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「・・・栞菜、今日は、寮のお部屋に戻る?それとも」
「ああ・・・お嬢様がよければ、こっちにいたいですけど」

私とお嬢様は、同時に、キングサイズベッドの上をごろごろ転がるマサキちゃんを見つめた。


あの後、神妙な顔つきのめぐぅが、愛佳さんと舞ちゃんをつれて帰ってしまった。


“ちしゃと、何いじけてんの!もう!”


舞ちゃんはそんなことを叫びながら、めぐぅに引きずられていったんだっけ。

ったく・・・めちゃくちゃ頭いいくせに、こういうこと、全然わかってないんだから。
で、一緒に出て行ったなっきぃが、舞ちゃんになにやらキャンキャンと噛み付く声が聞こえていたんだ。少しは思い知るがいいさ、お嬢様の悲しいお気持ちを。


それで、まあ、なんというか・・・当然のように、彼女だけがこの部屋に残ったわけだけれど、一体どういう意図があるんだろうか。


「ベッド、ふわふわー」


この子、何歳ぐらいなんだろう。
顔だけなら、結構大人っぽく見える。でも言動は、完全に子供。本能のまま、何色にも染まらずに生きている子。そんな感じがした。


「まぁちゃん、テレビみたいです」


ほら、またこうやって脈絡なく・・・


「ウフフ、そうね。何の番組がいいかしら。いらっしゃい、マサキさん」
「はーい」


大画面テレビの前の、応接ソファ。
定位置に座ったお嬢様の、そのお膝めがけて、マサキちゃんは思いっきりダイブをかました。


「あっ!」


スキンシップが苦手(私が言うのもなんですが)なお嬢様のことだから、青くなって硬直している様が容易に想像できる。

「ま、マサキちゃん!ちょっと、あのね・・・」

だけど、慌てて回り込んだ私の目の前には、意外な光景が広がっていた。



「お膝、ふかふかー」
「あら、あまえんぼうさんね。ウフフ」


お嬢様の腿に頭を乗っけて、ニコニコ笑いながらお嬢様を見つめるマサキちゃん。
不思議なことに、普段はあれほどベタベタやイチャイチャを嫌がるお嬢様は、すこぶる機嫌良さそうに彼女の頭を撫でてあげている。


「むふー」
「ほら、リモコンはこちら。マサキさんの好きな番組を選んで」
「まーちゃんはまーちゃんなのでまーちゃんって呼んでくださーい」
「ウフフ、まーちゃん。可愛らしいニックネームなのね」

「・・・納得いかないかんな」

私は口を尖らせつつ、横に腰掛けると、マサキちゃんの足の裏をコチョコチョくすぐった。


「あひゃー!」
「まあ、意地悪はやめなさい、栞菜ったら!」
「だってだって、あたしが同じことしたら、即叩き落すくせに!差別だかんな!」

うおお、マサキちゃんのおみ足が、肩をガンガン蹴ってくるかんな。
だけどそれが妙に心地よい。
決して℃変態な意味じゃなくて、まるでマッサージで肩をトントンしてもらっているかのような・・・。ち、力が抜ける。


「まぁちゃんが勝ったので、テレビみましょうね」

――一体、何者なんだこの子。強制的に心を落ち着かされるという、矛盾した状況。
思えば、さっき室内に張り詰めた空気が流れたときも、このマサキちゃんの言動が、救いになったともいえる。


「何を観ましょうか。この時間なら、音楽番組も、テレビドラマもあるわね」
「んーと、まぁちゃんはこれです」


おっきい犬みたいに、お嬢様の膝抱っこを堪能したまま、マサキちゃんはリモコンをピッと鳴らした。



“Most people are unwilling to contradict their doctor in discussions on medical treatment…

「ええ??」

タイトなスーツに身を包んだ、金髪セクシーお姉さまが、淡々とニュースを読み上げている。

衛星放送の、経済ニュース番組。
昔パパが家でよく見ていたから、流し見ぐらいはしたことがあったけれど・・・しっかり視聴したことなんてもちろんない。
日本に来ている、英語圏の人たちがみるニュース。そういう風にパパは言っていた。
日本人向けに、ゆっくりわかりやすい喋り方をしてくれているわけでもなく、キャスターのお姉さんはペラペラペラと言葉を紡いでいく。


「ねえ・・・これでいいの?マサキちゃ」
「今は、お医者さんと患者さんの問題についてお話してます」
「えっ!?は?わかるの?何で!!」


私の反応に満足したのか、マサキちゃんは「えっへん」と得意げに胸をそらしてきた。


「素晴らしいわ、まぁちゃん。どこか、海外に住んでいたことがあるのかしら?」
「まぁちゃんはずっと、ここに住んでます。この番組は面白くて好きです」


――やっぱり、相当変わってるな、この子。
そもそも職業体験でメイドを選んでる時点で、個性派なのは予測できたけれど・・・。
そして、さらに彼女の奇行は続く。


「テレビ、消します」
「ええっ!面白くて好きなんじゃないの?・・・もー、わけがわからん」
「まぁちゃんのお話をしますね」


きっといちいち、理由を求めても仕方のないタイプなんだろう。
全然違うけど・・・自由さでいったら、熊井ちゃんみたいな。

「まぁちゃんのお話をしてくださるの?うれしいわ」

お嬢様も、このとおり楽しげに笑っているから、ま、いいとしましょうか。



「まぁちゃんは、英語を話せます」

そういいながら、聞いた事のない英語の歌を口ずさみつつ、大きな出窓へ足を進めるマサキちゃん。

いい声だ。歌も上手みたい。引き出しが多い事。


「音を聞くと、ピアノのドレミのどれだかわかります」
「絶対音感ね。素敵な感覚だわ」
「ドラムも叩けます。馬にも乗れます。友達の喋った事、ずーっと前でも覚えてます」

矢継ぎ早に喋り続けたマサキちゃんは、だけど次に私たちのほうを向いたときには、とても悲しそうな顔をしていた。


「・・・・でも、まぁちゃんは、みんなが頑張らなくてもできることが、できません」


お嬢様の背中に、緊張が走った。


「いっぱいやることがあると、何をしたらいいのかわからなくなっちゃいます。
給食を食べるのを先にしたら、ポスターを書いてからにしてよって怒られました」


その声はまるで、無機質なレコーダー。
寂しげな表情とはちぐはぐで、マサキちゃんが、一生懸命感情を抑えながら話しているのがわかった。

「お友達は、いっぱいいます。
でも、子供会のときに、まぁちゃんとは今日のしょくぎょうたいけんは、一緒にやりたくないって言われました。メイドさんはやりたいけど、一緒だと、まぁちゃんのせいで怒られちゃうから」
「まぁちゃん、こっちにいらっしゃい」

お嬢様がゆっくりと立ち上がり、マサキちゃんの肩を抱いて戻ってきた。
震えているのは、お嬢様なのか、マサキちゃんなのかはわからないけれど。
その小刻みな揺れが収まった頃、まぁちゃんは再び口を開いた。


「でも、あいかちゃんは、まぁちゃんとメイドやりたいって言ってくれました。
もしも怒られたら、一緒に謝ろうって言ってくれました。
さっき、むらかみさんに、注意されたときも、一緒にごめんなさいって言ってくれました。
だから、あいかちゃんを、怒らないでください。あいかちゃんが悲しいのは、まぁちゃん、いやです」



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