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その日、僕は夜勤で、お屋敷の敷地内を巡回していた。
日中は緑あふれ、お嬢様や寮の皆さんのキャッキャウフフな嬌声が響き渡る庭園も、今は暗闇の中、シンと静まり返っている。
うっそうと茂る木々は妙な圧迫感をかもし出していて、気を抜いたら呑まれてしまいそうな迫力があり、背筋に冷や汗が流れ落ちた。

“オメーにいいこと教えてやるよ。このお屋敷は、出るかんな。お嬢様のほんわか癒しオーラが、彷徨える魂を呼び寄せてしまって云々”

今日の夕方、いつもどおりオラオラ執カスと絡んできた有原さんの、そんな言葉が頭をよぎる。

ふっ、大人の男として毅然とした態度を取り続けている、紳士でダンディな僕としては、小娘(有原)のそんな戯言なんて・・・


――バタバタバタバタ

「ぎええええ」


背後で鳥の飛び立つ音がして、瞬時にぴょーんと飛びのく。
はいはい、どうせ僕はヘタレですよ。幽霊とか、ほんとやめてほしい。
この夏の夜特有の生暖かい風も、まるで怪奇現象の前触れを演出しているように感じられて、焦燥感を掻き立てられてしまう。

こんな時はそうだ、楽しいことを考えよう。
ふふふ、今日は朝食の鮭定食が皆さんに好評だったなあ。たまには白だしの味噌汁もいいかもしえれない。中島さんが珍しく、ご飯のおかわりをしていた。
しかし・・・食後に緑茶を飲んだお嬢様が軽く咽せられて、そのことで萩原


「いやいや、もっと楽しいこと。楽しいことを!」


ええと、僕が手がけたお屋敷の階段に置いてる生け花を、村上さんが超絶上から褒めてくださっ・・・いや、もっと男らしい感じの!
大成することより、日常生活の中に小さな喜びを見つけるほうが、僕の性には合っているのだろう。宝くじですら、外れるのが怖くて買えないというビビリキングなわけで。

しかし・・・こんなことで将来は大丈夫なのだろうか、僕。
仮にこのまま執事としてキャリアを積んでいくとしても、執事長のように、鈴k・・・いやいや、どなたかと結婚するようなことがあるかもしれない。
そんな時、こんなにみみっちい根性&性根で、愛する人を守れるのだろうか。
いっそ、鬼軍曹様のような漢な女性(?)に婿入りして、3歩下がってしずしずと着いていくような人生もいいのかも。しかし、僕の場合は顔面偏差値が(ry



「・・・あれ?」

そんなことを考えながらふと立ち止まると、さっきの鳥の羽音とはまた違う、異音を耳がキャッチした。
ごく近くで、キィキィと何かが軋む音、それからボソボソという、人間の・・・声。

恐る恐るその方角に目を向ける。
寮とお屋敷をつなぐ、小さな中庭。白い箱ブランコが設置してある、お嬢様のお気に入りの場所。


“出るんだよ、ここは。縄梯子歴3年のあたしが言うんだから間違いないかんな。
夜な夜な庭園を彷徨う、あの白い影・・・間違いない。あれは9歳の美少女の亡霊で

――深夜の庭園。青白い顔の女の子が、虚ろな表情で箱ブランコを漕ぐ様が頭をよぎる。
僕が近づくと、ニヤーッと笑ったまま、じょじょにその体は闇に溶けていって・・・


「違う違うそんなはずはない。ははは、有原さんめ、冗談がすぎますぞ」

そう言ってはみるものの、完全に足が固まって、ひざがガクガクと震えている。

どどど、どないしよう。
そんなもんより生きている人間のほうがよっぽど怖いじゃん、なんて村上さんとかは言うけれど、幽霊なんて話し合いも出来ないじゃないか。さわれないし、白くてぼんやり浮いてて怖いし。

だ、だが、僕は執事だ(キリッ)。執務の一環として、この怪音を発している要因を必ず探り当てなければならない。そのためのパトロールであり、ここに住まう美少女たちの安全を(ry


「おばけなんてなーいさ!おばけなんてうーそさ!!!!セイッ!」


そうだ、僕自身が騒音になってしまえば問題ない。
右手に警棒、左手に懐中電灯を構えながら、僕は大またでその場所を目指した。


“そうね・・・も、・・・なった”
“全部・・・なったわ”


そして、じょじょに距離を詰めるにつれ、はっきり聞こえてきた。女性、の声。こんな時間に・・・?
こんなに存在感があるならば、幽霊という線は消えたということでいいんだろう。ああよかった。
ただ・・・そうなると、人間か。奥地の庭園にわざわざ侵入するなんて、気合い入りすぎだろう。しかも女性って。
まあ、最近の変質者は性別を選ばないありはらかんなでしゅ。考えてみれば、はぐれ一派以外にだって、さゆみさんみたいな不審者もいるわけだし、先入観は持たないほうが良いだろう。
しかし、不法侵入者とはいえ、女性を警棒で攻撃などしていいものなのか。村上さんに応援を要請すべき?いや、それは危険だ。軍曹はアカン。ここはジェントルメンでイケメンな僕がまずは説得でですね・・・。

どうやら幽霊ではなく、しかも生身の人間の女性だったという事で、僕は少々強気になっていた。

――キィ・・・キィ・・・

箱ブランコが軋む音。その手前のパーテーションまで移動する。
乗り込んでいる人の、息遣いさえ聞こえそうな距離。自分の鼓動が早まっていくのを感じる。


“だけど・・・ないの”
“こころの・・・が”

――喋り声じゃない?というか、あれ、この声は・・・


「どんな・・きれいな子に 化けたとしても・・・心がかわいくない」


その、鈴が小さく震えるような声。消えてしまいそうなのに、強く耳に残る独特の歌声。
僕はそれを知っていた。

お屋敷の用具室、奥階段の死角、人気のない屋上テラスの片隅。
その音色は、まるで姿を見られるのを嫌う妖精のように、誰もいないと思ったときにだけ、こっそりと小さな唇から零れる・・・


「お、お嬢様ですか?」

声がうわずる。
深夜、本来ならベッドでお休みになっているはずの、千聖お嬢様が、なぜ。


「・・・」

僕の呼びかけに反応なさったのか、声が止まる。驚かせてしまったのだろうか。
ああ、そうだ、明かりを灯してさしあげないと
というか、まずは姿を現して・・・。


「失礼します、お嬢様」

体を起こし、箱ブランコの袂にライトを向けてみる。

そこに4本の足が並んでいた。

「え・・・」
「あー、こんばんは、執事さん。ケッケッケ」


あばばばばば
一瞬で頭が真っ白になり、懐中電灯が手から滑り落ち、足の小指の上に落ちる。

「うおっ」
「ケッケッケ、大丈夫ですか?」
「お、オカマ!おかまかかいなく!」

ま、まさか鈴木さんが・・・。
僕の心の天使ズが、こんなところに集結しているとは思わなかった。ちさあい最高!

月明かりがほの暗く照らし出している、2人の少女。
夏用の薄いピンクのキャミソールに、ナイトキャップまでおそろいのその姿。どんな美少女アイドルユニットでも敵わないような、非現実的なオーラを、深夜の庭園に放っている。

良くみれば、お嬢様は鈴木さんに体を預けるようにしたまま、すやすやと眠り込んでいるようだった。
さっきまで、確かに歌声が聞こえていたのに・・・?僕はますますわけがわからなくなっていた。



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