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その晩。

「いいですかんな、お嬢様。
その公式はこうやって覚えるかんな。シコシコとココをさすれど・・・」
「かんちゃん、やめるケロ!やめるケロ!」

いつもどおり、私となっきぃでお嬢様のお勉強をお手伝い。
苦手の理数を楽しく克服する方法を伝授してたんだけれど・・・なっきぃがなぜかジャマをしてくるかんな。
チッ・・・下ネタってのは、頭に残るから覚えやすいんだよ。頭固いんだから、この優等生さんは。

ほら、お嬢様だって、こんなに・・・


「・・・お嬢様?」
「え?・・・あら、ごめんなさい、私ったら。ぼんやりしてしまって」


だがしかし、私たちのやり取りを聞いてくれていたはずのお嬢様は、上の空な様子で、ノートに気の抜けた文字を滑らせているご様子だった。


「ご体調、悪かったりします?」
「まあ・・・どうして?」
「そういえば、さっきから少しぼーっとしていますね、お嬢様」

思えば、メイド職体験のために、光井さんとマサキちゃんがここに来たあたりから、お嬢様の様子はなんだかおかしかった。
気づかい屋さんなうえに、何気に人見知りなとこもあるから、疲れちゃったのかもしれないな。


「今日はお勉強はなしにして、テレビでも見ます?いいよね、なっきぃ」
「ええ、息抜きも大事なことですから」

そう言って、大型テレビのリモコンに手を伸ばしたなっきぃを、「いいわ、勉強を続けましょう」とお嬢様がさえぎった。

「でも、」
「千聖がいいと言っているでしょう。テレビは見たくないわ」


その声はいつになくとがっていて、私の心臓にもズキンと痛みが走った。


「早く、千聖に勉強を教えてちょうだい。命令よ」


――お嬢様が、不安定になっている。ぼんやりしていたのは、何か考え込んで、思いつめていただけだったのかもしれない。

助けてあげたい。
そう思っても、いったい自分に何ができるのかわからない。なっきぃは涙目になってるし、不測の事態に弱い私は、もう頭が真っ白になっていた。


コン、コン


その時、部屋のドアをノックする音が響いた。


「夜分にすみません、村上ですが。お時間いただけますでしょうか」
「あ、は、はーい!」


ああ、良かった!めぐぅなら、なんとかお嬢様のことをなだめてくれるかもしれない。
自分の声が、やたらはずんでいるのを感じた。

「お嬢様、本日の職業体験が終了したので、夜のご挨拶を」

めぐぅに続いて、愛佳さんとマサキちゃんも入室する。
そして、どういうわけか・・・


「あれ・・・オメー、なんでいるんだかんな」
「ふふん、別にいいでしょ。愛佳と一緒に、舞もメイド見習い再開しただけだし」

メイド服に身を包んだ、顔面だけは可愛いアシュラマイマイが、愛佳さんの腕に手を絡めてにやっと笑いかけてきた。

そんな二人の様子をチラッと一瞥すると、お嬢様はめぐぅに微笑を向けた。


「ご苦労様。愛佳さんとマサキさんも、遅くまでお疲れ様。メイドのお仕事は、どうだったかしら」
「いやー、まずできないような仕事だったんで、めっちゃ楽しかったですよ」

愛佳さんはにっこり笑って答える。


「光井さん、とても手際が良くて。何でも率先してやってくださるので、此方も非常に助かりました。
萩原さんまでやる気にさせてもらって、ね!」
「ま、たまにはね」


めぐぅが顔をほころばせている。・・・鬼軍曹殿は誰が相手だろうと、つまらないお世辞は絶対に言わないから・・・こりゃ、光井さんは相当なヤリ手だな。


「マサキさんは、どうだったかしら?」
「メイドさんの恰好おもしろいです」

――こちらはあいかわらず、ズレにズレまくっているご様子だけれど。

「佐藤さんも、どうなることかと思いましたが・・・危なっかしい行動かと思いきや、斬新な洗濯物畳みなど、非常に面白いものを見せてもらいました」
「靴下はああやってたたむといいとおもいます」


