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「千聖お嬢様じゃないですか!!」

思わずお嬢様に声をかける。
どんぶりと箸を持ったまま声をかけるなんて、お嬢様みたいな人に対してちょっと品が無かったかな。

名前を呼ばれちょっとびっくりした風のお嬢様だったが、僕を見るといつもの上品で柔らかい微笑みを向けてくれた。

「まぁ、ももちゃんさん! こんなところでお会いするなんて」
「お嬢様こそ、お一人でこんなところへ?」

僕のその質問には、お嬢様はただ笑みを浮かべるばかりだった。

「ウフフ、ここで何をなさっているの?」
「いや、まあ、見ての通りそばを食べているのですが」
「おそばを? あぁ、いい匂いね。あの、ご一緒してもよろしいですか?」

えっ!?僕と一緒に? お嬢様が僕と一緒にお食べになる!?
なんと、これは夢のような展開ではないですか!!
でもお嬢様、お嬢様が立ち食いそばをお食べになるんですか?
そんな予想外の展開に驚く僕とは対照的に、興味津々の体で店を眺め回すお嬢様。

「立ったまま食べるのね。ウフフフ、面白いわ」

「おすすめは何かしら。初めてなので分からないの」
「えっと、そうですね、初めてでしたら、やはりかけそばじゃないでしょうか。シンプルな味わいを楽しんでください」
「それじゃあ、それにしますわ」
「決まりましたかお嬢様? じゃあ、店の人に注文しちゃって下さい」



「すみません、かけそばをお願いします」
「あいよ、かけそばね。260万円!」
「あら、意外と高いのね。手持ちのお金では足りないわ。カードでもよろしいかしら」
「・・・お嬢様、それはオヤジギャグですよ。本当は260円です」

店のオヤジがよく言うこの手の寒いギャグ。
それを真に受けた人というのを僕は初めて見たよ。

そんなお嬢様が、そばの代金を支払おうと財布から取り出したのは一万円札。
万札とかフツーに財布に入ってるんだ・・・さすがお嬢様。

「お嬢さん、細かいの無いかなあ」
「ごめんなさい。これしか持ち合わせがないの」
「あ、いいです。ちょうど小銭あるから僕が払います」
「あら、そんな。ありがとうございます」
「こういう所では、忙しいときに大きいお札は嫌われるんですよ」
「そういうものなのね。私、本当に世間知らずで」

そう言って、その茶色の美しい瞳を伏し目がちにされた。
それはもう、叫びだしたくなるぐらいの可愛さだった・・・もちろんそんなことはしなかったけど。

「おいしいわ」



そうでしょう? 
この駅の立ち食いそばは特にうまいんですよ。
この真っ黒いつゆ。カツオのダシをしっかりと取ってるから魚介の風味がよく利いてるでしょう。
それだけではありません。この味はどんなに美味い蕎麦屋に行っても味わえないんですよね。
何故かと言うとそれはですね、この雰囲気も味わいの中に含まれているからですよ。
やっぱりそばは立ち食いに限りますね。
見てください。ズンドウから立ち上る湯気。注文するやいなやそばをゆであげるオヤジの無駄の無い動き。
カウンターに無造作に置かれたどんぶり。そして、つゆの醸し出すこの魅力的な香り。
これらが複合的に味わいを醸し出しているからこそのこの雰囲気。日本の大衆文化が凝縮されているとは思いませんか。
やっぱりこだわりを感じるのは立ち食いそばですね。手軽に腹を満たすことができる学生の強い味方ですよ。


「細かいところにもこだわりがあるんですね」
「それがB級グルメの醍醐味です。あとは丼ものなんてのも捨てがたいですけど。牛丼とか」
「まぁ、牛丼。話しには聞いたことがあります。それも一度食べてみたいわ」

「やっぱりお嬢様はそういったお店には行かれたりしないんでしょうね」
「えぇ。行ったことは無いです。でも、話しを聞いていると行ってみたくなるわ」

「でも牛丼を食べに行くなんて難しいわね。そういうお店に行って食べるのは許してもらえないの。
すぎゃさんがよく話してくれるラーメン屋さんにも行ってみたいのに。すぎゃさんとてもお詳しいのよ。お店もたくさん知ってるみたい」
「食べに行くのは許してもらえないんですか? そんなにラーメンが好きなんだったら、○郎なんて一度は食べてみてほしいのに」
「二○? なんですか、それは?」
「そういうラーメン店があるんですよ。好きな人は何度も食べたくなるという」
「きっとすぎゃさんならご存知でしょうね。そういうお店に一度は行ってみたいものですけど、でも、やっぱりなっきぃが許してくれないわね」



お嬢様が口にしたその名前を聞いて、思わず固まってしまった。


なかさきちゃん・・・


お嬢様はそんな僕の狼狽にも気付かれなかったようだった。

だが僕はその名前を聞いて思わず自分の世界に入りこんでしまい、お嬢様への応対を忘れてしまった。


気付くと、お嬢様がそんな僕のことを見つめられていた。

下から見上げるようなその表情。
これをやらてしまうと、もうお嬢様から視線を外せなくなってしまう。
お嬢様のお顔は本当に気品に満ち溢れている。
そしてその表情は、まるで僕の心の底までお見通しのようなお顔に見えて。

これが、千聖お嬢様。
普通の人とは全く違う。
その瞳には、飲み込まれそうになる。



でも、僕の個人的な悩み事ごときでお嬢様を煩わせるなんて。
そんなことはさすがに自主規制せざるをえない。

だから、あわてて話を変える。
僕がさっきからとても気になっていたことをお嬢様に聞いてみた。


「あの、ところでお嬢様? 今お一人なんですか?」
「そうですが・・・?」


一人なのか。
誰かが付いていたりしてないんだ。
なんか違和感を感じるけど、いいのかな、それで。


「実はね、さっきまで執事と一緒だったけれど、行ってみたいところがあって。それに執事にいたずらもしてみたくなってしまったみたい。ウフフフ」
「そうですか。それでお嬢様お一人・・・」
「楽しいわ。街に出て自由に歩くことなんかないんだもの」
「いいんですか? 一人で」
「怒られるわね、たぶん。めぐは厳しいから。ウフフフ。でも、どうしてもそこに行きたかったの」



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