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「おいこらりーちゃん、ちょっとこいや」

岡井さんが教室を出て30秒後、入れ違いのように入ってきたのは、バッチバチの目力で、はぐれナントカのより凶悪な方・・・えっと、つまり舞様だった。

「な、なんでしょうか」

恐ろしい。クラスメートも一瞬で道を譲りあけて、そこを当然のようにのっしのっしと歩いてくる。

「俺の嫁が、すぎゃさんがすぎゃさんがってうるさいんだけど。どうなってるわけ」

うわあ・・・。言ってる意味、わかんないんだけどわかる。しかも、この様子じゃ話し聞いて即ここに来たんだろう。どんだけ必死なんだ、この天才さんは。
テレビで見た、もんすたーぺあ?なんとかっていう、過保護なパパとママのお話を思い出した。


「何の話してたの?なんか悲しそうだった。ケンカ?原因は?舞のこと関係ある?℃変態は?」
「そ、そんな一気に言わんでも。ケンカじゃないし、いじめてもいないし」
「でも、傷ついた顔してた。何か知ってるなら教えて」

顔、近っ!
舞ちゃんは観察でもするかのように、人をじーっと見る癖がある。
ネコみたいなキッとしたその目は、岡井さんとは違う意味で、人の何もかもを見透かしてしまうような力を感じる。・・・ま、どっちかっていうと、精神的な拷問で自白させる意味合いだけど。


「舞。舞ったら、もう、すぎゃさんに御迷惑でしょう?」

しばらくすると、慌てた様子の岡井さんも教室へ戻ってきた。
私を見ると、曖昧に微笑む。そういう顔するから、舞ちゃんが勘ぐるんだよ・・・わかってくれ、岡井さんよ。

「ちしゃと。りーちゃんに言いにくい事があるなら、舞から言ってあげる」
「いいのよ、舞。私が悪いのだから」
「何、悪いって。やっぱりケンカしたんじゃん。りーちゃんめ、ごまかそうったってそうは・・・」
「舞、すぎゃさんを責めるのは筋違いよ。おやめなさい!」

――ああ、もうやだおうち帰ってラーメン食べたい・・・。
一体なんだって、こんなことになるんだろう。熊井ちゃんが原因を作り、岡井さんが無自覚に煽り、舞ちゃんが壮絶にぶちきれる。
このいつものパターンに、まさか自分が巻き込まれるとは・・・。しかも、こんなくだらないことで。


「舞、心配してくださっているのは嬉しいけれど、これは私とすぎゃさんのお話なの。」
「でもさ」
「いつも舞に頼っているような千聖では仕方がないわ。ね、舞?」

あの小動物的な目をくりんとさせながら、舞ちゃんを見つめる岡井さん。じょじょに、キツかった覇王の目つきが緩んでいく。
舞ちゃんの強引さに、いつも岡井さんが引っ張られているもんだと思ってたけど・・・そういうわけでもないのかもしれない。
岡井さんは獰猛な野生動物の手綱を握る動物つかいのようだ。こんなに簡単に、憤っている人を落ち着かせてしまうなんて。


「・・・まあ、ちしゃとがそう言うならいいけど」
「うふふ」

私なんか、びびっちゃって絶対無理だね、こんなの。
ぽわっぽわで危なっかしく見えても、そこは大企業の偉い人のお嬢様。キモが座っているってことなんだろう。


「あとで何があったか、報告だけはしてよね。じゃ、舞教室戻るから」

御丁寧に、私のことをじろりと睨んでから、舞ちゃんは足取りも軽く戻っていった。

「もう、舞ったら・・・。すぎゃさん、気になさらないでね。舞は私のことを心配しすぎるのよ」
「はは・・・」

舞ちゃん単体でこれなんだから、お屋敷なんてもう、放送禁止レベルの戦いが繰り返されているんだろうな。有原さんいるし・・・。
基本、舞ちゃんは私には優しくしてくれてるって印象だったのに、岡井さんが絡むだけでこれですよ、これ。
これはさっさと解決しなくては、次の段階(SATUGAI)に進む可能性も考えられる。


