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「今日は小春と有意義な話しが出来て良かった」
「小春も熊井ちゃんと会えて、とっても良かったよー」
「それじゃ、うちはこの辺で」

やれやれ、やっと終わったよ。
これでやっと緊張から開放される。

「じゃあね、熊井ちゃん。ところで今日は軍団ミーティングは無いよね。なら、今日はもう帰ってもいいよね」
「なに言ってるの? 一緒に帰るんだよ? ほら!」

えっ? 僕も一緒に行くの?

「当たり前でしょ。帰る方向は一緒なんだから」

一緒に帰ろうと誘ってくれるのは光栄だが、いま彼女の見た目は凶悪ラッパーなのだ。
この熊井ちゃんと一緒に歩いて行かなきゃならないのか。
何の罰ゲームだよ。


生徒指導室を出て、小春ちゃんと熊井ちゃんが連れ立って歩く。
僕はその後ろを歩いていく。こっそりと、少しずつ距離を離しながら。


この時間の廊下は、たむろしている生徒も多かった。
そこを小春ちゃんと熊井ちゃんが歩いて行くと、2人に気付いた生徒達が左右に分かれ道を作る。
まるでモーセだ。

そりゃ道を譲ってくれるよ、生徒達も。
だって、後ろから見ていても、この2人カッコよすぎるだろ、なんて僕でさえ思うぐらいで。
僕はとてもじゃないがこの2人のそばを歩けないから、離れて後ろの方をこっそりと歩いていく。


階段のところまで来ると、小春ちゃんが僕らに言った。

「小春は教室に戻るから。じゃあね、熊井ちゃん。また会おうね」
「今度は学園にも来てね、小春」
「うん、学園の生徒会の人たちにもよろしくねー」


小春ちゃんを見送ってしまうと、熊井ちゃんと2人になる。
熊井ちゃんを横に歩いていくことになるのだが、ここから昇降口までの数十メートルがとてつもなく長く感じた。
だって、僕の横にいるのは、この凶悪ラッパーなんだから。
まさか、当校に殴り込んで来た不良生徒と一緒に下校することになるとは。

幸いだったのは、どの生徒もこの熊井ちゃんに対して、見て見ぬ振りをしてくれていることだ。
関わりたくないと思われてるんだな・・・よーく分かる。
だから僕もなるべく平静を装って、この場の空気を乱さないように、それだけを心がけた。


それにしても、今日こんなことになるとはね。
僕はひそかに夢見ていたのだ。女の子と並んで歩く、そういう幸せな通学風景を。
学校への行き帰りを女の子と2人で歩いたりしたら、さぞかし楽しいだろうなって思ってた。
それが、まさか今日いきなり実現することになるとは。今日の朝には、全く想像もしていなかったことだ。

でも、想像していたのとは違って、全くウキウキ感が感じられない・・・
何故だろう。
いま僕が感じているのは高揚感ではなく、ただひたすら緊張感だけだったのだ・・・


そんな、熊井ちゃんと校内を並んで歩くという奇妙な体験。
歩いている廊下の途中で、そこに掲示板を見つけた熊井ちゃん。
じっと、それを見たかと思ったら、おもむろにカバンから例のチラシを一枚取り出して、そこに貼り付けた。

「これでよし、っと。いい?定期的にチェックしておいてね。依頼する人のそのサインを見逃さないように」

そんなの、たぶんまともに読んでくれる人なんかいないと思うけど。
でも、熊井ちゃんの言うことに一応頷いておく。反論は時間の無駄だからだ。


ほどなく昇降口に着いた。
自分の下駄箱に上履きを入れる。

「なに覗き込んでるの。熊井ちゃん?」
「なーんだ、手紙とか何も入ってないじゃん。寂しいもんだね」
「手紙?」
「うん、いま学園で流行ってるの。よく下駄箱にお手紙が入ってるんだよ。妹にしてくださいとか」

妹にしてください、って何?

「特別に親密になりたい先輩に申し出て、認めてもらえたら姉妹になることができるの。えっと、姉妹の契りって言ったかな。知らないの?」

知らないよ。
なんだ、姉妹の契りって?
やっぱり女子校っていうのは、ちょっと独特のノリだよな。うちみたいな公立校とは空気が全然違うんだな。

「ふーん、そういうのが流行ってるんだ。熊井ちゃんもそういう手紙貰ったの?」
「うん、何通か貰ったよ」
「うわぁ・・・」

熊井ちゃんの妹になるのを希望するとは・・・奇特な人もいるもんだ。
それで、熊井ちゃんは何て返事したんだろう。

だが、その答えを聞くことはできなかった。だって、あまりにも怖すぎるだろ
熊井ちゃんの派閥みたいなのを想像してしまい、それ以上踏み込むのを躊躇してしまった。


そんなやりとりをしているところに、いきなり鋭く声をかけられた。

「おい、お前!」

聞こえたその声は敵意に満ちている声だった。
その声に僕が振り向くと、重ねて声をかけられた。

「そう、お前だよ」

ひたすら怖い目で僕を睨んでくる男子。な、なんだ、こいつ。同学年の奴か。
状況がつかめない僕に、その男子はこう言った。

「お前、小春さんとどういう関係なんだよ。返答次第では只じゃ済まさないからな」

怖い顔で、僕を恫喝してくるこの男子。
その学ランの開いた襟元から赤いTシャツが覗いている。


あー、なるほど。

こいつ、いわゆる久住小春親衛隊と呼ばれている奴らのひとりだ。
小春ちゃんの熱狂的なファンの男子。その中でも過激派と言われているような奴だな。


僕が小春ちゃんのそばを一緒に歩いているのを見たりして、何か誤解しているんだろう。
全く血の気の多い奴もいたもんだ。
勝手に誤解したあげく絡んでくるとか、こういう連中は迷惑きわまりない。


