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駅前まで買い物に出られたお嬢様。
僕はその付き人として同行している。

本来ならこの役目はメイドさん(特に千聖お嬢様専従の村上さん)の仕事なのだが、今日は荷物が多くなるとのお話で僕に白羽の矢が立ったのだ。
荷物が多いなら、その役はそれこそ屈強な神が適任なのではと思ったが、お嬢様のお供をすることができるとは光栄な任務であることに違いない。
それに、たまには外に出てする仕事というのも、はぐれ(ryから開放されることが出来ていい気分転換になることだろう。
しかも、それがお嬢様のお供とあっては二重の喜びと言える。この任務に抜擢されたことを心から感謝します。


いろいろなお店をめぐり、楽しそうにお買い物をなさるお嬢様。
そんなお嬢様を見ているだけで、はぐれ(ryによって疲れきった僕の心が癒されていくのがわかる。

そのお嬢様の楽しそうなお姿を見ていると妄想が浮かんできたりしてしまう。
楽しそうにしているそんなお嬢様と、いま二人っきりで一緒にいるのは他でもないこの僕なんだ。
これって、まるでお嬢様とお買い物デートのような・・・


・・・ゴホン。
だが執事として優秀な僕は、この状況でも仕事中であることの緊張を決して解いたりはしなかった。
(いくら萩原さんや有原さんでも、まさかここまでは脳内を追ってこないだろう・・・とは思うけど、念には念を入れておかないと)
僕は今お嬢様の付き人として同行しているのだ、だからその職務を全うすることしか考えていなかった。
そして、そんな真面目な僕だからこそ、この任務に抜擢されたわけで。
まぁ、それも僕がお嬢様の信頼を勝ち得てる執事だからこそのこと(キリッ。

「このあとはどちらに参りますか、お嬢様」
「そうね、だいたいのものは買えたから、そろそろ帰りましょうか。車をまわしてちょうだい」
「かしこまりました」

僕が車の運転手に連絡をとっているあいだ、お嬢様は何かをじっと見つめているようだった。
そのことを深く気にも留めなかったが、電話が終わった僕にお嬢様はこう言ったのだ。


「ウフフフ、ごめんなさい。怒られるかもしれないけれど、許してちょうだい」


そう言い終るやいなや、いきなり全速力で駆け出したお嬢様。

さすが運動能力に長けるお嬢様だ。上品なそのお姿からは想像もできないぐらいのロケットスタート。
何が起きたのかすぐには事態が飲み込めず、他人事のようにそんなことを考えてしまうほどだった。
どんどん小さくなるお嬢様のその後ろ姿を呆然と眺めていた。


次の瞬間に、僕はハッと気付いた。
僕は付き人なのだ。いかなるときでもお嬢様から離されるわけにはいかない。
すぐにその後ろ姿を追いかけようとしたが、その時ちょうど信号が赤に変わった。
お嬢様、このタイミングも計算に入れていた? こういうときだけは悪知恵が働かれるんだから。
なんて呑気に考えている場合ではない。


事ここに至って、ようやく僕は気付いた。
僕はお嬢様から見事にまかれたのだ


た、た、た、大変だ!!


顔面蒼白でお屋敷に連絡する。
電話の向こうで村上さんが絶叫した。


「お嬢様にまかれた、だと!? バカヤロー!! 死ぬ気で探せ!!見つけるまで帰ってくるな」


 * * *


いま僕は映画を見てきたその帰りの電車の中。
車窓の風景をぼんやりと眺めながら、僕はまた考えていた。

そう、あの時のことを。

あれ以来、僕は混乱していた。
女の子に頬を打たれるなんて、そんなの僕にとって初めてのことなんだ。

それにしても・・・
なかさきちゃんは何で僕を叩いたりしたんだろう。

この間までの僕のことを誤解していた彼女ならともかく、僕に理解を示してくれるようになった今、彼女からそんなことをされる心当たりが全く無い。
でも、そこには必ず理由があるはずだ。
何故そんなことをされたのか、原因をもっと多角的に考えてみよう。
あの時まで、なかさきちゃんは確かに僕に対してどちらかというと好意的な表情を向けてくれていた。
それが、あの時、そう、僕があの電話を受けた時、そのとたんに彼女の態度が豹変したのだ。
熊井ちゃんからのあの電話を受けたとき・・・

