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頂上を後にして山を下るときも、熊井ちゃんの機嫌はよろしいようだった。
いつもとは目が違うもん。そう、目がまるで違う。


「山道っていうのは、下りのときの方が危ないから。気をつけてね、熊井ちゃん」

そう言って、振り返って彼女を見ると、熊井ちゃんはもう汗だくだった。

大粒の汗が滴っている。相変わらず凄い量の汗だ。
でも、熊井ちゃんのその姿は、実に爽やかで。
いいものが見れて嬉しい・・・なーんて思ったりしちゃったりして。

それに、これを見ないと夏になったって感じがしない。
やっぱりこの汗だくの熊井ちゃんの姿を見ないと。

その汗で光るうなじにいつまでも見とれてしまいそうになったが、どこかから殺気を感じるので慌てて視線をずらした。


僕のそんな葛藤など全く気付いてもいない熊井ちゃん。
本当にご機嫌な様子。珍しいなあ、僕の前でずっとそんな姿を見せてくれるのは。


そんな、ご機嫌な熊井ちゃんが僕に話しかけてくる。

「ねぇ、明日さー、お嬢様のお屋敷に行ってみようよ」
「明日?お屋敷に?何をしに行くの?」
「夏休みでしょ、海夕音ちゃん帰って来るんだって、明日。会いたいじゃない?」
「えっ!? 海夕音ちゃんが帰って来るの?」

海夕音ちゃんがお屋敷に帰って来るっていうのか!
それは是非会ってみたいな。


海夕音ちゃんに会うのは、久し振りのことになる。
この前あの子に会ったのは去年の学園祭のときだった。

あの時はびっくりしたっけなあ。(だって、あのみおんちゃんが実は千聖お嬢様の妹様だったなんて!)
海夕音ちゃんに会うのはその学園祭以来になるから、また大きくなってるんだろうなあ。
あの年頃の子は本当に成長が早いから、会うたびどんどん大きくなっている。


「それに、今年もお屋敷の庭にプールを作ったんだって。それも見たいよね」

プール?

何だ、それは?
今年も作ったって、わざわざプールを毎年作ったりするのか。さすが岡井家。やることが豪快だなあ。

まぁ、そこは別にいいけれど、プールってことは、だ。
当然、み、み、水着!?


「ね、お屋敷に行きたいでしょ、明日?」
「い、行きます!絶対行くから!!」
「やっぱり食いついてくるんだ。あははは」

え? 食いついてきたw、って言われた。

読まれてる? この僕の心の中を?
あの熊井ちゃんに? 有り得なくね?

まぁ、読まれるっていうか、今の話しの流れではいくらなんでもバレバレだったんだろうか。

「ち、違うよ、そんな。別に僕は寮生の皆さんやお嬢様の水着が目当てなんかじゃなくt
「ホント海夕音ちゃん好きだもんねー。その名前出したらがっつり食いついてくるとかーw」

熊井ちゃんが人の話しをまるで聞かない人で助かったよ。
このときだけは、人の話しを全く聞いてない熊井ちゃんのその性格に心底感謝した。


危ない危ない。

僕の頭の中は、熊井ちゃんから聞いた明日のことで妄想一杯になりつつあるが、落ち着いて。
気をつけなきゃ。考えてることを決して表情に出さないように。
桃子さんに指摘されたような、思ってることを口に出したりもしないように気をつけながら。


水着かぁ。ムフフフ。
舞ちゃんや、千聖お嬢様や、愛理ちゃんや、そんな皆さんの水着姿。
あの真面目そうななかさきちゃんの水着も?                (有原は別にいいや)
たまりませんね、これは。

待てよ。
プールに行こうって熊井ちゃんが言うってこととは、熊井ちゃんの水着だって・・・・


た、楽しみだぁ!! ヌフフフフ。


だけど、ひとつ素朴な疑問がある。

僕がお屋敷の中になんて入れてもらえるんだろうか?
ましてやプールサイドに?
さすがにちょっと有り得ない気がするんだけど。


でも、熊井ちゃんの横に付いていれば、そのどさくさに紛れて一緒に入ることも出来たりしちゃったりもする?
だって、熊井ちゃんが行こうって言ってるんだから。僕は彼女の言うことにただ従っているだけです。

この熊井ちゃんに不可能という文字は無いんだ。
そんな彼女に付いて行けば、お屋敷の中だろうと入れたりするのかも。
僕としては彼女のその可能性にかけてみたくなる。頼むよ、熊井ちゃん。


僕も忙しいのだが、熊井ちゃんの言ったことを断るということは僕には許されていないんだ。
これは熊井ちゃんが誘ってきてるんだから、僕としては行かないわけにもいくまい。

しょうがないなあムフ。
別に僕はそれほど積極的に行きたいってわけじゃないけれど、熊井ちゃんがそんなに言ってるんだから僕としては彼女に付き合ってあげなくては。


ムフフフ♪

みなさんの水着姿なんて・・・
想像するだけで、もう今から明日が待ち遠しくてたまりません。

すっかりウキウキとした気分になりながら、山道を下っていく。
その登山道は昨日からの雨ですっかりぬかるんでいた。

「熊井ちゃん、滑るから気をつけてね」
「もうドロドロだよ!」

ぶーたれてる熊井ちゃん。

僕はそんな他人の心配をするよりも自分の心配をすべきだったのだ。


いま僕の頭の中は、熊井ちゃんから聞いた明日のこと(水着!!じゃなくて、みおんちゃん!!)で一杯になっていた。
それで、すっかり緊張感が緩んでしまっていたのかもしれない。注意力も散漫になっていたんだろう。


下っているとき、つい気を抜いて、右足がそこにあった浮石を踏んでしまった。

そして、その瞬間、膝が抜けるような感覚になった。

普段だったら、何てことも無いようなことだったかもしれない。
でも、今は先日のバイトで足腰が重くなっていたこともあって庇いきれなかった感じ。
だから、衝撃を分散することなく、直接的に膝にその力が真っ直ぐ伝わってしまった。


あ、まずいかな、今の。


直感的にそう思った。

今のは、ヤバかったかもしれない。
そう思って緊張したが、特に何か変化が起きたりはしなかった。


思わず立ち止まってしまった僕。
そのすぐ後ろを歩いていた彼女に声を掛けられる。

「どうしたの?」
「・・・いや、なんでもないよ。・・・滑るから気をつけて」
「さっきもそれ言ってたでしょ。同じこと何回も言って。鳥頭かw」


そう言って僕をからかってくる熊井ちゃん。

でも、その声が耳に入ってこないぐらい、いま僕は上の空だった。
だから、その熊井ちゃんのからかいに対しリアクションを取ることさえ僕には出来なかったんだ。



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