「・・・まあ、ある意味熊井ちゃんの言うとおりでしゅ。とにかく、言った言わないは証明しようがないんだから、口論するだけ時間の無駄でしょ」
なんでもいいから、ちゃっちゃと話し合わんかい!と萩原さんの鬼の眼光。
そこに、お嬢様の魔法の瞳、熊井さんの頂点会理論も加わって、小もぉ軍団ちゃんと佳林ちゃんたちはすっかり混乱してしまっているようだった。
「・・・つーか、おまえらが謝ればいいんじゃね」
そして、遥ちゃんがポーンと投げ込んだこの一言。
反論が返ってきちゃうんじゃないかと思ったけれど、意外なことに、小もぉちゃんたちは少しのひそひそ話のあと、すぐに佳林ちゃんへと駆け寄った。
「あの・・・佳林、ごめんね。うちらにも悪いところはあった」
「おい謝るんならくぁwせdrftrgt」
「うふふふ、いいのよ。女の子のケンカっていうのは、そういうものなの」
あまり首に打撃系を与え続けるのもよくないわね・・・技のバリエーションを増やさないと。なーんて、うふふふふ
「泣くほど傷ついてたなんて・・・佳林いっつも冷静だし、うちらと一緒にいなくなっても、全然さびしそうじゃなかったから、わからなかったの」
「・・・」
おっしゃるとおり、佳林ちゃんはほとんど表情を変えることなく、初等部の生徒さんとは思えないような静かな目をしている。
それでも良く見れば、その細い指は震えていて、隠し切れない動揺があふれ出している。
今、どう振舞えばいいのかを必死で考えているのかもしれない。
プライドが高い彼女のことだ、ともすれば、この騒動を鎮静化させるために、自分の意思を押し殺して、誰の意思も反映されていないような空虚な結論を出しかねない。
それでは、何にもならないとわかっていても。
「・・・佳林、今度はあなたが、気持ちをお伝えする番よ」
千聖お嬢様の柔らかそうな指が、佳林ちゃんの髪にそっと触れた。
肩がびくっと跳ねる。佳林ちゃんの緊張が、こちらにも伝わってくるようだった。
“お姉様はいつもふわふわと頼りなくて・・・”
千聖お嬢様によく似た小さい唇を尖らせて、“あの方”が言っていた言葉。それが脳裏をよぎる。
外から見るのと、内から見るのとでは違うのかもしれないけれど・・・少なくとも、今のお嬢様は、この場にいる誰よりも頼りになるといっていいだろう。
佳林ちゃんにとっては、唯一の支えであるとも。
「佳林、甘えてはいけないわ」
その声色が、少しだけ強いものに変化した。
「お姉・・・」
「諦めてしまえば、楽になれるのかもしれない。
でも、あなたがほんの少しでも勇気を出すことができるなら、未来はまったく違うものになるはずよ」
「・・・ね、みずきちゃん。おかい・・・さんは、なんのことを言ってるの?」
「うーん、なんだろうねえ」
真っ直ぐに佳林ちゃんを見つめるお嬢様の横顔。それを食い入るように見る萩原さん。
その表情は、ほんの少しだけれど動揺を纏っているようにも感じられた。・・・もっとも、私の視線に気がつくと、すぐに感情を引っ込めてしまったようだけれど。
完全無欠の仲のように見えるお二人にも、きっといろいろな過去の物語があるのだろう。
「私はね、佳林がどんなに優しい心を持っているのか、よく知っているわ。
いつもいただく手紙。会ってお話するときの、繊細な心遣い。
お友達のみんなだって、私以上に、佳林がどれほど素敵な女の子なのか、知っている事でしょうに」
「私は、そんな、お姉さまが思っているような人間ではないです」
搾り出すような佳林ちゃんの声は、もうすでに、感情が決壊しかかっているのを物語っているかのようだった。
「打算的で卑怯者です、私。だからこんなことに」
「佳林。もしもあなたがそんな人なら、こんなにたくさんの人たちが、あなたのために解決策を見出そうとはしないでしょう。
みんな、佳林のことが好きなのよ。好きだから怒るし、迷うの。だから、佳林」
「・・・あー、ほんとめんどくせーな、女子って」
小さく舌打ちした遥ちゃんが、ぴょんと佳林ちゃんの後ろに立った。
そのまま、背中を軽く小突いて、小もぉちゃんたちの方へと追いやる。
「な、なによ、遥ちゃん。痛いじゃない」
「つか、佳林が卑怯者じゃ、そんな奴と友達なあたしまでそういう奴みたいになるじゃん。
くだらない意地はるなよ。たった一言でいいんだよ。わかってんだろ、自分で」
あらあら、もう声を変えることも忘れちゃって。本当にいい子、遥ちゃん。
