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普段は一人で出歩くこともままならないなんて、やっぱり厳しいんだな。
まぁ、そりゃそうか、いいところのお嬢様なんだから。

そんなお嬢様が今はお一人。
やっぱりこれはイレギュラーな状態なんだ。
これ、僕はどういう対応を取ればいいのだろう。
お嬢様を保護してお屋敷まで送ってあげた方がいいのかな。

でも、いま目の前にいるお嬢様のお顔のなんと楽しそうなこと。
その笑顔が消えてしまうようなことはしたくない。


そうだよ。
お嬢様がそんなに行きたいところがあるんなら、こういう時ぐらい行かせてあげたいじゃないか。


「じゃあ、それ怒られるのは僕が引き受けます。だから、今日はお嬢様のやりたいことをしましょうよ」
「まぁ、千聖にお付き合いいただけるの? それは嬉しいわ!」

三日月のようなその目を見ることができた僕の方が数億倍嬉しいですよ、お嬢様!


「お嬢様が行ってみたい所って、どこなんですか?」

お嬢様が言われたのは、ここから電車で20分ほどのターミナル駅の名前だった。

「そこにあるデパートで“水戸黄門展”というものをやっているのよ。さっきポスターで見たの。
それで、どうしてもそれに行ってみたくて。もう、居ても立ってもいられなくなってしまって。
でも、そんなところに行きたいなんて言っても、執事は“今日の予定には入っておりません”なんて言うんだからきっと」

家の人に怒られる覚悟を決めてまで行きたいところっていうのは、デパートでやってる水戸黄門展なのか・・・
上流階級の人の思考というのは、僕のような凡人にはちょっと理解が難しいところがあるな。

「だから、せっかくのこの気持ちが下がってしまうようなそんな言葉は聞きたくないから、何も言わずに飛び出してきてしまったの。
それに、岡井家の執事ならこれぐらいのことは一度は経験しておくべきだわ。そうよ、これは千聖の親心なのよ」

そうやっていたずらっ子みたいに笑うお嬢様は屈託が無くて、見ている僕まで愉快な気持ちにさせてくれた。
まぁ、そのいたずらの犠牲になった執事さんとやらは災難だけれど。(執事さんといえば、あの執事さんは元気にしてるかな。あれ以来会ってないけど)


「行きたい所っていうのはデパートの水戸黄門展なんですね。お嬢様は水戸黄門がお好きなんですか?」
「えぇ、大好き!!」

お嬢様の美しい瞳がキラキラと輝いた。

「千聖は時代劇を見るのが好きなんですけど、そのなかでも特に水戸黄門は大好きなの。
日本中を旅する黄門様ご一行が悪い人の企みに巻き込まれてしまうストーリーにはいつもハラハラしてしまうわ。
それでもやはり最後には正義が勝つのね。黄門様によって悪い人も改心されて、見ていると気持ちが穏かになるの。
そうやって旅を続ける黄門様ご一行の行く手がいつも楽しみで楽しみで。
登場人物も、黄門様だけではなく、それぞれのキャラクターが立っててとても面白いのよ。
千聖が好きなキャラは、まず何といってもうっかり八兵衛(ry

・・・話しが終わらない。
お嬢様、水戸黄門が本当に好きなんだな。
水戸黄門って確かいつも同じようなお約束的なストーリー展開だと思ったけど、お嬢様はそれに毎回ハラハラして見てるのか。かわいいw

たっぷり5分は使って水戸黄門の魅力を僕に語ってくれたお嬢様。
そして、ようやくそばを食べ終わったお嬢様が箸を置かれた。
箸を置く動作ひとつとっても優雅で、そんな人が僕と一緒に立ち食いそばとは・・・

「ごちそうさまでした」

店を出て、僕はお嬢様に声を掛ける。
僕の横にいるお嬢様、こうやって見ると本当に小柄で。
別格、だね。このかわいらしさは。
でも、普段の制服のときよりも、そのー、そのですね、胸のあたりがこう存在感をハッキリと主張されていてry

