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あれは、他の中学校に行って試合をしたときのこと。
そこの中学は、とても荒れているということで知られている中学校だったんだ。
案の定、僕の相対した相手の選手はいかにもって感じの荒っぽい選手で、プレーもラフプレーの連続だった。
1年生で試合に出た僕を相手に、上級生のこの相手は審判の目を盗んでひたすら削ってくる。
そんな相手選手の挑発に、僕はイライラをつのらせていた。
削られて、そのたび削り返して、そのことだけに気を取られて、試合の流れが見えなくなっていた。

そんな僕は前半終了と同時に交代させられた。
そして、監督の先生にはかなり怒られた。
チームプレーに集中出来ないような奴は、当然交代させる。そんな、気持ちが弱い奴は使わないと。
反省してろ、と言われて後半の間ずっとグラウンドの外周を走っているように言われた。

相手に気持ちで負けないようにしたんだけどな。
なのに、気持ちが弱い奴は使わないって言われてしまった。難しいな・・・


そんなことを考えながらずっと走っていたら、その相手の選手に出会ってしまったんだ。
さっきの試合で僕とマッチアップした選手。
今ここにいるということは、こいつも途中交代させられたんだな。

見るからにガラの悪そうなその生徒。
うわー、露骨にガン飛ばしてきてるし。勘弁してくれ。
何だっていうんだよ、まだ挑発してくる気なのか。しつこいな。
こいつも途中交代とかさせられて収まりがつかなかったのかもしれないが、僕に絡んでくるのはそれは筋違いじゃないのか。
でもどうやら、間違いなく僕にからんでこようとしているらしい。そんな態度が見え見えだ。
そして、聞きたくないような言葉が僕の耳に入ってきた。

「おい坊主、ちょっと相手してくれよ」

どうやら本格的に僕にからんできたようだ。ケンカを売ってこようとしているんだろうな、やっぱり。
面と向かってそんな事言われて、露骨に無視するわけにもいかず立ち止まってしまった。
どうやってこの場をやり過ごすのがいいのか考え込んでしまう。
でも、ここはハッキリさせておいたほうがいいのかな・・・ だって、考えてみれば逆だろ?
僕がこいつに立腹してもおかしくない状況じゃないか。お前のせいで僕のデビュー戦は台無しになったのだ。

「なに睨んできてんだよ? 1年坊が。やろうってのか?かかってこいよ」


そうやって僕が挑発を受けているところに、たまたまこの学校の生徒が通りがかった。
それは、2人連れの女子生徒だった。

彼女たちは僕らの間に流れている不穏な空気を感じ取ったのか、それまでしていたお喋りをやめて立ち止まってしまった。
そして僕らのことをじっと見たかと思うと、片方の女子が目の前の男子に声を掛けてきた。

「何やってるんだよ」

咎めるような低い声。

「お前には関係ないだろ、村上」

そう言われた彼女の表情がみるみるうちに険しくなる。
その険しい顔をいったん和らげて、隣にいるもう一人の女子に向かって彼女が言った。

「みや、ちょっと先に行っててくれる?」
「うん、わかっためぐ」

みやと呼ばれた女生徒は、この空気にも全く動じていない様子で鼻歌混じりに歩いて行ってしまった。
この緊張感漂う現場に友達を一人残すことに何の不安も感じないんだろうか、この“みや”さんとやらは。
振り返りもせずに行ってしまった彼女を見て、冷たい人なのかな、なんて思った。見た目からしてそんな感じの人っぽいし。

そんな、僕には関係ないことを考えつつ、目の前のこの女子生徒に改めて注目した。
村上、と呼ばれていたこの女子生徒。


うっわー・・・

見るからに怖そうな女子だな。
しかも、いかにも悪そうなこの男子を見ても全く怯んだ様子も無いその態度。相当ケンカ慣れしてるんだろうな。
さすが荒れてる中学校だ。生徒からして怖すぎる。

