※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。



言いかけて、僕はぐっと言葉に詰まった。
目のまえの、目をぱちくりさせている鈴木さん。
そのお顔が、とてもきれい過ぎて、言うべき言葉が引っ込んでしまったのだ。

だが、これは真夏の夜の泡沫の夢。
もう、今しかない。これを逃したら、僕が鈴木さんとこんな風にお話できることなんて、二度とないだろう。
伝えるなら、今。今しかない。



「執事さん?」
「鈴木さん・・・その、僕は、鈴木さんの」



バシャー!!!!


「おわあ!?」


突然、頭上から、何とも言えない衝撃が襲い掛かってきた。目のまえがなぜか濁る。
数秒経って、肌にまとわりつく燕尾服の不快感と、鳥肌が立つような急激な体温の低下で、自分が水を被ったということに気がついた。


「な・・・何だ?」
「あー、ごめんだかんな。手が滑っちゃった」


その特徴的な語尾に、僕の胃がキュウッと痛みを発し出した。
振り向かなくてもわかる。でも振り向かなくてはいけない。
水で役立たずになったメガネを外して、恐る恐る視線を向けた先に、腕組みをした女性が立っているのがぼんやりわかった。

「あ、有原さん」
「お嬢様と愛理にお水の差し入れをと思って、いっぱい汲んできたんだけどぉ、間違えて零しちゃったかんな。てへぺろ」
「て、てへぺろって、バケツで・・・」

僕の突っ込みなんて当然のようにシカトで、有原さんはそっと鈴木さんの横に並んで、腕を絡めた。

「ケッケッケ、私にもちょっとかかっちゃった」
「ごめんごめん、あとでゆっくりと栞菜が拭いてあげるかんな。隅々までね。じゅるり。・・・おい、オメー、何ぼーっとしてんだよ。早く仕事に戻るかんな。
愛理とお嬢様は、あたしが責任もってお屋敷に誘導するから」
「は、はぁ・・・」

未だ自体を把握し切れていない僕を嘲笑うかのように、鈴木さんの手を取ったまま、箱ブランコのお嬢様のほうへ向かう有原さん。


「お嬢様ー、お散歩は終わりだかんな。戻りましょ」
「ん・・・うた・・・まだ、うた・・・」
「あとであたしがベッドの中で歌って差し上げるかんな。淫靡な音色を一晩中奏でてさしあげるかんなフヒヒ」


ああ・・・お嬢様が野獣(オイコラオメー)に攫われようというのに、僕ときたら、水をぶっかけられたショックで気が動転して、立ち上がる気力もない。


「あ・・・燕尾服、濡れちゃいましたね。めぐぅを呼んできましょうか?ケッケッケ」
「あばばば、お、おかまいなく!すぐに乾かして業務に戻るので」
「そうですかぁ」


天使様のせっかくのお心遣いにも、おかしな態度を取ってしまって、自己嫌悪はますます募るばかり。


「はぁ・・・」

お嬢様を真ん中に、お屋敷へと戻っていく3人の姿を見つめながら、僕は深くため息をついた。


「・・・ねえ、ちょっと執カス」
「うおっ」


そして、水責めの次は、唐突な脇腹パンチ。
ボグッといい音がして、鈍痛がアバラの間をとおりぬけるのを感じた。


「な・・・なんでここに」
「今日みんな外出してるじゃん。舞がいたらいけないんでしゅか」

神出鬼没とはまさにこのこと。
小さな拳を軽く振りながら、上目づかいに睨みつけてくる萩原さんが、アゴで起立を促してきた。
経験上、なんとなくわかる。これは、相当機嫌が悪いぞ。こめかみの辺りがぴくぴくと動いている。


「何か言う事ないの?」
「・・・その、お嬢様に、みだりに接触して、申しわけありませんでした。執事としての分を・・・」
「そんなことどうでもいいんだけど。ったく、わかってないでしゅね」


あれ・・・違うのか。
有原さんは、何もなくても僕をサンドバックにしてくるけれど、萩原さんはちょっと違う。
お嬢様絡みでなければ、僕なんて背景の一部ぐらいにしか感じてないから、こうして攻撃を仕掛けてくるのであれば、確実にさっきの、天使ズの庭園ライブの事だと思ったのに。

「・・・」

萩原さんはジッと、観察するように僕を見つめている。
こんな美少女にガン見されるなんて、傍から見れば羨ましすぎる光景なのだろう。
だが、その眼光は鋭く、宛ら獲物を品定めする猛禽類の如し。親鳥に巣に残された、哀れな小鳥のような心境で、覇王様の次の言葉を待つことしかできない。


「・・・まあいいや。舞には関係ないことだし」

やがて、観察に飽きたのか、萩原さんは軽くため息をついて軽く笑った。

「はぁ・・・」
「あのさ、ちゃんと栞菜に感謝しなよ」
「は・・・感謝・・・ですか?」

萩原さんが有原さんを“栞菜”と呼ぶときは、少しいつもと勝手が違う。
何かを真面目に伝えようとしている。だから、彼女の言わんとすることを考えてみたのだけれど・・・よくわからない。


