「もぉ軍団、退団します」
私の言葉に、場の空気が凍りついたのがわかった。
「ごめん、私には合わないみたい」
「は・・・何で今更?ここまで軍団大きくなって、抜けられるわけないじゃん」
「かりんに憧れてる子が一番多いんだよ、知ってるでしょ?」
みんな、嗣永さんのまねっこも忘れて、口々に私を責め立ててくる。
だけど、もう私の心は動かなかった。
だって、私は当のご本人から直々に忠告を受けたわけで。意味のないこと・・・それから、迷惑行為をやめるようにと。
その言葉が私にとって、どれだけ大きな意味を持っているかなんて、みんなにはわからないだろう。
どれだけ周りの人が認めてくれて、褒めてくれたって、正直、もう軍団に未練はない。
だって、私の目的は・・・
「私は準軍団員でしょ?お試し期間でやってるって、最初に言ったじゃない」
「まだそんなこと言ってたの。誰もかりんがサブメンだなんて思ってないから」
「思ってなくたって、実際には・・・」
「わかった、かりん。とりあえず、体育、出るんでしょ?」
言い争う私たちを、黙ってみていた友達が、ふいに口を挟んだ。
「ちょっと、まだ話が」
「今話したって、まとまらないでしょ」
「・・・ありがと」
「遅刻しちゃうよ。行きなって」
庇ってくれてるのかと思ったけれど、彼女は私と目をあわそうとはしてくれなかった。
気まずくなって、すぐに踵を返して、グラウンドに向かう。
退団するという結論は変わらない。
だけど、鮮やかな赤やピンクのリボン。
それに似つかわしくない、みんなの戸惑いと憤りの入り混じった顔が頭をちらつく。
傷つけてしまったかもしれないけど、ちゃんと謝れば、思いは伝わるはず。
だって私たちは、もぉ軍団だから友達になったわけじゃなくて、友達がたまたまハマッたのが、嗣永先輩だったってだけの話。
私一人、もとに戻ってみんなと接すればいいだけだ。何も、私に付き合って、みんなにもやめてもらおうってわけではないし。
そう、楽観的に考えていたのだけれど。
「・・・かりん、そこ座って」
授業の後、教室に戻った私を、険しい顔のみんなが迎え入れた。
「急に勝手なこというから、うちら戸惑ってるんだけど」
「勝手って。別に一生続けるわけでもないんだから、いつ辞めるかは自分で決めたっていいじゃない」
もぉ軍団に関心を持っている、周りのクラスメートもチラチラと私たちを気にしている。
引くに引けない、とはまさにこのことだ。人の目がある今のうちに、片をつけたかった。
「かりん、だったら理由言ってよ」
「だから、私には合わないかなって」
「そんなことで辞めたら、ももち先輩に失礼すぎるじゃん」
――失礼すぎる、って。
思わず苦笑してしまった私を、怒り心頭のみんなが見逃すはずもない。
「何でこの状況で笑ってんの。信じらないんだけど」
「だって、嗣永先輩の名前使って迷惑行為やってんのって、みんなのほうじゃん。どっちが失礼なことしてると思う?私のせいにしないでよ」
思いがけず、強い口調になってしまった。
だけどもう、フォローをする気にはなれなかった。
むきになっている、っていうのもあるけれど・・・友達だから。たまには怒りをぶつけ合ったっていいんじゃないかっていう思いもまたあって。
「・・・わかった、もういい」
でも、返ってきたのはひどく冷めた声だった。
さっきも冷静だった、背の高い友達が、笑っていない目で私を見ている。
「かりん、もともとももち先輩のファンじゃなかったもんね」
「う・・・うん、」
「付き合わせちゃって、ごめんね。もういいからね。でもね、かりん。私、見ちゃったんだ」
全身が心臓になったみたいに、体の中でドクンドクンと音が鳴り響く。
彼女が次に言い出すであろう言葉を、私はもう予感していた。
「かりん、さっきももち先輩と一緒にいたでしょ」
――ああ、やっぱり。
「・・・はあ!?何で!」
「興味ないって言ってたじゃん!ずるいよ!」
案の定、抗議の声が次から次へと上がった。
うかつだった。
未だ先輩に話しかけることも、話しかけられることも叶わないみんなの、一番もやもやした部分を突いてしまったのは間違いない。
「それは・・・こういう格好してるから、声かけてくれたんじゃないかな・・・たいした話はしてないよ」
「じゃあ、何喋ったか教えてよ」
そう詰め寄られて、言葉に詰まる。
だって、千聖お嬢様の話は・・・まだ嗣永先輩以外、誰にもしたことがない。
普通の感情じゃないのは自覚しているし、正直、わかってもらえるとも思っていない。
「・・・わかった。うちらのこと、悪く言ってたんでしょ」
「かりんって、ずるい。いっつも先生に褒められるのはかりんばっかだし」
「小もぉ軍団だってさ、準軍団員のくせに、一番人気になっちゃうし。簡単になんでもできちゃう人はいいよね」
「はいはい、かりんは正しいよ。授業サボったりする私たちが悪かったですよ」
