、私はかりんを」
「お嬢様!」


怒りながら傷ついて、混乱しているその姿があまりにも痛々しくて、私は思わず、その言葉を遮ってしまった。


「舞美ちゃん・・・」


目を丸くする、愛理の声が遠い。
自分自身でも久しく聞いてなかった、自分の大声。体が熱くなって、なのに震えて、倒れこみそうなほどの疲労感を覚えた。


「・・・私も、イジメは良くないことだと思います。絶対にあってはならない」

何とか声を振り絞ると、お嬢様が大きくうなずいた。



「そうよ・・・舞波ちゃんも、そうやって傷つけられたの」


――ああ、やっぱり。


心優しいお嬢様がこんなにも、感情をむき出しにして怒る。
そんな原因となりうるのは、彼女――舞波さん、ぐらいしか思い当たらない。

学校でトラブルがあり、休学を余儀なくされ、お嬢様のお屋敷で静養していた舞波さん。
きっと、“かりんさん”の身に起こった何かから、お嬢様は舞波さんのことを思い出したのだろう。

“舞はまだ聞かないほうがいい”そう、舞自身が言ったのも、これで理解できた。
頭のいい舞のことだから、食堂でのお嬢様の御様子から、舞波さん絡みかもしれないと察したんだろう(舞は舞波さんの話しになると、何か不機嫌になっちゃうから・・・)。それで、一歩引いてみせた、と。

お嬢様がまず、めぐぅに話を振ったというのも、合点が行く。
それから、私に愛理。お嬢様は、舞波さんのことを知っている寮生にだけ、こうして打ち明けてくれたみたいだ。

「でも、めぐはわかってくれなかったわ。舞波ちゃんのこと、近くで見ていたのに、冷たいわ、めぐ」
「お嬢様・・・」

でも。

残念ながら、私にはどうしてもわからないことがあった。



――それで、カリンさんというのは、どこのどちら様なんだろう・・・?



さっき、確認しておくべきだった。
今更それを聞ける空気でもなく、この後の話についていけるのだろうかと思うだけで、背中に汗がにじむ。


「ケッケッケ」


私の焦りを見透かしたかのように、愛理が首をすくめてちょっと笑った。



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