・・・って、やめよう。そんなことを考えるのは。
お嬢様のそのお姿を目にして見とれてしまいそうになるのは男の性なのかもしれないが、そのようなことは硬派な僕らしくもない←


「お嬢様、電車の乗り方とか分かるんですか?」
「まぁ、失礼ね。それぐらいは分かります。でも、どの電車に乗ればいいのかがよく分からないわ」
「僕がちゃんとご案内します。お嬢様は安心して楽しんでください」
「千聖のわがままにお付き合いいただけるなんて。私、本当にわからないことばかりなので助かりますわ」


・・・また“お付き合い”って仰いましたね。

今お嬢様の言ったその言葉が僕の頭の中を渦巻いていく。


お嬢様とお付き合い・・・


気付いたんだが、これって、“デート”って言うものじゃないだろうか。
うん、そうだよね。これって、間違いなくデートでしょ。

デートかぁ(照)。

これは楽しいことになってきたぞ。
ウキウキしてきた。

女の子とデートするなんて、僕はこれが初めてなんだ。
僕の初めてのデートのお相手が千聖お嬢様だなんて!!



お嬢様と連れ立ってホームへと階段を上って行く。
自然と足取りが軽くなっていくのが自覚できる。


お嬢様とデート・・ムフフフ。


そんな脳内設定に浮き立ちながらホームに上がると、そのとたん大きな鳴き声のようなものが聞こえた。
その鳴き声に頭上を見上げると、大きなカラスが数羽電線に止まっている。
そしてそのカラス、僕のことをじっと見ているような感じがした。
というか、実際見てる。僕のことをハッキリと。

な、なんだよ、その威圧的な態度は。カラスのくせに。
そう思って僕が睨み返してやると、僕を見下ろすようなカラスは、更に威嚇するようにその口ばしを開いて大きな声で鳴いた。

そこには明らかに敵意を感じる。
しかも、ホームを歩いている僕らにぴったり着いてくるかのように、電線上を飛び飛びに移動してくるじゃないか。
そして、その間もずっと視線を外さず僕のことをじっと見ている。

なんなんだよ、このカラス!
カラスごときが何で僕に対してそんな偉そうな態度なのか。
せっかくウキウキの絶頂に上り詰めようとしていた気分が、今のでちょっと水を差されてしまった。



いや、待てよ。

カラスなんて放っておいて、ちょっと冷静になろう僕。
冷静さを取り戻し考えると、思いついたことがある。

考えてみれば、これはデートじゃないんじゃないか。

うん、デートじゃないだろ。まったく違う。
これはあくまでもお嬢様のお出かけに単なる付き添いで御一緒するだけなのだ。
そうだ、これはデートなんかじゃない。

だって、僕の初デートは舞ちゃんと!って決めてるんだから。

僕の初めては大切に取っておかないと。
だから、今日のこのお嬢様とのお出かけは決してデートなんかじゃないのだ。

でも、これはデートじゃない!と、どんなに自制しようとしても、やっぱり浮かれモードが全開になりそうだ。
だって、僕の横にいるのはあの千聖お嬢様なんですよ!

だがしかし、そんな浮かれてる場合ではない。
もっと緊張感を持たなければ。

いま僕はお嬢様のボディーガードなのだ。
悪い人間が近づいてきたりしたとしても、お嬢様をお守りするのはこの僕なんだから(キリッ


そんな、僕が決め顔をしている間もずっと、頭上ではカラスがじっと僕のことを見ていたのであった。


ふん。まぁ、カラスなんかどうでもいい。上から目線で生温かく見守ってやろう。
いま僕の心にそんな余裕があるのは、僕の隣りにはお嬢様のこの楽しそうなお顔があるからだ。

その時、またカラスの鳴き声。

今のようにお嬢様のお顔に無意識のうちに見とれそうになると、その途端に威圧するようなカラスの鳴き声が上がるのだ。
カラスから受けるその重圧は、隣りのお嬢様の笑顔に癒される。そして、またカラス。

その繰り返しは電車がくるまでの間、しばらく続いたのだった。



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