面倒なことになったが、まぁ落ち着いて話せば分かることだ。
だから僕は相手の挑発に乗らず淡々と説明をしていこうとした。
興奮している相手をなるべく刺激しないように。つとめて冷静に。


「どういう関係も何も、ただの生徒会の
「ちょっと!? いきなりそんな口の利き方をしてくるなんて失礼でしょ! もぉ軍団にケンカを売る気なの?そうなのね!!」


落ち着いて話せば分かるはずなのに、そんな僕の配慮を隣の人が台無しにしてくれた。

そうだった、僕の横には熊井ちゃんがいたんだった。
事態を面倒くさいことにするスペシャリスト。
いきなり話しに割り込んできて、相手以上のテンションで捲し立て始めた。


泣く子も黙る久住小春親衛隊の奴でさえ、この熊井ちゃんには、さすがにちょっと怯んだようだ。
まぁ?いま彼女の見た目は凶悪ラッパーだし? それに熊井ちゃんの高い所から睨みつけてくるその顔は本当に怖い・・
あ、今こいつ熊井ちゃんを見上げて「で、でけぇ・・」って思ったな。顔にハッキリと出てるぞ。

「な、なんだお前・・・ か、関係無いだろ」
「関係無くないよ。うちは軍団のリーダーだから。下っ端のこんなのでもうちには責任があるの!」

あ、今ちょっと感動した。
熊井ちゃんが僕を庇ってくれるなんて。
下っ端扱いとかこんなの扱いとか、完全に上から目線なのは置いとくとして。

だが、この男子は相当興奮状態にあるらしく、この熊井ちゃんに対して口答えをするという暴挙に出た。
冷静な判断力が失われてるんだろうな。御愁傷様でした、なんて思った。

「う、うるせーよ。話しをすりかえるなよ。今は小春さんの話しを・・・」
「あなたの方がよっぽどうるさいでしょ。大体あなたこそ、小春の何なのさ!」

案の定、思いっきり反撃されてやんの。
バカだなあ。熊井ちゃんに口答えなんかしたら、こうなるに決まってるじゃん。

そうやって、他人事のように目の前の出来事を眺めていた。


ところが、次にその男子が言い放った言葉を聞いて、このあと僕は自分でも信じられない行動に出ることになるのだ。


「・・・なんなんだよ。お前の女、頭おかしいんじゃないのか」

熊井ちゃんが「あ?」と言うや殺し屋のような目付きになったのだが、僕はその時もはや、それさえも分からなかった。
そのとき僕は奴の言ったことに一瞬で頭に血が上ったからだ。そして・・・


「おい、もう一回言ってみろ」


自分でも驚いた。この自分の反応に。
自分の口から、こんな怒気に満ちた低く冷たい声が発せられるなんて。しかも、相手の胸倉を掴んでいるじゃないか。
え? キレたのか? この僕が?


頭に血が上っているのを実感する。こめかみの当たりが熱い。
こんなに我を忘れるほど激高するなんて。
僕は何でこんなにキレてるんだ?

これはもうこのままでは終われないだろう。
相手は小春ちゃんの親衛隊の中でも過激な奴なんだ。
その相手に手を出してしまったのだ。こうなった以上、覚悟を決める必要がある。
なんでこんなことに。

一触即発で睨み合っていたら、いきなりガッと頭を掴まれた。
つかんできたのは、その男子ではなかった。見れば、そいつも頭を掴まれている。
僕らにアイアンクローをかましているのは、熊井ちゃんだった。
事態を面倒くさいことにした張本人が、僕らに向かってこう言い放ったのだ。

「な~か~よ~く~!! 何ですぐトラブルになるの?同じ学校の人同士、仲良くしなさい! おーるゆーにーどいずラブ!!」



* * *


校舎を後にして、熊井ちゃんと2人で並んで歩く。
やっぱり不思議な気分だ。まだ現実感が感じられない。

「ありがとう。さっきは止めてくれて」
「言ったでしょ。部下の面倒を見るのは上に立つ人間の務め」
「いつから熊井ちゃんが僕の上司になったんだよ・・・」

でも、助かったよ。
校内で乱闘騒ぎなんか起こしたら僕は停学処分になるかもしれないところだった。
本当にありがとう、熊井ちゃん。

校門を過ぎたところで、彼女が聞いてきた。

「ねぇ、さっきは何でいきなりキレたのー?」
「・・・え!? キレてなんかいないっスよ?」
「ふーん」

ニヤニヤとする熊井ちゃん。
そんな熊井ちゃんに視線を向けることも出来ない。

「まぁ、いいけど。でも、すぐトラブルになっちゃうのはどうしてなのかなー。
自分の考えだけじゃなくて、周りの状況もよく見なきゃ。そういうの苦手なの?
もっとコミュニケーション力を身に着けないとこれからの人生厳しいよ」

「ハイ、キヲツケマス・・・」

くまくまボイスでクドクドと説教をされる。
熊井ちゃんからありがたい御高説を賜ることができたこと感謝します。肝に銘じておきます。


全く、熊井ちゃんらしさが全開だったな、今日は。
とんでもない一日だった。やれやれ。


でも、何だろう。さっきまでと、ちょっと気が変わってきたんだ。
いま僕は、熊井ちゃんの横を歩くこの時間がもうちょっと続けばいいな、なんて思い始めていた。
そんなこと思ってることがバレたら、ちょっと恥ずかしい。
だから、僕は平静を装いつつ、ただひたすら前を見つめるのだった。



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