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千聖お姉さまの数歩後ろを歩く。
独特のリズムで、ひょこひょこ動く小さな頭が可愛い。

今から私は、お姉さまの特別な場所に連れて行ってもらえるらしい。
ずっとずっと憧れていた、神秘的で愛くるしい、誰からも愛される太陽のような人。
まさか、本当に妹にしてもらえるなんて、思ってもみなかった。
だけど、嬉しく思う一方で、どこか私の心には靄がかかったまま。
この幸せを得るために、自分が失ったもの。
それは、捨てる前には想像できなかったほど、大きなものだったから。

こういうの、何て言うんだっけ。前に借りた、諺の本に書いてあったような気がする。ミルクが・・・なんだったかな。


「かりん」

ふと、お姉様の足が止まった。

「ここが、私の落ち着ける場所よ。さあ、入って」

それは、高等部と中等部のつなぎ目にある中庭の、小さな礼拝堂だった。
あれ・・・お姉様は、信仰を持っていらっしゃったのかな?

「ああ、私は特に、洗礼をお受けしたわけではないのだけれど・・・」

まるで、私の心を見透かしたかのように、質問する前から、お姉様は独特のふわふわした声で説明をしてくれた。

どうやら静かで厳かなこの場所は、お姉様が気持ちを落ち着けたいときに訪れるらしい。
だとしたら、その原因を作り出したのは・・・。

「お姉様」

少し上ずった私の声に、お姉様はふっと表情を緩めた。

「そちらに、座って」

示された長いすの端に腰を下ろすと、通路を挟んで反対側の椅子に、お姉さまも腰掛ける。

「ひとつ、確認をしたいのだけれど」
「・・・はい」


――なんて綺麗な瞳なんだろう。
お姉さまのことを知って、一番最初に心に焼きついた、その独特の色味の瞳。
一瞬で心を奪われ、私は囚われたように、図書館にある本から、その色の名前を探し出したのを、今でも覚えている。・・・鳶色、というらしい。
その美しい、魔女の宝石のような目が、今、私だけに向けられている。


「かりんは私の、妹になったのね?」
「・・・お姉様が、そうと認めてくださるのなら」
「もちろんよ。だから、この場所にかりんをお連れしたのだもの」

お姉さまは、膝の上でそろえた私の手に、そっと手を重ねた。
スキンシップが苦手でいらっしゃるはずなのに・・・。まるで、私がこの場から逃げ出さないよう、柔らかな手枷で繋ぎとめているかのようだ。


「・・・私は、妹に命令なんてしたくないのよ」

心臓が痛いぐらい高鳴る。
逃げ出さなければ、感情があふれ出してしまいそうなのに、足が凍りついたように動かない。

「だから、代わりにお願いをするわ。
何があったのか、話してちょうだい、かりん。あなたのことを、もっとたくさん、私に聞かせて」


――ああ、やっぱり。
お姉さまには、隠し事なんてできないんだ。
鳶色の中に、私が映っているのをぼんやり見つめながら、私は5年生の時の記憶を遡っていった。

* * * * *

「小もぉ軍団?」

聞き慣れない単語に首をかしげると、私の席の周りにいた友達が、ニコニコしながらいっせいにうなずいた。


「そ。かりん、知らない?高等部3年生の、嗣永桃子さん」
「一応わかるけど。あの、“ごめんなさいだにゃん”みたいな人でしょ?」

ビミョーに違うから!とツッコミを入れられて、いっせいに笑いが起きる。
正しくは、“許してにゃん”らしく、きゃーきゃー言いながら、みんなが真似をしている。


「嗣永さんは、もぉ軍団っていうのを結成してるのね。
高等部1年の熊井さんに、中等部3年の菅谷さん。このメンバー、最強じゃない?」
「・・・う、うん。そうだね」

お昼休み。
ハイテンションで嗣永先輩の話をするみんなに、ちょっと不自然ながらも話を合わせてニコニコ笑ってみせる。


大きなピンクのリボン。ツインテール。派手なカラーのニーソックス。
ここ最近、仲良しグループのみんなが派手になってきたな・・・と思っていたら、どうやらそれは嗣永先輩の影響らしい。

「でね、うちら、もぉ軍団をリスペクトする初等部ってことで、“小もぉ軍団”を名乗ることにしたの!」
「かりんも軍団に入りなよ!」

――えー・・・

みんな、すごい盛り上がっている。
今の今まで、そんなことなんて考えてなかった自分とは明らかに温度差があって、同じグループなのに・・・と、少し寂しさを感じてしまった。