楽しそうに話しこむ面々。
・・・だけど、それを見つめるお嬢様の目は、なんだかやっぱりいつもと違うようで・・・・


「今、ちしゃとたちは何してたの?」
「ああ、えっと・・・勉強を、みんなでね」
「そ、そう!キュフフ、楽しく数学の復習をね!」


全然、楽しそうなんかじゃないのは、空気でわかってしまっただろうけれど。
なっきぃがから元気で高く掲げた数学のテキストを、ひょいっと光井さんが手に取った。


「んー?これは、千聖お嬢様の?」
「ええ、そうだけれど」


何ページかパラパラとめくっていた光井さんは、キョトンとした表情のまま、「・・・全然、できてへんやん」と突っ返してきた。


「え・・・」
「教えてもらってたんやろ、ちゃんと聞いてたん?」

「お嬢様は数学が苦手なんだよ。しかたないでしょ。誰だって得手不得手はあるかんな」

思わずカッとなって反論するも、光井さんは挑発に乗る様子もなく、淡々としゃべり続ける。

「復習に付き合ってもらってたんなら、自分でもわかるやろ。ちゃんと集中してたら、ほら、たとえば、この問題ぐらいは解けるはず。公式そのまんま入れるだけやし」
「でも・・・」
「教えてもらって当然、なんて思ったらあかんよ。貴重な時間を割いて、自分の傍にいてくれる人の気持ちを考えんと」


――お嬢様がうつむいている。
どうしよう。何か言い返さないといけないのに。口だけがぱくぱくと動いて、何も言葉が出てこない。


だって、愛佳さんの言ってることは、正論なのだ。私やなっきぃを気遣っているし、お嬢様への指摘は正しい。だけど、だけど・・・・・



「わ、私たちがいいと思っているんだから、関係ないでしょう」


ようやく、なっきぃが蚊の鳴くような声で反論するけれど、それはやっぱり頼りない響きにしかならず、何とも言えない沈黙が訪れる。

そして、私にとっては本当に意外な発言が、耳をつらぬいた。


「んー・・・舞は、愛佳の言うこともわかるけど。
ちしゃと、自分で呼びつけといて、舞が教えてる間に寝ちゃうってパターン多いしね」
「舞・・・」

お嬢様が、軽く息を呑んだ。


「…お嬢様。僭越ながら申し上げますが、私も、お嬢様には、光井さんのおっしゃっていることを、正しくお受け止めいただきたいと感じます」

「な・・・なにいってんの!どっちの味方すんだよ!!めぐぅも舞ちゃんも!」

私はお嬢様を庇うように前に立ち、二人を睨み付けた。

「何怒ってるんでしゅか、栞菜」
「だってかわいそうじゃんか!お嬢様!」
「簡単にかわいそうなんて言う方がかわいそうやろ」
「うっさいな。今日1日少し接しただけのくせに、わかったようなこと言わないでよ!」

だめだ。自分の声が涙交じりになっている。すっごく感情的で、すっごく情けない瞬間。


「栞菜・・・」

お嬢様の手が背中に触れて、もう私は今にも感情を決壊させてしまいそうだった。



「・・・・・あのー」


その時。

「あのー、まぁちゃん、時間です」
「えっ・・・と」


まったくこの場にそぐわない、のんびりした声が、やけに大きく部屋に響いた。


「21時になったら、まぁちゃんは働いちゃいけないってしおりに書いてありました」
「ああ、・・・そう、ですね。うん、まあ、それはそうですけど」

私たちがあっけにとられている目の前で、マサキちゃんはメイド服を淡々と脱いで、ベッドサイドに置いてあったお嬢様の部屋着をすっぽり被って、ニコッと笑った。


「まぁちゃん、今日はここで寝ますね」
「は?」


その読めない笑顔が、ふっと翳って、何とも言えない表情でお嬢様を捉える。


「まぁちゃんのこと、きっと必要になると思います」



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