僕と対峙していた男子の様子を見ると、どうやらこの彼女は一目置かれている存在のようだ。
面倒な人間に見つかった、というような感じでこの男子は村上さんとやらを見ている。


「他の学校のカタギの生徒に絡んだりするなよ。みっともない」

彼女にそう言い放たれた男子は、言い返すことができず固まってしまっている。
そして露骨に舌打ちをして、一回僕を睨みつけた。

「ツイてるな、お前」


・・・何なんだよ、このおっかない空気は。

こんなやりとりはヤクザ映画の中でしか見たことがないような光景だ。
ここ、中学校、だよね。
本当に荒れてるんだな、この学校は。

男子が踵を返して行ってしまうと、僕の前にはこの怖そうな女子だけが残った。
気が強そうな人だなあ。普通の女の子とは、もう目付きからして違うもん。
こんな目力を持つ女の子を見るのは、小学校のときに一緒だったあの人以来だ。

戦争映画で見たことのある鬼軍曹のようなその雰囲気。
とても恐ろしくて、僕もさっさとここから立ち去りたい思いで一杯だった。

でも、どうやら僕は彼女に助けられたみたいなのだ。
だから、彼女に声をかけた。思わずか細い声になってしまったけど。

「あの、あ、ありがとうございました」

ギロリと睥睨される。
こ、怖い。マジで。

「あんたもさー、やりかえしなよ、男ならさー」

この人は見た目通りの直情的な人なんだろう。

僕のためにそこまで言ってくれてるんだろう。それは分かります。
しかし、男には我慢しなきゃならない時もあるんです。
だって、そんなことしたら部活動が僕個人どころか学校ごと出場停止処分になってしまいますから。

でも、さっきは試合直後のまだ興奮状態で、僕も頭に血が上りかけていたから。
彼女が仲裁に入ってくれなければどうなるか分からないところだった。
あなたが来てくれて助かりました。本当にありがとうございます。

「ま、いろいろ事情があるんだろうけど」

黙り込んだ僕の心中を察してくれたのだろうか、そう言った彼女の口角が軽く上がった。

「じゃあね」

去っていく後ろ姿のカッコいいこと。
そんなに背も高くないのに、その後ろ姿は力強くとても堂々としていた。


僕の窮地をを助けてくれた彼女のその強さが印象的だった。
もともと僕は強い女の子に心を引かれる傾向がある。
だから、思いがけず出会ったこの彼女に、僕はすっかり引き付けられたわけで。

でも、その後当然ながら彼女には再び会うこともなかった。


あのとき僕が抱いた感情がどのようなものだったのか、もう今ではそれも思い出せない。
彼女が何て呼ばれていたのか、その名前もすっかり忘れてしまった。


もう何年も前のある日の出来事。




そんな思い出に浸っていた。
語り終わって遠い目をしている僕に、つばさ君が言った。

「なげーよ!バーカ!!」

うんざりとした顔のつばさ君が更に畳み掛けてくる。

「大体その話し、最初の試合のところ以外の描写は全く必要無いだろ!関係ない話しを延々としやがって!!」

細かいやつだな。誰のために僕が今の話しをしてあげたと思ってるんだ。
でも確かに、伝えようとしたサッカーの話しからは逸脱してしまっていた。若干ちょっと反省する。


そんな、今はもう僕のことを完全に小馬鹿にした表情で見ているつばさ君。
憎たらしい顔だ。本当に。

でも、減らず口を閉じたとき、そのお顔はやっぱりとてもかわいらしい顔になるのだ。
分かっていても、その愛くるしい顔には騙されてしまう。
持って生まれたものとはいえ、凄い武器になるじゃないか、それは。
果たして本人がそれを自覚しているのかは知らないけど、

こいつ、とんでもない男なのかも。



そんな思いを僕が抱いているところ、不意に女性の声が耳に入ってきた。
僕の耳に入ってきたその彼女の言葉。


「空翼お坊ちゃま、お一人でこんなところに来ているんですか」



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