小春ちゃんと話して以来、進路のことをずっと考えてる。
大学だけじゃなくて、その後の進路のことまで含めて。
人生に関わることなんだから、しっかりと考えなきゃなあ。

そして、それは僕一人の問題じゃないんだ。
僕の未来ってことは、将来的に一緒になるであろう舞ちゃんに対する責任もあるんだから。
もう僕も子供じゃないんだ。真剣に考えてしっかりとした道筋を立てなければ。
それが定まったとき、舞ちゃんに向き合おう。そして、そのとき舞ちゃんにプロry

そのためにも、まずは進学のことをもっと掘り下げて考えていかないとな。

大学に進むとしたら、考えなきゃならないのは受験のことか。
そのうち現役大学生の桃子さんに大学受験について相談してみようかな。
って、桃子さんは推薦で大学に行ったんだったっけ。それじゃあ参考にならないじゃないか。まったく・・これだから頭のいい人は。
それでも賢い桃子さん(分かってるじゃん少年!)のことだ。相談すれば的確な意見を僕にくれるだろう。彼女が真面目に相談にのってくれれば、の話しだけど。
大学、かぁ。具体的に考え始めると、何か楽しくなってきたぞ。キャンパスライフが僕を待っている!


今もまたこのカフェで、そんな進学についてのことを考え込んでいた。
同席している熊井ちゃんを前にしているわけだが、どうやら今日の彼女のご機嫌はよろしいようで。
今日はこのカフェに来るなり雑誌か何かを取り出して、それを熱心に読んでいる熊井ちゃん。
とても静かで、平和な時間が過ごせている。これは珍しい。
お陰で、僕は自分のすべき熟考に没頭することが出来ていた訳で。

そんな熊井ちゃんが僕に聞いてきた。


「ねー、進路とかもう考えてる?」

唐突に聞いてくるのだけは、いつもと変わらないんだな。
そんな彼女が聞いてきたことは、実にタイムリーな、まさに僕がいま考え続けていたその話題だった。

「うん。僕は大学へ進学するつもりだけど。熊井ちゃんは?」
「うちも大学へ行くつもり」

へー、熊井ちゃんも進学するんだ。
何か、とても意外な感じがする。
意外っていうのは、彼女が進学することがじゃなくて、もうすでに進路を考えているということが。

でも、熊井ちゃんが進学すると聞いて、なんとなく嬉しい気分になったのは何故なんだろう。
そんな熊井ちゃんが続けて聞いてくる。

「学部はどういう方面を考えてるの?」
「それなんだけど、どうするか悩んでるんだ」


「僕は大学出たら製薬会社に入りたいと思ってたんだよね」
「製薬会社? それって、薬つくったりするの? 面白そう! わたしも薬を作るのとか好きだから」

薬を作るのが好き? 
熊井ちゃん手作りの薬って、なにそれ怖い。
だいたい、薬って手作りとかするものなんだろうか。熊井ちゃんのすることは常識では捕らえきれないな。
ひょっとして、薬じゃなくて、クスリの方じゃないだろうな。熊井ちゃん、犯罪はダメだよ。


「でもさ、物理のテスト12点だったんでしょ。それで理系は厳しいんじゃない?」

なんで点数知ってるんだよ・・・

でもまぁ、それと同じことを進路指導でも言われてるんだ。あまり夢を見ない方がいいとも。

「そうなんだよね。先生からはもう一度よく考えろって言われたし。向いてないのかなあ・・・・」

先生も言ってたけど、製薬会社を目指すにしても文系からでも進む道はあるみたいだし。悩んでしまう。
やっぱり文系なのかなあ。その方が学費も安いし。
(それに文系の方が遊ぶ時間もつくれるし女子の比率も高いしそれから合コンとかもムフフ。キャンパスライフ、エンジョーイ!!)

「文系の方がいいのかな、やっぱり。向き不向きで言ったら向いてそうだし」

「そんな感じで。何学部に進むことにするのかは、だからまだ考え中なんだ」


「熊井ちゃんはどうなの? もう具体的に考えてたりする?」
「うん、ちゃんと考えてるよー」

考えてるんだ。へぇ・・意外だな。
もぉ軍団の訳分からない活動のことしか頭に無いのかと思ってた。

熊井ちゃんはその凛々しいお顔で自らの進路を僕に説明してきた。


「うちはね、国際学部にしようと思って」
「国際学部?」
「そう。21世紀はね、グローバルな視点が必要になる時代なの。もぉ軍団が世界に進出するためにもインターナショナルな感覚を身に着けないとね」

もぉ軍団が世界に進出、って・・・

それ、ギャグで言ってるんだよね・・・

でも、目の前の熊井ちゃんの顔はあくまでも真面目な顔をしていて。

そうだよ。この人は冗談みたいなことを冗談で言ったりする人ではないのだ。
彼女の言う冗談のような言葉は、いつだって至って本気(マジ)なわけで。
つまり今言ったことも、本気でそう考えているのだろう。

