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なかさきちゃんが僕に向かってくる。鬼の形相で。
目の前に広がるその現実に、思考停止に陥りつつある僕。
いったいどうすりゃいいんだ。いっそのことダッシュで逃げるか。

そこに、一人の生徒さんが僕に話しかけてきた。

「あの、お忙しいところすみません」

え? 何でしょう?
って・・・本当だよ、この忙しいときに。
僕に何の用があるのだろうか、よりによってこの状況で。

あれ? この子・・・見覚えがある。
中等部の制服を着ているこの子、このあいだカメラで熊井ちゃん達を撮っていた子だ。
その子が僕に何の用だろう。
彼女は緊迫したこの状況にも全くお構いなしに、落ち着いた声で僕にこう言った。

「いま見てましたけど、嗣永さんのお知り合いの方なんですね」

この状況にも関わらず、そんなのんびりとした話しをしてくる彼女。
ご覧の通り、僕は今非常に切迫した状況にあるのだ。ゆっくり相手をしている暇がない。つい返事も早口で簡単になる。

「まぁ、そうだけど」

その子は僕の返事を聞きながら、凄い形相で向かってくるなかさきちゃんと僕を見比べるように視線を往復させた。
そして、全く動じた様子も無く涼しい顔で、僕にこんな意外な申し出をしてきた。

「それはそれは。フフフ。良かったら、助太刀しましょうか?」

かわいい顔して、ちょっと不思議なことを言ってくる。
そのたたずまいもまた不思議な子だ。
艶やかな黒髪の清楚な感じの女の子だが、中学生にしては何とも大人っぽい感じ。
なんだろう、この子のこの落ち着いた色っぽさは・・・中学生なのに。
まるで団地ry

その団○妻が僕の手に何かを握らせた。
いきなりの展開にドキッとする。
いけません奥さん!みたいなセリフが頭に浮かぶ。何で?

何だこれ、定期入れ?


そうこうしている間にも、なかさきちゃんがずんずんと近づいてきた。

「みずきちゃん!その人から離れて!!」

何だ、その言い方は。
まるで僕が危険人物みたいじゃないか。失礼きわまりない。
僕の目の前までやってきたなかさきちゃん。吐き捨てるようにつぶやく。

「中等部の生徒にまで・・・ 信じられない」

なに、その僕が中等部の生徒に手を出した変態みたいな言い方は。
彼女の中で僕はそんな扱いなのか。
完全に僕を変質者扱いしているなかさきちゃんが、僕を睨みつけてこう言った。

「覚悟しておいて下さいね。今度、あなたの学校の生徒会の方が見えた時に、正式に学園側からの苦情を入れますから」

何だそれ。うちの学校の生徒会が学園に来るのかな。そんなの、何にも聞いてないよ小春ちゃん。
僕は置いてけぼりってことなのか。

そのときだった。
みずきちゃんと呼ばれたこの子が、さっきの言葉通り僕の味方についてくれたのだ。
彼女は僕となかさきちゃんのやり取りに割って入ってこう言った。

「中島先輩、違うんです」
「え? 違うって・・・どういうこと、みずきちゃん?」
「この方は私が落とした定期券を御親切に拾って届けてくれたんです」
「みずきちゃんの定期券を?」

僕の手にあるこれは、彼女の定期券なのか。
名前は、譜久村 聖。13歳。
これで「みずき」と読むのか。
みずきちゃん、か。かわいい名前だ。フクちゃんって呼んでみたくなるような。

「届けてくださったんですか?」
「え!? は、はい。実はそうなんです」
「助かりました。本当にありがとうございました」

僕の方こそ、助けてもらって本当にありがとうございました、だよ。
みずきちゃんが僕にお礼を言うのを耳にして、なかさきちゃんの態度が軟化した。
さっきの鬼のような形相が嘘のように、その柔らかい表情。

そう!これこそがなかさきちゃんの顔だ。
お嬢様と歩きながら談笑しているときとか、僕が見たのはこの優しい笑顔だ。
その表情からは本当に彼女の性格の良さがにじみ出ている。
そんな表情をなかさきちゃんが初めて僕にも見せてくれたことに感動を禁じえない。

かわいい・・・

思わず胸がキュンとなってしまった。

「そうなんですか・・・ それは、親切にありがとうございます」
「あ、いや、その、そんな大した事では・・・」
「わたし、早とちりで誤解して。ちょっと言い過ぎました。ごめんなさい」

いいんですよ。誤解だとわかってもらえれば。
むしろ、みずきちゃんの機転で助けてもらったこっちの方が申し訳ない気分。
誤解したことを素直に認めて謝ってくれるなんて、なかさきちゃんはやっぱり性格のいい子なんだな。
例えば、これがもしあの人なら、誤解だとわかったとしても振り上げた拳の落としどころに困って、そのまま俺様理論を突き通して無実の人を冤罪に陥れることだろう。
まあ、誰のこととは言わないけど。


