「あー、ほらほら。千聖への大事なお手紙なんでしょー?」
凍りついた私には特に構わず、その声の主・・・嗣永先輩は、風でふわりと飛んだ手紙を追いかけてくれた。
間近で見た嗣永さんは、表現しようのない独特の存在感がある。
スカートの後ろにまで、たっぷりとレースが縫いつけられていて、芸が細かい。
背中で括られた、大きなリボンがひらひらと舞って、綺麗な言い方をするならば、まるで蝶の羽みたいだった。
「はい、これ♪」
「あ・・・ありがとうございます」
もはや、模倣も忘れて、私は目の前の“お手本”にまじまじと見入ってしまった。
そう大した美人でもない、なんていうのは、大きな間違いだった。
メイクなんてほとんどしてないのに、パッチリしているキラキラな目。赤ちゃんみたいな薄い唇。独特の可愛らしい声。キャラクターはさておき、まるで、可愛い女の子の見本のようなルックスだ。
ああ、これはとてもかなわない、と思った。
自分なりに完璧に真似をしていたつもりだったのに、本能で、全く歯が立たないとわかった。
一体、私のやってきたことは何だったのだろう。こんな中途半端な真似っこ人間を、あの人が覚えてくれるはずもない。
「ウフフ」
そんな私の心情を知ってか知らずか、嗣永先輩は飄々とした感じで笑った。
そして、涼しい顔のまま続けた。
「かりんちゃんはぁ、千聖のこと、好きなんだ」
その言葉に、心臓をわしづかみにされたような、衝撃が走った。
「な、何で私の名前を」
「もぉの友達は、事情通が多いからね。それに、一番お上手な子には目が行くでしょ?かりんちゃんはバツグンだもん」
何のことかなんて、聞くまでもなかった。
「でもぉ、皮肉なもんだよね。
一番できる子は、もぉのことを一番好きなわけじゃないって」
「あ・・・」
その言葉に、どれほどの思いがあったのかはわからないけれど、私はそれで、自分がかなり無礼なことをしていたと気がついてしまった。
「ごめんなさい!」
私は頭を下げた。
「あの・・・失礼な事をしてしまって」
「ああ、いいからいいから。
ねえ、それより千聖のどこが好きなの?」
だけど意外なことに、嗣永先輩はあっさりと私の謝罪を受け流した。
いつものぶりぶりピンク色のキャラクターで責め立てられるのかと思ったのに。あるいは、わざとらしく慰められるとか。
よくわかんないけど、男の子っぽいなあと思った。非常にあっさりばっさりしている。
きっと、これがこの人の本質なのだろう。
「ねー、もぉの話聞いてるぅ?」
「あ、はい。お嬢様の、好きなところ・・・ですか」
私は軽く目を閉じて、千聖お嬢様のことを思い浮かべた。
「私・・・正直、まだ、千聖お嬢様とお話したこともないんです」
「おいおい」
「でも、目がとても綺麗で・・・あと、あんまり笑った顔をみたことがなかったんですが、もも・・嗣永先輩と一緒にいる時はいつもニコニコしてて、可愛らしくて・・・」
こう言葉に出すと、私って全然、お嬢様のことを知らないんだなあと改めて思う。
まあ、ほとんど一目ぼれみたいなものだし、仕方ないんだけれど。
「・・・千聖の目はねぇ、あれは魔女の目だって梨沙子も言ってたなあ」
「あ、もぉ軍団の菅谷先輩ですか?」
「えー、ホントにもぉのことよく調べてるんだ!しかも、もぉのためじゃなく、千聖のために。あはは、すごいね、キミは!」
なぜか大笑いしながら、背中をバンバンと叩かれる。
「な、なんか、失礼連発で、すみません・・・」
「ん?何のこと?」
本当に気づいていないのか、気を使ってくれているのか。
とにかく、嗣永先輩は、私を責めようとはしなかった。
「まあ、千聖はねぇ、あの子はボケーッとしてるから。
自分が後輩から慕われたり、憧れられたりするなんて、ありえないと思ってるみたい。
ま、もぉみたいなスーパーアイドルが近くにいたら、そう思っちゃうのも仕方ないんだけどね!」
「・・・ははは」
「いや、笑うとこじゃないから!」
少し話してみれば、単なるイロモノぶりぶりキャラじゃないのもよくわかった。
そういえば、勉強はものすごいできるんだって、みんなが言ってたっけ。ぽんぽんと話が弾むし、ずいぶん引き出しの多い人だ。
「千聖に手紙出すのは、今回が初めて?」
「いえ、今までにも何度か。お返事をいただいたこともあります。
いつも、自分の日常をとりとめなく書いているだけなんで、御負担になってないか心配ですが」
「ああ、それなら大丈夫。千聖は手紙大好きだし、返事が定型文じゃないなら、ちゃんと読んでるでしょ」