「全然、嗣永先輩の話とかしてなかったじゃん」
「え、してたし。かりん、ぶっちゃけ興味ないんでしょ。うちらが盛り上がっててもさ、全然違うこと考えてたりして感じ悪いし」

――あ、ちょっとグサッときた、今の。
でもたまにボーッとしてるのはほんとのことだし(遥ちゃんにもよく言われる)、とりあえず「ごめんね」と謝ってみる。


「ま、いいんだけどね。それより、小もぉ軍団入ってよー!いっぱい人数いたほうが、ハクがつくからさ」
「真似するだけでも楽しいよ?それに嗣永先輩って人望もあるし、ウチらのこと知って貰って仲良くなれれば、生徒会の人たちとも仲良くなれるかも!」
「・・・え、じゃあまだ嗣永先輩とは面識ないんだ。ただ真似してるだけ?」
「もー、かりんってば」
「ご、ごめん」

――うーん。
どうも噛み合わない。
前は私と同じで、読書とかテレビドラマの話が好きだったはずなのにな。
とはいえ、気の合う友達がハマッていることなら、私も何か切り口があれば。

そう思って、とりあえず質問をしてみた。


「嗣永さんが仲いい人って、例えば誰?もぉ軍団以外で」

さほど関心がないとはいえ、嗣永さんは有名人。
黙っていればむしろおとなしくマジメそうにも見えるルックスなのに、ぶっ飛んだ服装とのギャップで、そう何度もみたことがあるわけじゃないんだけど、やたら印象に残っている。

そんな独特のキャラの先輩だから、普通に交友関係は気になったりもする。

「あ、やっぱそこ気になっちゃう?んーとね」

私からの質問で、みんなの少し機嫌が直ったみたいでホッとした。

「大物だとねぇ、生徒会長とか、副会長の清水先輩と仲がいいみたい」
「へー」
「会話がね、漫才みたいで面白いの!あんな可愛い人や美人が天然かまして笑わせてくれるなんて、うちの学校ぐらいだよね!」
「あとはねー、新聞部とか?」
「いや、新聞部は天敵でしょー?それよりさぁ、あの方は?ほら、」
「「「「千聖お嬢様!」」」」


――ガタッ


みんなの声が揃った瞬間、私は思わず起立してしまった。

「・・・え?」
「どうしたの、かりん」


「いや・・・ごめんね、なんでもない。トイレ行こうかと思ったんだけど、そうでもなかったっていうか」
「なにそれー?」


無自覚にもオーバーリアクションをかましたおかげで、どうやら口から心臓が飛び出る自体は免れたようだ。
着席してからも、まだ手が小刻みに震えている。
まさか、こんなところで、“あの人”の名前を耳にするなんて。

お母さんにも、友達にも誰にも言ってない、私が密かに気にしている人。

「・・・嗣永さんとおじょ・・・う様って、全然、タイプが違うと思うんだけど」

私の動揺は、幸い誰にも気づかれなかったらしく、普通に会話は再開された。

「でしょー?でもね、よく一緒に屋上でごはん食べてるんだって!」
「なんでも、嗣永さんをいじめた人達を、やっつけたのがきっかけらしいよ!あんな上品なお嬢様なのに、すごいよねー」


――ああ、そうだったのか。

私は細く息を吐き出した。・・・あれは、ずいぶん前の出来事だった。


“集団で、一人を虐げるなんて。あなたがたは、高等部なのでしょう、恥を知りなさい”

中庭の礼拝堂の前で、少し舌足らずな声が、雨の音すらかき消すように響いていた。
男の子のように短い髪の、小麦色の肌の小柄な中等部の生徒。それが、初めて見る、千聖お嬢様だった。

きっと誰かに大声をあげることなんて、滅多にないのだろう。体を震わせて、ほっぺを真っ赤にして、それでも、数人の上級生をまっすぐに見据えていた。
その瞳の美しさが、どうしても忘れられなくて・・・そして、今私が目撃したその出来事の顛末を、期せずして知ることとなった。


「かりん?ほらまたそうやって、ボーッと・・・」
「・・・小もぉ軍団っていうの、私も、仲間に入れてもらっていいかな」
「え、本当?やったー!」
「あー、でも、まだ軍団に入るっていうんじゃなくて、一緒にいろいろやるだけ。お試し会員みたいな」

かりんって、慎重だよねー。なんて言いながら、みんなはそれを受け入れてくれた。

――最も、私の目的は、全然違うところにあったんだけれど。



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