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待ちに待った、ハワイ出発の日。
集合場所の、事務所の送迎バス乗り場へ駆け足で向かうと、そこにはすでに、人影があった。


「おはよー、ケッケッケ」
「あら、愛理。ごきげんよう。ウフフ」

つばの広い女優帽をかぶって、ノースリーブのワンピースの上にストールを合わせた千聖。帽子の上にはサングラス。
まだ寒い日本にいるっていうのに、その格好は完全にハワイセレブ仕様で・・・いかに、千聖がこのハワイでのイベントを心待ちにしていたかを現しているようだった。


「私、楽しみにしすぎていたのか、昨日はあまり寝られなかったの。
やっと寝付けたかと思ったら、今度は早くに目が覚めてしまって。
ウフフ、でも、遅刻をしなかったから、よかったのかもしれないわ」
「ケッケッケ、わかるよー。私もそうだよ。
小学生のときの、遠足のテンションだよねぇ」

嬉しそうに目を細める千聖。
なんだか久しぶりに、2人きりで話したような気がする。
明るい千聖は基本、舞やなっきぃと一緒にいることが多いし、お嬢様は舞ちゃんが独占しているか、なんとも言えない茫洋とした表情で、何かを考え込んでいることが多い。

私はお嬢様の千聖とは似たところがあるから、わかるけれど、千聖には一人になる時間が必要で、そういう時間を愛しているのだと思う。
だから、千聖が舞たちと思いっきり戯れたその後で、私がさらに絡んで行っていいものなのか、どうも躊躇してしまう。
明るい千聖相手だと、ついブラックちゃんを降臨させて接してしまうけれど、お嬢様なら優しくできる自信があるんだけどね。

それに、聞きたい事はやまほどある。
えりかちゃんのこと、舞美ちゃんのこと、舞とのこと。
こんな機会じゃなきゃ、聞けないのかもしれない。


「ねえ、ちさ・・・」
「おはよう、千聖。おはよう、愛理」


――だけど、神様はイジワルね。
私たちをそうそう2人きりにはさせてくれないようだった。


「おはよう、舞ちゃん」
「舞さん、ごきげんよう」

小走りでこちらへ向かってきて、ぴょんと足をそろえて着地したのは、ちょうど私の脳裏をよぎった張本人だった。
んー・・・なかなか上手くいかないものだ。


「今日の服、すごく可愛いよ、千聖」
「まあ、嬉しいわ。ありがとう、舞さん」
「サングラスも似合ってる。イヤリング、キラキラしてるね」

おお・・・なんか、舞ちゃんがかっこいい。
いつものキャッキャした感じじゃなくて、あえて落ち着いてみせているというか。
どうやら、作戦を変えてきたらしい。

「ケッケッケ」
「ん?どうしたのかな、愛理ちゃん」
「いえいえ、なんでもござらぬ」


舞ちゃんが最近、これまで以上に千聖に熱を上げているのは見ていてわかっていた。
焦っている。そういう風にも感じていた。
恐らく、私の勘が当たっていれば、ようするに、もう1歩進んだ関係になりたがっているのだと思う。
ふわふわとつかみ所のない、お嬢様の千聖の心をつなぎとめられるよう、今はいろいろ模索中なのかもしれない。

「荷物、もうバスに積んじゃおう?
ちしゃとのは舞がやるからね」

千聖の返事も待たずに、舞は2人分のカートをゴロゴロとひいていく。
ちょっとよろけ気味なのは御愛嬌。すました顔しちゃって、ついでに私のもお願いしたかったなー、なんて。ケッケッケ

「舞さんたら、そんなにお気遣いいただかなくても・・・ああ、それでは、愛理のは二人で運びましょう」

カートのレバーを握る私の手に、千聖の手が重なる。

「ウフフ、かえって動かしづらいかしら?」
「よーし、それじゃ、歩調をあわせよっか。せーの、1・2・1・2・・・」


荷物を挟んで手だけつないだまま、2人で号令を出し合って進む。
そうこうしているうちに、カートを積み終わった舞がこちらへ引き返してきて、私たちの姿を見るや、鬼のような形相に変わる。

――ケッケッケ、このお顔が見たかった、なんて言ったら怒られちゃうかな。
やきもちやいてる時の舞の顔って、ほんと可愛いんだもん。


「・・・あー、そっかそっか」

だけど、その恐ろしい表情も、そう長くは続かなかった。
目は恐ろしいまでに爛々と光らせつつも、舞は無理やりほっぺを歪ませて微笑を作った。


「どーも、舞気がきかなくて。
愛理ちゃんのお荷物も、持っていってあげるべきでしゅた」


私と千聖の手の上にガシッと手を置くと、丁寧に指を一本ずつ剥がしていく。

「これも舞が持っていくからね。ちさあいちゃんは、ハワイの話をしているといいと思いましゅ。
どうぞごゆっくり」

おお、頑張ってる頑張ってる。
ありがとう舞さん、何て言ってる千聖には極上スマイルで、私に対しては下唇を突き出して威嚇。
無言の中でも、伝わってくる。“おぼえてろよ、こんちくしょー”みたいな念が。


「・・・じゃ、せっかくだから、歌の練習でもしましょうかぁ」

そう言って、千聖の顔を覗き込むと、なぜかそのほっぺたは真っ赤になっていた。

「ほ?」
「・・・ウフフ、なんだか今日の舞さんは、とても凛々しくていらっしゃるのね」

そんなことをフガフガモゴモゴ言うと、パッとどこかへ走り去っていってしまった。


――これは、もしや効いてるんじゃないでしょうか、舞様。良かったじゃないの。

思えば、お嬢様の千聖はあの手のタイプに弱いんだった。
王子様のように、自分をエスコートしてくれるえりかちゃん。
いつも全力で向き合ってくれて、包み込んでくれる舞美ちゃん。
不安定に変化する心を受け止めてくれるような・・・少女漫画でいったら、完璧人間の生徒会長タイプ。

