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「ええ?何怒ってんだよ」
「ふんっ」

顔を見ていたら爆発しそうだから、私は後ろを向いて、千聖のいる方向とは逆側にずんずんと進んでいった。

「舞?」

もう、マジ全然わかってないんだから!
将来、私たちもああいう風になりたいね!とかならわかるけど・・・全く他人事みたいに言わないで欲しい。
だって、私たちは付き合っ・・・いや、うん、それはまあちょっとまだ置いといてでしゅね

「舞ってば!」

あ、もしかして千聖の奴、ああいう背の高いスラッとしたカップルにあえて注目したってことは・・・舞美ちゃんやえりかのことでも考えてたんじゃないの!?もう、ありえない!ふん、舞はどうせお子ちゃまですよ、ちしゃとのアホめ!


「危ないって!」
「え?」


いきなり、腕をぐいっと引かれた。
気がつくと、大通りの1歩手前。左右確認もせず、横断歩道を渡ろうとした私の鼻先を、クラクションとともにスポーツカーが通り過ぎていく。

「けほけほ」

風圧で髪が乱れる。排気ガスで咽るような距離で、あんなスピードの車と接触しかかってたなんて。
もしかして、大変な事故に遭うとこだった・・・・・?そう思った途端、体から力が抜けて、私はヘナヘナとその場に座り込んだ。


「何やってんだよ、危ないじゃんか!」

こうなってくると、意地を張り続けてもいられない。
千聖が怒っている。早く謝らなくちゃ。
私は慌てて顔を上げた。


「・・・危ないじゃんか、あの車!舞がケガしたらどうすんだよっ」
「え・・・」

だけど、千聖のプンプンの矛先は、全く違うところに向いていた。
もう車のとっくに走り去った道路を睨みつけて、「歩行者優先だろ、ふつー」なんてつぶやいている。


「大丈夫?足、すりむいてない?」
「・・・」

何か言ったら泣いてしまいそうで、私は黙って千聖に抱きついた。


「お?どうしたどうした?」

背中ポンポンとか、赤ちゃん扱いも今はむしろ安心感を与えてくれる。
嬉しいのにはずかしくて、よりギュッてすると、当たり前のように抱きしめ返してくれる。
いっつもテキトーで、男の子みたいにガサツで、私の神経を逆なでするようなことばっかしてくるのに、どうしても離れられない。


「ホテル、戻ろ?ほら、舞のアイスも無事だ」
「・・・いい。もう食べたくない」
「じゃあ千聖がもらおっかな」
「また太るよ」
「あとで走るから問題ありませーん」
「うそ、絶対走らないでしょ」
「バレたか。さすが相方」

会話するたびに、心臓がドクドク鳴って苦しくなる。
私が落ち込まないよう、励ましてくれてるんだと思うと、また泣きそうな気持ちが胸を締め付ける。


「舞のことは、千聖が守るからね」


そんな風に言われると、我慢ができない。
千聖の声が、仕草が、優しさが、私の心を支配してしまう。


「・・・舞だけのものになってよ」
「だから、あたしはものじゃないって・・・」

わざと、千聖の嫌がる言い方をしてみせる。
それでも許してもらえるんだって、確証を得たいから。
いつまで私は、こんなに子供なんだろう。ママの気を引く子供みたいだ。

「全部千聖が悪いんだからね」
「はあ?何の話?」
「もうやだ、最悪、千聖」

だめだ、もうめちゃくちゃ。
こんなことを言いたいんじゃないのに、ちっとも素直になれない。
そのうちに千聖も黙り込んで、滞在するホテルはもう目の前なのに、すごく気まずい雰囲気。

私のハワイ滞在中の目標・・・本当に、叶えられるのかな。
千聖の嫌がることはしないって、前の“あれ”の時、約束しちゃった(チッ)から、もう強引な手段に出ることはできない。

「舞さん」

ああ、でも・・・前の時の千聖、正直可愛かったなあ。

「舞さん・・・」

ギュッて目つぶって、いつものばかちしゃとが嘘みたいにおとなしくなって

「舞さん?」

そんで、体がびくびくってなって、硬直して、そんでそんで


「あの、舞さん」
「うおお!」


私の耳元、さっきと見た目は同じで・・・でも全然質の違う、鈴の鳴るような細い声で私の名前を紡いだ千聖。
お嬢様に、人格が変わってしまったらしい。

「あ・・・ごめん、舞のせいだよね」
「え?」
「何か、強いショックとか困らせすぎると、人格変わっちゃうんでしょ。だから、舞のせい。ごめん」

あっちのばかちしゃとには言えない言葉も、こっちになら言えたりする。
守ってあげなきゃいけないって、わかってるから。・・・いや、厳密にはあっちも舞が守ってあげられるぐらいの器になりたいんだけど。


「舞さんのせい、というのは、よくわからないですけれど」

千聖は少しもたもたした口調でそう言うと、私の指をキュッと握ってはにかんだ。
あっちとは違う、女の子の仕草。表情。見知ったその顔が、まるで別人のもののように感じられる。

「きっと、私が舞さんと居たい、って思ったから、明るい千聖が交代をしてくれたのだと思います」
「・・・ほんと?舞と一緒にいたいの?」

笑顔でうなずく千聖が可愛くて、自然と“余裕のあるオトナな舞様”モードが降ってきたのを感じる。

「じゃあ、今夜は2人で過ごそうね」
「でも、早貴さんも一緒のお部屋ですし」
「ああ、還せばいいんじゃないかな。ハワイの海に」

ふよんと柔らかい腰にそっと手を添えて、ホテルのエントランスにエスコート。


「あ、お疲れ様でーす」
「買い物、楽しかった?」

待っていてくれたメンバーやスタッフさんも、千聖の表情の感じで、今はお嬢様なんだってわかってくれたみたいで、ちょっと優しい感じに接してくれる。
ふふん、この子、舞のなんだから。俺の女なんですから。


「ケッケッケ、とりあえずおめでとうと言っておきましょうかぁ」
「・・・その、微妙に含む感じやめてくれますかね、カッパさん」
「ちゃんと、元の千聖にも優しくしてあげてねぇ」

――もう、妙に勘がいいんだから、愛理って。

「舞さん?」
「んー、とりあえず、部屋、もどろっか」
「ええ」

千聖のほっぺも心なしか紅潮していて、なんともいえない濃厚な空気に包まれる。
ばかちしゃとへの少しの罪悪感は逆にスパイスになって、私のドキドキを増幅させている。

「ウフフ、なんだか、いけないことをしているみたいね」

千聖の妙に湿った声が、鼓膜を妖しく震わせた。



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