「岡井さん」

隣の席の子がいないのを確認して、椅子を引いて着席を促す。

「私、なんか悪いこと言っちゃったかな」
「まあ、どうして?」
「だって、私と話してから変な感じになっちゃったじゃん、岡井さん」

そう切り出してみると、岡井さんはまた少し悲しそうな顔をした。


「ほら、今も。ねえ、どうしたの?私がいけないなら、言って」

どっちかっていうと、私は自分が先にへそを曲げちゃうタイプだから(だからわがまま末っ子タイプとか言われるんだ・・・)こういうシチュエーションになると、焦ってしまう。

「ね、岡井さん!」

私が名前を呼ぶたびに、曇る岡井さんの顔。
でも、もう引き下がれない。これはいい機会なのかもしれない。気づかいやさんで、気持ちを溜め込む岡井さんと、もう一歩踏み込んだ関係になれるよう、苦言もしっかりうけとめないと。

「・・・すぎゃさん」
「はい」

しゃきっと背筋を伸ばして向かい合う私たちの異様な空気に、半径1メートル以内から、クラスメートたちが消えていった。みんなが遠巻きに見ている。


「私ね、あの・・・さっき、すぎゃさんが、私の名前を」
「ああ、やっぱり。ごめんね、ほんとに」
「いえ、そうではないのよ。もう・・・千聖ったら、すぎゃさんに誤解をさせてしまって」
「そうなの?誤解?怒ってない?」
「ええ、怒るだなんて、とんでもないわ。あの、そういうわけではなくて、えっと」


――この場にまだ舞ちゃんがいたら、で?結論は?何が言いたいのかわかんないんでしゅけど?みたいな圧力をかけられるとこなんだろうけど、私はじっくり話を聞きたいほうだから、全然問題ない。


「あのね、あの・・・私、嬉しくて」
「ん?」

岡井さんはまた、ほっぺを赤くしてはにかんだ。

「すぎゃさんが、千聖って呼んでくださって」
「えー、そうなの?よかったの、あれ」
「ええ。なんだか、より親しくなれたような気持ちになれたから」


頭の中で熊井ちゃんが、ほらみろほらみろー!名前って言うのは(ryと説教をかましてくる。・・・今回はあながち、間違っていないというのが悔しいところだ。

「・・・じゃ、じゃあ、これからは、下の名前で呼び合う?」
「まあ・・・千聖も、そのようにしていいのかしら?」
私たちのあいだに、妙な緊張感がただよう。

「あはは・・・なんか、どきどきするね」
「ウフフ、わたしも、なんだか。いやだわ、どうしましょう」


梨沙子、練習しなよー!なんて、おせっかいな外野から声が飛んでくる。


「よ、よーし・・・呼ぶよ!ち、ちさと、元気?」
「あ、え、えと、りさこ、こそ、ごきげんia;;えおlじょbr」

パチパチパチパチ

息も絶え絶えに言葉を交し合うと、いっせいに拍手が巻き起こった。

「おめでとー梨沙子!」
「お嬢様、素敵な呼びかけでいらっしゃいました!」
「あはは、どうもー」

このノリ・・・嫌いじゃない。女子校独特だよ、なんて共学に行ってる友達は言うけど、めっちゃ心地イイ。


「ウフフフ、りさこ、りさこ」

岡井さ・・・いえ、ちさと、は、目を三日月にして私の名前を連発する。か、かわいい・・・。あかちゃんか。
ただ、問題があるとすれば・・それは、彼女の名前を口にするたびに異様な緊張感を覚えるということ。

それは御令嬢相手に呼び捨て行為という理由と、あともう1つ。

“りーちゃん、舞がどれだけ苦労してちしゃとの本妻にどーたらこーたら”

容易に予想できる、舞様からのクレームを思い浮かべるだけで、私は半泣き状態になってしまうのだった。



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