やんちゃな幼馴染ポジだった舞には、分が悪い状況だっただろうに、ここへ来て大きく前進したようにも思える。
恐らく、演技派のなっきぃあたりが知恵を貸したんだろう。キャラがえなら、あの子の得意分野のはず。

黒愛理?いえいえ、メンバーの幸せが一番ですよね、ケッケッケ

「あれー、ちしゃとは?」

ほどなくして、戻ってきた舞が私の服を引っ張る。

「もー、愛理がちしゃとにちょっかいだすから、舞余計な運動するハメになったじゃん」

こうやって口を尖らせる、素の小悪魔っぽい舞のほうが私は好きだけどな。無理がなくて。
まあ、色恋沙汰が絡むと、そう単純な話ではないんだろう。
とにかく、2人がくっつくことには、私は異論はないわけで。
あの、舞美ちゃんと千聖のあれ・・・あれを終了していただけると、とても助かりますし。
ホテルで隣の部屋になると、たまに聞こえるんですよ、あれ。勉強中とか、気が散るんでほんとやめてほしいんです、あれ。
また、舞美ちゃんが恐ろしいまでに全力だから・・・チープな雰囲気のホテルだと、ベッドがメリメリと謎の怪音を立てて、人事ながら恐ろしくなるんです、あれ。


「ねえ、ちしゃと知らない?」
「ケッケッケ、何かどっか走っていっちゃったみたいだけど?」
「ええ?もー、そういうの引き止めてよね。迷子になっちゃったらかわいそうじゃん」

――迷子も何も、勝手知ったる事務所の敷地内なんだけどな、萩ちゃん。

とはいえ、ちょっと意地悪しすぎちゃった感はあるので、とりあえず一緒に探すことにする。

駐車場の裏、クローク、表の出入り口としばらく探し回って、中庭の奥で、何やら頭をヒョコヒョコさせている人物を発見した。


「なっきぃ、おはよぉ~」
「しっ!あいりんお口チャック。OK?」

眉をしかめたなっきぃ。
植え込みの影から、奥の方へ視線をやっている。

「荷物、置いてからにすればいいのに」
「それどころじゃないの。ちょっと見てあれ」

指さす方向には、白いベンチが置いてある休憩スペース。
そこに、千聖がいた。・・・いや、正確には、ちさまいがいた。

舞はご機嫌な様子で、何か語っている。
いつもみたいな無邪気な感じじゃなく、目なんか細めて脚組んで、右手は千聖の肩を抱いている。
一方、千聖はちょこんと膝に手を置いて、うつむいたまま舞の話に小さくうなずいたり、微笑んだり。
もじもじと恥ずかしそうな姿は、同性から見ても大変可愛らしい。守ってあげたくなっちゃう的な。

髪をショートにしたことで、逆に女性らしさというか、色っぽさが増したお嬢様の千聖。
その潤んだ瞳が、ふいに上へと向けられた。


「あっ」

舞の動きが止まる。ついでになっきぃの動きも。


あの、余裕のあるオトナな演技が鳴りを潜める。
千聖の肩に置かれた、その手に力が篭って――

2人の顔が近づき、唇と唇がくっついた。


「あっあっあっ」


・・・なっきぃ、変な声出さないでちょうだい。
突っ込みを入れてみたものの、私もまさかの光景に、かなり心臓の鼓動を早めていた。

キューティーガールズといわれ、年少トリオとして楽しくやってきたつもりだけど、2人はいつのまにか、1歩も2歩も先を歩いていた。
子供じみた戯れのキスじゃなくて、明確な意図のある、特別なキスをしている。
経験不足な私にも、それが伝わってくるぐらい、目のまえの光景にはフシギな説得力みたいなものがあった。

ずいぶん時間が経っても、まだ2人の顔は離れなかった。
最初は驚きに目を見開いていた千聖も、だんだんととろーんと瞼を落として、小さな手で、所在名さげに舞のスカートを辿っていた。


「・・・いや、だめだ。これはだめ。いかん」

突然、なっきぃが立ち上がると、弾かれたように駆け出した。
その勢いのまま、二人のもとへと突入していく。


「ストーップ!!」

その絶叫で、千聖がビクッとこちらを向いた。


「あ・・・」
「あ・・・な、なんか、ねえ?ケッケッケ」

何ていったらいいのかわからず、笑いでごまかすも、千聖は気まずそうに目をそらしてしまった。

「いや、全然!見事なキスで・・・・・・
いや、ごめん。何言ってんだろ。でも本当に気にしなくていいんだよ。別に、いつもしてるんだろうし。・・・いや、違う、もう、どうしよう。ケッケッケ・・・」

フォローしようとすればするほど、自分でも何を言ってるんだかわけがわからなくなってしまう。

「なっちゃん、慌てすぎだし」

一方の舞様、私たちに見られたことなんて、特にどうも思っていないらしく、むしろ邪魔された不愉快さでなっきぃをジロッとひと睨みしている。

「あのね、こんな誰でも見ているような」
「は?なっちゃんが順序を考えろっていったんじゃん。まずキスからでしょ?違うの?」

なっきぃのお小言なんて、気にもせず、舞は千聖の腰を優しく抱いて、「いこ。」と促した。
そして、私の横を通り過ぎる刹那、たしかにこんなことを言ったのだった。


「ハワイ着いたら、もっとすごいの、するからね、千聖」




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