この人は遂にもぉ軍団で世界に乗り出すことまで考え出しているのか・・・


まぁ、そのツッコミどころはひとまずおいといて、熊井ちゃんが進学についてもう既に学部まで絞り込んでいることに軽くショックを受けた。
それを聞いて、僕はちょっと焦りを覚えたんだ。
熊井ちゃんでさえ具体的な進路を決めてるんだ。僕はのんびりしすぎているんだろうか。
自分の進路なんだ、もっと真剣に考えなきゃダメだな。熊井ちゃんを見習おう。

そんなことを考えていると、熊井ちゃんが明るい声で僕に言う。

「よし! じゃあ、うちと同じ国際学部にしなよ!」

何が「よし!」なのか分からないけれど、熊井ちゃんは何か答えを見つけたようなスッキリとした表情だ。


「英語が得意科目なんでしょ。だったら向いてると思うし」

確かに、僕の唯一の得意科目と言えるのは英語だけど。

「昔からそうだったもんね、会話も得意じゃない。ヒアリングなんか英語のテレビ番組とか見て内容をちゃんと理解できたりするぐらいはいけるの?」
「そこそこは分かるかな。さすがにネイティブのレベルまでは無理だけど」
「うん、やっぱり英語を伸ばすことをもっと考えた方がいいよ。それを特技として武器にしなきゃ! 他には何も長所なんか無いんだから」

何も長所が無いとか大きな御世話だよ、と思いつつも、彼女の指摘にそうなのかもしれないなと思ってる自分もいたりする。

「じゃあ、決まりね。うん。学部も同じならいろいろと効率もいいだろうし」

おいおい、何か決まっちゃったみたいだぞ。
効率がいいって、なんじゃそれ。
熊井ちゃん、何か企んでいるのだろうか。

効率って何だ? 
受験勉強を一緒にしようってことか?


熊井ちゃんと一緒に受験勉強か・・・

ってことは、女の子と一緒に受験勉強・・・そう考えるとそれは確かに萌えるシチュエーションではあるけれど。
いいですねー!勉強のモチベーション上がるわね!って感じだ。一般的に考えると。

でも、その相手が熊井ちゃんとなるとどうなんだろう・・・
嬉しいような、困ったような。
まぁ、僕にとっては緊張感を保って勉強出来るだろうから、その意味では彼女の言ったように効率はいいのかもしれない確かに。

それでも、女の子と一緒に勉強をするということには違いないわけで。その状況はやっぱり魅力的かもムフ
うん、女の子と一緒に勉強するなんて、やっぱり嬉しいムフフフ
でも、その一緒に勉強する女の子が熊井ちゃんとなるとやっぱりどうなんだろう・・・(以下ループ)


混乱している僕とは対照的に、熊井ちゃんは次々と言葉を繋いでいく。

「それでね、行こうと思ってる大学も、もう決めてるんだ」

熊井ちゃんがあげた大学名は、硬派で名の知れている有名大学だった。
その名前を聞けば誰もが同じイメージを抱くであろう、その大学名。

そんな校風の大学に行こうと思ってるなんて、意外と男らしいというか、硬派なんだな熊井ちゃん。
どっちかというと、学園生よりも、うちの高校の生徒が進学するようなイメージの大学だと思うけど。
僕は大学もバンカラな校風のところに行きたいなと思ってた。
だから、その大学も選択肢の一つに当てはまるけれど、まさか熊井ちゃんもそっち系だったとは。


「うちも、このあいだ進路指導があってね、そのとき資料を貰ったの」

机の上に広げていた冊子を閉じて、それを僕に見せてくる熊井ちゃん。

なるほど、さっきから熱心に読んでいたのは大学案内の資料だったのか。
今日はこのカフェに来るなり何か静かだと思っていたら、それをずっと熟読していたという訳だったようだ。
相変わらず好きなんだな、こういう資料。
こういうのを貰うたびに、それを隅から隅まで熟読してるんだろうな。


「この大学は施設が充実してるんだよね。キャンパスも広くてキレイだし。
「語学教育にも力を入れてるから。ほら、英語が得意なんだから打ってつけでしょ。特技なんだから、しっかり伸ばしていったほうがいいよ」

「入試も英語の配点が高いし、ちょうど良かったじゃない。他の科目は壊滅的な点数しか取れなさそうなんだから」

ちょ、ちょっと待って。

なんか、さっきから熊井ちゃんの言い方が妙に引っかかる。
その大学に進学するのは誰なんだ? 熊井ちゃんじゃないのか。
まるでその対象が僕であるかのように聞こえるんだけど。


「あ、あの、熊井ちゃん?」
「なに?」
「いや、その、どうして僕にそんな熱心にその大学の説明を?」

じっと僕を見つめた熊井ちゃんが、落ち着いた口調で僕に言った。


「あー、ごめん。ちゃんと説明してなかった」


珍しく彼女が僕の言うことをちゃんと聞いてくれたことに感動した。
これは本当に珍しいことだから。

が、その次に熊井ちゃんの言ったセリフ。それを聞いて僕は腰を抜かしたのだった。


「つまりね、こういうこと」



「一緒に行こうよ、この大学に」




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最終更新:2013年11月17日 18:39