「そうね、彼女・・・幽霊さんの言うとおりだわ」
「あばばばば」
「うふふ・・・。どんな結論でもいいのよ。佳林の思うことを、皆さんにお伝えしなさい。
心の中を、怖がらずに全て見せて。誰も佳林を、馬鹿にするような人はいないわ。」
お嬢様の眼差し。須藤さんの優しい視線。はよせいと貧乏ゆすりを繰り返す萩原さん。熊井さんの・・・えっと、飽きてスマホをドヤ顔でタップしている姿。
まあ、後半2つは蛇足だけれど、先輩方の暖かさに支えられて、ついに佳林ちゃんは口を開いた。
「・・・みんなといっしょに、いたいです。
友達だから、って甘えてた。みんなの気持ち、全然考えてなかった。
許してもらえるなら、また仲間に入れてほしいよ。一緒にごはんたべたり、おしゃべりしたり・・・」
語尾は消え入りそうに小さく、嗚咽交じりになってしまっていたけれど、それは沈着冷静な佳林ちゃんからは想像できないほどにしおらしく、儚くて・・・だけど、私の目にはとても美しく映った。
「で、お前らはどうなんだよ」
何気に仕切りたがりな遥ちゃん、今度は小もぉさんたちをじろりと睨みつける。
いろいろ思うこともあるだろうに、こういう時は妙に事務的になっちゃうところが可愛い。
「な、なによ・・・年下のくせに、しゃしゃってこないでよ」
そう言いつつも、小もぉさんたちは輪になってお得意のひそひそ話を始めた。
こういう女子の連帯感的なものが、遥ちゃんにはむず痒いのかもしれないけれど、これも大事な儀式なんです、女の子にとっては。うふふふ
「・・・佳林」
やがて小もぉちゃんたちは、佳林ちゃんを手招きで呼び寄せた。
「あの・・・」
「今日、空いてる?佳林。駅ビルに買い物、行かない?」
「・・・いいの?」
「ちっちゃいリボンなら、佳林もつけてくれるよね」
お互いにまだ笑顔はぎこちなく、お嬢様の腕から離れた佳林ちゃんの手も所在なさげだけれど、室内を通り抜けるやわらかな風が、事態の収束を物語っているように感じられた。
「・・・御迷惑をおかけして、すみませんでした」
その後、佳林ちゃんは生真面目に、私たち一人一人に頭を下げて回った。
いつもどおりの笑顔でそれを受け入れるお嬢様。べつにどうでもいいでしゅと言いながらも、ほんの少し、唇の端っこに微笑を浮かべる萩原さん。
「困ったことがあったら、友情ファイナンシャルプランナーのうちを頼ってね!」
「熊井ちゃん、ファイナンシャルっていうのは・・・まあいっか、仲良くするんだよー、娘たちよ!」
よかった、みんないい人達で。
前生徒会が教え導いてくれる存在だとしたら、今期の皆さんは、寄り添って歩いてくれるようなリアルなあたたかさを感じる。
「あの、譜久村さんも、巻き込んでしまって」
「うふふふ、めっそうもないです。何のお役にも立てませんで」
「でも、最初に譜久村さんが言ってくれたから。誰が悪いか、ということより・・・」
あら、覚えていてくれたのね。さすが優等生さん。
「これからも、遥ちゃんとも仲良くしてあげてね」
「ええ、もちろん」
「なんだよ、その上から目線!・・・つか、もういいよね?いこうぜ、みずきちゃん」
ひとりしきりの騒動が治まったところで、遥ちゃんが私の腕を引く。
「あ・・・でも、待って。私、もう1つだけ気になることが」
「ん?」
そんな私たちの背中に、お嬢様から声が飛んできた。
「コートの件は、納得したわ。ただね・・・」
「どうしたんでしゅか、ちしゃと」
少しためらったように瞳を揺らしたあと、意を決したように口を開くお嬢様。
「私は、佳林が自分の学年の教科書を図書館に借りにきたり、不自然に髪が濡れたまま歩いているのを見たことがあったから。
上履きが、やたらと汚れていることもあったわね。それは、心当たりはないかしら?」
――んん?それは、たしかにちょっと気がかりな・・。でも、ちらりと見た小もぉさんたちも首を傾げていて、事情を知っている様子はなかった。
「・・・・・あー、たぶんそれ、ぜんぶあたしです」
そして、意外な人物が、おもむろに手を挙げた。
「・・・えええええ!?」
茉麻ママ・・・もとい、生徒会長が見事な椅子ずっこけをかまし、大きな目で遥ちゃんをまじまじと見た。
「あ、あなた、あんなに怒ってたじゃないの・・・まさか、最後の最後で首謀者だったとは・・・・コ○ンくんもびっくりやで」
「あや、ちがうんよいじめじゃないんで!