「定型文・・・ではないと思います。千聖お嬢様のプライベートのお話も書かれていますし」
「ウフフ、それは何よりです」
嗣永さんは満足そうにうなずくと、おもむろに私のツインテールに手をやった。
そのまま、手をほっぺ、襟元のリボン、二の腕とどんどん移動させていく。
キャラと違って、その手はやたらひんやりしていてゾクゾクする。
「あ、あのー、なにか」
「ほーんとにもぉのコスプレ、上手だねぇ。もぉの次ぐらいには可愛いし、こりゃ小もぉちゃんたちの中じゃ、エースだね。センターポジ。ウフフフ」
何がそんなに面白いのか、嗣永先輩は機嫌よさげに笑い続けている。
最近の軍団の行いを考えれば、睨み付けられたり、怒られたりすることも覚悟していたんだけれど・・・予想外の反応に、どう応対していいかわからず、とりあえず笑ってみせるも、ほっぺが引きつっているのが自分でもわかる。
「ウフフ、じゃあ、そんなももちポイントの高いかりんちゃんに、特別な情報を提供しましょう!」
嗣永先輩は、ずいっと顔を近づけてきた。
「もぉはねー、千聖の事が大好きなの」
「・・・それは知ってます」
「それでね、千聖ももぉのことが大好き。ウフッ」
――一体、何が言いたいんだろう、この人は。
ファンでもないのに、自分を真似る私を皮肉っているのか。あるいは、千聖お嬢様に憧れている私を牽制しているのか。
まるで、推理小説のようだ。じっくり観察して、考察して、このつかみ所のない人の真意を読み解いていく。
「千聖はね、もぉが急に優等生になったとしても、バリバリ体育会系女子になったとしても、突然変異で男の子になっちゃったとしても、それでも今までどおり、もぉと友達でいてくれると思うんだ。
だって、千聖が好きなのは、もぉだから。もぉがもぉだから、千聖は私を見つけてくれた」
「・・・そう、ですか。」
嗣永先輩が、嗣永先輩だから・・・か。
頭の中で、嗣永先輩の言葉を反芻するたび、私に伝えようとしている事が、少しずつ胸に入り込んでくるようだ。
姿形を真似したって、何の意味もない、と。
千聖お嬢様は、そんな表面的な理由で、嗣永さんと友達になったわけじゃない、と。
そして、2人の絆を、見くびってもらっちゃ困る、と。
多分、これはただの忠告ではなく、・・・その先を自分で考えるよう、促しているんだろう。
「・・・もぉの言いたいこと、伝わったかな?」
「はい。非常に参考になりました」
そう答えると、嗣永先輩は満足げに笑った。
「あ、でもね、誤解しないで。もぉは千聖に、新しい仲良しさんが増えるのは大歓迎だから。
あの子、自分からぐいぐい行くタイプじゃないからねぇ。きっかけ作りも大変かもしんないけど、手紙はこれからも
出してあげて。きっと楽しみにしてると思うし」
「はい、そうします」
「ん。素直でよろしい。じゃあ、そろそろ」
行こ、と嗣永先輩は、私に手を差し出してくれた。
不思議なことに、さっきと違って、つないだその手はとても温かく感じられた。
「・・・最初に話した小もぉ軍団の子が、かりんちゃんでよかった。ウフフ」
「えっ、そうなんですか?」
「んー、だってぇ、イマイチもぉの理念を理解してくれてないのかな?とか思っちゃってぇ。なーんか話しかけそびれてたんだよねぇ。
もぉのカッコ、真似してくれるのは嬉しいんだけどね。でもその中で一番可愛いかりんちゃんは千聖(ry」
――結構引っ張るんだな、この人。
「・・・あ、ここまでで大丈夫です。次体育なので」
マラソントラックのある、広いグラウンドの前で、私は嗣永さんに一礼をいた。
「そう?わかった。お気をつけて~。ウフッ」
引き返していく後ろ姿も、スキップ交じりの内股クネクネ。まったくブレない、すごい人だと改めて思う。
「あっ、かりんー!いたいた、ねー、本当にマラソンやるのぉ?こっちで遊んでようよぉ」
「今さ、教室のはじっこに小もぉ軍団だけのスペースを作ろうかなって相談しててぇ」
小走りにグラウンドに向かう私を、小もぉの幹部・・・仲良しグループの子たちが呼び止める。
また、そういう話か。
さぼりに、教室占拠・・・。一体、みんなはどこへ向かおうとしてるんだろう。
たった今、本家と話してきたからなのか、率直に言って、私はすっかり醒めてしまっていた。
そして、悟った。
嗣永さんと話したときに芽生えた、自分の“ある決断”を話すのは、今なんだと。
「ううん、授業には出るよ」
「ねー、言葉遣い」
「あと、私もう、辞めるから。
小もぉ軍団、退団します」
最終更新:2013年11月24日 07:45