これは、大変な事態だ。誤解をとこうにも、言葉が見つからない。結果、黙ってみんなの言葉を受け止めることしかできない。
沈黙は、悪い妄想を生み出す。
昔読んだ本に、そんなことが書いてあったのをぼんやり思い出した。
「だいたいねぇ」
尚も詰め寄られかけたところで、授業開始のチャイムが鳴る。
少し空気が緩んだところで、私はどうしても言わなければと椅子から立った。
「みんな、ごめんね。でも、私軍団は抜けるけど、これからも・・・」
「いや、だからもういいよ。無理させて、どうもすみませんでした」
頭が真っ白になる。
私の声が、友達の誰にも届かない。ちゃんと思ったことを伝えたはずなのに、拒絶されてしまった。
「・・・友達だと、思ってたのに。」
すれ違いざまつぶやかれたその声が、いつまでも頭の中で反響し続けていた。
* * * * *
「・・・かりん」
お姉様の優しい声で、ハッと我に返った。・・・長い夢でもみていたように、あの日の出来事を思い出していた。
そう、あの後からだ。
私が大きなリボンを外し、制服の着方を改め、図書館の本に、休み時間の友達になってもらうようになったのは。
「御心配なく、お姉様」
平常心で、答えたつもりだった。
でも、私の声は震えていて・・・それは、お姉様にも伝わってしまったようだった。
「かりん。私では、かりんの力にはなれないのかしら」
深い悲しみを滲ませた瞳。きっとこの鳶色の瞳は、鏡のように、見つめている相手の気持ちを映し出してしまうのだろう。
私が何も言わなくても、どうごまかそうとしても、心をむき出しにされてしまう。
「おねえさま、私・・・私ね」
作り笑いが綻んで、ほっぺたが濡れていくのを感じた。
「私、友達がいなくなってしまいました」
どこから話したらいいのかわからないけれど、もう、あふれ出した言葉は止まらなかった。
「私が悪いんです。だって、みんなを利用したから。
遥ちゃんも、会いに来てくれなくなっちゃった。どうしよう、お姉様」
「かりん、いいのよ。もっと話してちょうだい。誰があなたを責めても、千聖がずっとそばにいるから」
白いハンカチが、私の目じりから雫を掬う。
お姉様のバニラの香りが私を包んで、少しずつだけれど、落ち着きを取り戻してきた。
「・・・ちしゃと」
ちょうど、そのタイミングで、独特の声色がお姉さまのお名前をつぶやいた。
萩原さん、だ。いつもお姉様のそばにいて、お姉様を大きな目でじっと見つめている・・・
「泣いてるの、ちしゃと」
今も、私のことなんか全く見もせずに、萩原さんはお姉さまを凝視している。
「いいえ。大丈夫よ、舞」
「ならいいけど」
それで、やっと萩原さんはこっちを見てくれた。
そして、観察するように私のことを数秒かけて眺めたあと、「そうだ」とつぶやいた。
「来たいっていうから、つれてきたよ」
チラッと後ろに目をやった萩原さんは、うながすようにアゴでジェスチャーを送った。
「あ・・・」
赤やピンクのリボン。短く改造したスカート。
5年生のときの自分だったら、きっとまだ、そっち側にいさせてもらえていた――
「・・・かりん」
小もぉ軍団。
私の退団を機に、なんとなく盛り下がってしまい、団員が減ってしまったその軍団を、守り続けている私の・・・元、友達が、萩原さんの後ろから姿を現した。
「・・・舞が連れてきたんじゃないからね。ただ、話したいっていうから」
一体、何を言うつもりなんだろう。
私が嗣永先輩を利用して、千聖お姉さまに近づこうとしたことだろうか。
その上、自分勝手な理由で、みんなの輪を乱した話だろうか。
でも、それならそれで構わない。
なぜならこれは――報いだ。もしお姉さまに嫌われたとしても、私は誰をうらむつもりもない。
「かりん、私たちね・・・」
「何しに来たんだよ」
その時。
私のものでも、お姉様のものでも、萩原さんのものでもない声が、狭い礼拝堂を突き抜けた。
「・・・なんで」
「つーかどのツラさげて、ここきたんだよ」
正面のパイプオルガンの真下、小さな譜面台の下から出てきたのは、小柄で華奢で、友達の誰よりも華やかな顔立ちの・・・
「遥ちゃん、だめよ」
続いて這いでてきたのは、私の中等部の友達、聖ちゃん。
一体、いつから。
どこまで聞かれていたというんだ。
いや、そもそも、何でこんなところに・・・・
「おい、だまってねーで答えろよ」
疑問点だらけで、頭がパンクしそうになる私を置いて、遥ちゃんが直も声を張り上げる。
「お前ら、顔覚えたからな。あたしの友達、いじめやがって。
絶対許さねえぞ」
「もう、遥ちゃんたら・・・」
「止めるなよ、みずきちゃん。あたしは怒ってんだ。
かりんを傷つける奴はあたしが許さないからな」
厳かな礼拝堂に、遥ちゃんの声がいつまでも響き渡っていた。
最終更新:2013年11月24日 07:46