そのことを考え合わせると、ひとつの結論が導き出される。


あ・・・・


ひょっとして・・・・


なかさきちゃん、僕のことが好きなんじゃ・・・・


やきもち・・・ そういうことか。
僕に熊井ちゃんから電話がかかってきたことで、なかさきちゃん思わず嫉妬してしまったんだ。
そんな誤解がもとで感情を爆発させるなんて、しっかりもののなかさきちゃんらしくもない。
ひょっとして、彼女は思い込みの激しいタイプなのかもしれないな。今までも僕のことを勝手に変な風に誤解していたぐらいだし。

しかし、そうか、なかさきちゃんそんなにも僕のことを。

いや、でも待てよ?
僕の舞ちゃんへの気持ちは彼女も知ってるはずなのに。

そうか、逆にそれだからこそなのかも知れないな、彼女が爆発したのは。
僕の舞ちゃんへの気持ちを知っていたにも関わらず僕のことを好きになってしまったりして、なかさきちゃんは自分の親友との友情の狭間で実は葛藤していたのかも知れない。
そんなところへ、僕に舞ちゃんではなく熊井ちゃんという別の女の子からの電話が来たことで、混乱がピークになってしまい感情をコントロールできなかったのだろう。

それにしても、いつの間に僕のことをそんなに思っていてくれたんだろう。全く気付かなかった。
初めは僕のことを決して良くは思っていなかった彼女が、いつの間にかその僕に好意を抱いていたというのか。
最初がマイナスのイメージからスタートした分、いったん好意を抱くとそれは急激に加速してしまったのかもしれないな。

僕はそんな彼女の想いをどう受け止めればいいのだろう・・・

ちょうど、今見てきた映画のストーリーを思い出していた。

北海道の釧路を舞台にしたその映画は面白かった。
クラスの人気者で心に陰を持つ少年、そして彼と運命的に出会った少女の物語。
少女にとって初めはムカつく存在だった少年。だが、時々見せる彼の優しさと垣間見える物憂げな陰に徐々に惹かれていくのだった。
そこから始まる壮大なラブストーリー。

見ていて、スクリーンにぐいぐいと引き込まれ感情移入してしまった。
主役を演じていた役者さんが、とても良かったです。
この役者さん、魅せるなあ。
見終わったあと、僕はその演技に影響されてしまったみたいだ。
自分をちょっと陰のあるキャラなんだと思い込んで、表情を真似たりしてそれを演じてみたり。
そうやって、自分をその主人公に重ね合わせてしまったりする。(彼の雰囲気やカッコよさ僕とそっくりだし。とかいってw)

電車の窓から遠くを眺めながら、そんな妄想をしつつ映画のストーリーを思い返していた。
すると、僕はあることに気付いてしまった。そのストーリーが今の僕の現実と重なり合っていることに。

初めはムカつく存在だった少年に徐々に惹かれていくようになる少女・・・

これは・・・
僕となかさきちゃんの関係にそっくりじゃないか。
さっき思い当たったように、この間のなかさきちゃんの反応を見ると、どうやら彼女が僕に好意を抱いているのは間違いないようだ。

ひょっとして、僕ら2人のあいだにも、これからそのような物語が始まるのだろうか?
僕の運命的なラブストーリーは既に幕を開けていたってことなのか・・・
それに僕は全く気付いていなかった。

僕はなかさきちゃんとこれから数年にわたり壮大でドラマチックなラブストーリーを展開する運命だったのか・・・

でも、どうしたらいいんだ。
そういう運命だったとしても、それに身を任せてしまっていいのだろうか。
だって、僕が好きなのは、君の友達なんだ。

映画を見てきた帰りの道すがらずっとそんなことを考えていた。
考えていても答えが出るようなことじゃない。

そんなことより、腹が減った。
腹が減ってはいい知恵も浮かんでこない。地元の駅に着いたところで何か食べていこう。

落ち着いて食べる気分でも無かったので、手早く済ませようと立ち食いそばのカウンターに向かった。
この駅のこの立ち食いそばは結構好きなんだ。通学の時も無性に食べたくなってよく立ち寄るぐらいで。


てんぷらそばを注文する。
すぐに出てきたそば。湯気を立てているそばをすする。
やっぱり、この駅の立ち食いそばはうまいなあ。


そばを食べながら駅のコンコースをぼんやりと眺めていると、僕の意識がある一点に集中した。
何かその場所だけ特別にオーラのようなものがかかっていて、あたりとは空気の色が明らかに違っているような気がしたからだ。
そこには、僕の見覚えのある人が歩いていた。

そこを通りがかった小柄な少女。


お、お、お、お嬢様ではないですか!



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