ついに、なかさきちゃん、僕という人間のことをわかってくれたんだろうか。
今なかさきちゃんはちょっと照れたような表情で、薄い笑みを浮かべながら僕を見てくれた。
効果音を入れるなら「キュフフ」ってところか。


うわー、なかさきちゃん、かわいいなー、まじで。


なかさきちゃんがその可愛らしい表情を僕に向けてくれるなんて!
初めて僕に向けてくれた彼女の笑顔。
僕となかさきちゃんの良好な関係は、今日この日から始まるんだ。間違いない。



そんな僕をみずきちゃんがじっと見ているのに気付いた。
やべ・・観察、されちゃったかな。
いま顔面が崩壊したりなんかしてなかったよね。脳内お花畑を見抜かれたりしなかったよね?
でもまぁ大丈夫でしょ。すぐにキリッ顔に戻したし。
それに相手はまだ中学生なんだ。男子の思考回路の独特な仕組みまでは分からないだろう。


そんなことを考えていたとき、不意に耳に心地よい優しい声が聞こえてきた。


「みなさん、おはようございます。ウフフフ」


この声は、お嬢様だ!

いつのまにお嬢様が近くに来ていたんだろう、全然気付かなかった。
高まった気分で振り向いたのだが、あれ?おかしい。目に入ってきたのは想像していた人物と違っていた。
そこにお嬢様は、いなかった。

厳密に言うと、そこに千聖お嬢様はいなかった。
そこには、別のお嬢様がいた。そう、別のお嬢様が。

驚いたことに、この子も確かにお嬢様だったのだ。
その身のこなしといい、まさしく本物のお嬢様。

だが、本当に驚いたのは、千聖お嬢様とまるっきり同じその声と喋り方だった。
本当に千聖お嬢様が喋ってるのかと思ったぐらいだから。
全くの他人とはとても思えない。ひょっとして、千聖お嬢様の身内の方なのか。

目の前のお嬢様の方が千聖お嬢様よりもどことなく大人っぽいし、背丈もこちらのお嬢様の方が高い。
ひょっとして千聖お嬢様のお姉さんとか?
千聖お嬢様にはお姉さまがいたのか!!と一瞬思ったが、そんな訳はないということにすぐ気付く。
だって、その子の着ている制服は、中等部の制服だったんだから。

「キタコレ!あっすー降臨!」

みずきちゃんが呪文のような言葉を小さく呟いたのが聞こえた。
その横でなかさきちゃんが、そのお嬢様に声をかけた。

「明日菜お嬢様。おはようございます」

アスナさん、か。
彼女はその後ろに何人もの生徒さんを従えていた。
まるで付き人のようにこのお嬢様に仕えるような生徒さん達。何だ、あれ・・・大名行列かよ。
女子校のノリというのは、たまに僕にはよくわからないものがある。


「風紀委員の方がお揃いで。今日は風紀チェックですか?」

明日菜お嬢様と呼ばれたその子が、なかさきちゃんに尋ねる。
聞けば聞くほど驚いてしまう。本当に千聖お嬢様とそっくりな声だ。
声だけ聞いたら絶対に間違えるだろ、これ。

「はい、そうです。明日菜お嬢様は全く問題ないですね。完璧です」
「ありがとう早貴さん。でも、どうして正門ではなく、こんなところで風紀チェックを? 正門から生徒がチェックを受けずに次々と入ってますけれども」

明日菜お嬢様と呼ばれた子がそう指摘する。
振り向いて正門を見たなかさきちゃん。

「いけない!すぐ戻らないと」

なかさきちゃんは明日菜お嬢様に会釈すると踵を返して、風紀委員を引き連れ足早に正門に戻っていった。

風紀委員の人達を見送った明日菜お嬢様。
すると、その視線をその場に残っていた僕らの方に向けられた。
だが、お嬢様のその視線が向かった先は残念ながら僕ではなかった。その視線は僕の隣りに向けられているようだ。
明日菜お嬢様は、僕の隣にいるみずきちゃんのことを、その柔和な表情でじっと見つめていらっしゃった。

ゆっくりと視線を前に戻された明日菜お嬢様が校門に向かわれる。優雅なその振る舞い。まさしくお嬢様。
お取り巻きさん達がその後ろに続いていく。


明日菜お嬢様か。
彼女のこと、気になるな。どういう人なのか知りたい。
誰に聞けばいいだろう。

そのとき僕の脳裏に浮かんだのはあの人だった。
まぁ、僕が気軽に聞けるのは確かに彼女しかいない。
が、彼女の言う情報が正しい情報なのかどうか。それはまた別問題だ。
間違いを間違いと見抜けるようじゃないと、彼女の情報を扱うのは難しい。

あ、そうだよ。
いま僕の隣りにはこの子がいるじゃないか・・・


僕がそんなことを考えているとき、隣りのみずきちゃんは明日菜お嬢様の後ろ姿を見つめていた。
明日菜お嬢様を見送るその目は、意味ありげに細められていたのだった。



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