あたしはただ、佳林がすっげー落ち込んでたから、教科書に落書きして笑わせようかなって・・・。まあ、黙ってパクって、返し忘れたわけだけど。
水はあれかな、水道でブシュ-やったら佳林がのってくるかと思ったら、そのままどっか行っちゃったやつかな」
「じゃあ、汚れたうわばきは?」
「運動靴忘れちゃったから、佳林の借りたつもりが、まさかの上履きだったという」
うわあ・・・。
ドン引き状態のみんなの視線を受けて、遥ちゃんは大慌て。
「や、だから、全然いじめてないしあたしはこいつらとは違うし」
「遥ちゃん、皆さんに言う事は?」
「・・・・・・・どうもすみませんでした。」
* * * * *
その後。
佳林ちゃんは、また頭に小さなリボンをつけるようになった。
ただし、優等生らしく、髪のサイドにさりげなく。
そんな彼女を倣ってか、小もぉちゃんたちも、リボンの大きさを大幅に変え、スカートの丈は標準に戻っていった。
ただし、軍団が消滅したというわけではないらしい。
「こら、お前ら!また妙な色の紐リボンつけて!」
「やーん、許してにゃん♪」
人に迷惑をかけない程度の、小さな小さないたずら。
これからは、そういう可愛いパフォーマンスで、活動していくという事なのだろう。素晴らしい事だ。
そして、変わったことといえば、こちらも・・・
「千聖ちゃん、おはよー」
「あら、遥。ごきげんよう、うふふふ」
お嬢様からの笑顔に、でれでれなご様子の遥ちゃん。
それを、並の人間なら細胞ごと消滅しそうな勢いの目つきでお見守りになっている萩原さん。
一度正体がばれてしまったらどうでもよくなったのか、遥ちゃんは、千聖お嬢様のことを“ちゃん”づけで呼ぶようになった。
「ラーメン、好きなんすよね?あたし詳しいんで、今度行こうよ」
「あら、嬉しいわ。つけ麺はあるのかしら?」
「ちょっと、ちしゃとはラーメン禁止だから。むちむちしやがって。勝手なことしないでくれる?初等部のくせに」
「ああん?」
「文句あるでしゅか」
あらあら、楽しそうだこと。
沖縄で見た、ハブとマングースの戦いを思い出して、うふふと一人笑っていると、「みずきさん」と後ろから声をかけられた。
「明日菜お嬢様。ごきげんよう」
「ごきげんよう。楽しそうね、みずきさん」
お取りまきさんたちを、目線で一歩下がらせると、私の隣へしずしずと移動する明日菜様。
「もう、私のお姉さまなのに」
「うふふふ、でも、とても楽しそう」
私はさりげなく、明日菜様の手を握った。
「まあ・・・」
「うふふ、教室まで一緒にまいりましょう」
傍観者が定位置の私でも、人の友情に触発されることだってあるのだ。
「・・・あの、みずきさん、聞いてくださる?昨日ね、お姉さまがお家で・・・・」
うららかな春の日差しの下、私の耳には明日菜様のふわふわなお声と、遥ちゃんの賑やかな声がひっきりなしに飛び込んできていた。
最終更新:2013年11月24日 07:51