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「階段から落ちたちょっと前に、舞とケンカしたのは覚えてる?」
「喧嘩・・・ごめんなさい、わからないわ。」

千聖は右のこめかみを抑えた。ケガの前後の記憶があいまいになっているらしく、それを無理に思い出そうとすると、こめかみが痛むと前に愛理に話しているのを聞いたことがあった。
「ふーん。覚えてなければいいよ。謝らないで。・・・ようするにそれがなければ、こんなことにはならなかったって言いたかっただけ。
はっきり言うね。
私は、まだ前の千聖に戻ってほしいと思ってる。」


丸っこい膝の上で揃えられた両手に、グッと緊張が走った。

「おとといの夜と昨日一日、ずっと舞美ちゃんと話し合った。
舞美ちゃんは、千聖だけじゃなくてキュートの誰がどんな状況になったって、全員で受け止めていくべきだって言ってた。
舞もきっと、千聖のことじゃなければそう思えた。キュートは第2の家族だからね。
何があってもみんなで乗り越えていくのが当たり前だって。
でも、千聖だけは別だよ。受け止めきれない。舞にとっては特別すぎる。もう二度と前の千聖に会えないなんて、それじゃまるで千聖が死・・・」



言葉が喉の奥に詰まった。私は今恐ろしいことを言おうとした。


「舞さん大丈夫よ、最後まで聞かせて。」
千聖の指が、私の肩に触れた。
顔を覗き込む茶色い瞳は少し濡れて潤んでいたけれど、それでもしっかりと私を捉えていた。

「うん、でもごめん。最後言いかけたのは聞かなかったことにして。
・・・だからね舞はこの先も、前の千聖に戻ってくれるのを待ちたい。
もう当り散らしたり無視したりしないから。あれはありえなかった。本当にごめん。
元に戻れるように協力するから。だからずっとキュートにいて。お願い。





・・・・・・・・千聖。」

あの日の事件から初めて、私はお嬢様の千聖に「千聖」と名前で呼びかけた。

「舞さんっ」
「あーもー泣くなよ!瞼腫れたらよけいひどい顔になるんだからね!」

照れ隠しにタオルで千聖の顔をごしごしやると、痛いわといいながらも笑顔に戻ってくれた。
「それで、何でこの話するのに急いでたかっていうと、昨日雅ちゃんからメール来てね。ベリーズ今日、ここに来るんだって。」
「まぁ。」

今日はキュートの新曲の衣装合わせでスタジオに集まったのだけれど、どうやらベリーズもコメ撮りかなんかがあるらしい。℃-uteのみんなと会えるね★ワラ なんていうのんきなメールを見たときはちょっと冷や汗がでた。
まだベリーズは千聖のお嬢様化のこと知らないんでしょ?一応、舞美ちゃんがみんなに緘口令っていうの?出してたし。
・・・別に、ベリーズの皆のことを信用してないわけじゃないんだけど、まだこのことはキュートの中の秘密にしておきたいって。そういってたから。」
「わかったわ。それで、私はどうしたら・・・」

「これ、読んで。」
私はずっと手に持っていた、小さなブルーのノートを手渡した。
「・・・・岡井千聖マニュアル?」
「これね、昨日舞美ちゃんと舞が作ったの。千聖、今一応仕事中も前のキャラに近い感じで頑張ってるでしょ?
でも新曲出るしイベントも始まるし、そろそろ自己流じゃボロが出てくるかもしれないから、舞たちが思いつく限りの前の千聖のことを書き出してみたの。
ほら、ここのページに、千聖がベリーズのメンバーそれぞれをどう呼んでたか書いたから。参考にして。」
正直、結構自信作だ。イラスト入り(私の絵は・・・)でかわいいし、後ろのページにははりきりすぎた舞美ちゃんの作成した謎のグラフやらデータ解析まで載っている。

「千聖はがに股。笑い声はク゛フク゛フ、爆笑はキ゛ャヒヒヒヒ。食べ物を30秒に一回落っことす。お調子者。学校でサルって呼ばれる。・・・・舞さん、私心がくじけそうだわ。」
「しっかりして!まあ、今日は体調悪いってことであんまり喋らなければいいよ。そこらへんはキュートでフォローするから。とりあえず、名前の呼び方と言葉遣いだけ気をつけて。時間ギリギリまで練習しよう。」


その時の私は、ちゃんと今の千聖と向き合えた高揚感と興奮で、私達の会話をずっと聞いていた人物がいることに気がつかなかった。



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