「わかんないの?ったく、これだから男って。いーや。舞ももう帰るから。おやすみねー」
「え?あ・・・はい、おやすみなさい」


せっかちな萩原さんは、煮え切らない僕の様子に呆れたのか、さっさと寮のほうへ戻っていってしまった。

さっきまでの天使たちの調べ、それから有原さんの暴虐、萩原さんの尋問が嘘みたいに、僕一人になった庭園は静まり返った。


「はあ・・・」

心地よい夢から、強制的に目覚めさせられたような倦怠感。
転がったままの懐中電灯を拾うと、僕はとぼとぼと巡回を再会した。


それにしても・・・一体、萩原さんは何を言っていたんだろう。
有原さんに感謝しろって、僕、水ぶっかけられたんですけれど・・・。
そう、しかもあれは、ちょうど鈴木さんに、僕の・・・


「あ・・・・そうか!アオウ!」


突如、1つの推論が脳裏をよぎり、また手の力がふわりと抜ける。
言うまでもなく、三度目の落下懐中電灯も、鮮やかに小指へクリーンヒット。


「いででででで」

そのまま芝生に転がった僕は、満天の星空を見上げながら、萩原さんの言葉をもう一度反芻した。


“栞菜に感謝しなよ”

「・・・たしかに、おっしゃるとおりでした」


あの時・・・鈴木さんが僕の足元にかがんで、視線がぶつかったとき、僕は一体、何を言おうとしていた?
勢いのままに、“それ”を言ってしまったら、僕はどうなっていた?

万が一、お屋敷のスタッフに事が知れてしまったら・・・職を追われていた可能性だってあるじゃないか。
敷地内の寮の生徒さんに、執事として逸脱した感情を持ち、あまつさえそれを伝えようとしていたなんて。

有原さんの行動は、僕の頭を冷やしてくれた。
それが親切心なのか、単に不純物に水をぶっかけたかったからなのかはわからないが、とにかくあれで僕の頭はいったんリセットされたわけで。
ここに来て、漸く僕は、萩原さんの言葉の意味を理解したのだった。

「・・・なさけない」

執事として、頑張って行こうと決めた矢先に、何をやっているんだ、僕は。
天にかざした、ぐしょぬれの手から落ちる水が、虚しく顔に降り注いでくる。


「・・・あ、いた。おーい、生きてますかー」

程なくして、パタパタと元気な足音が聞こえて、僕の顔の前でぴったりと止まった。

「・・・村上さん」
「うーわ、びしょびしょ!ここだけお天気雨でも降った?とかいってw」

――あのー、スカートでそこに立たれると、いろいろと見えてしまう可能性がですね・・・。
でも村上さんは鈴木さんのように、屈んで様子を伺ってくることもなく、仁王立ちのまま「ほら、立って立って!」と僕の襟首をぐいぐい引っ張った。


「着替え、持ってきたから。洗濯はやっとくんで早く着替えてください」
「・・・はぁ」
「なんだよ、元気ないなぁ。せっかく鈴木さんが心配してくれてたっていうのに」
「はぁ・・・・・・ええっ!」

僕のわかりやすいリアクションに、村上さんは肩を揺すって楽しそうに笑った。


「ほ、ほんとですか!」
「ほんとほんと!“みずびたしつじさんがフガフガでモゴモゴ♪”ってそれはもう楽しそうに」
「楽しそう・・・それは喜んでいいんでしょうか」
「いーんじゃない?よくわかんないけど」

それ以上は何も言わずに、村上さんは僕の数歩手前を早足で歩き出した。
こういう時の村上さんって、意外と(なんだとー!)優しい。頭のいい彼女のことだから、大体の事情はわかっているだろうに、踏み込んでこないその適度な距離感が、今の僕には大変ありがたかった。

「村上さん」
「はーい」
「僕、頑張りますよ!」

気合入りすぎて、声が裏返るのを、うひゃひゃと笑って真似てくる村上さん。

「頑張りますよォ!って、何を?」
「全部です。もろもろ頑張った先に、何か見えてくるものがあるのではないかと」
「いいですねー。努力家な男子を嫌いな女子はいませんぜ、旦那。ムフフ」

――あ、やっぱり気づいてたんですね。


「ほらほら、急いで!勤務中なんだから、さっさと着替えて仕事に戻る!」



さっきまでと同じはずの夜風が、心地よく感じられる。
小走りの村上さんの背中を追いかけながら、僕はさっきの鈴木さんの歌声を耳に甦らせて、幸福感を取り戻していった。




リ*・一・リ<先日は、千聖の寝ぼけ癖のせいで迷惑をかけたわね

(執△事)イエイエ

リ*・一・リ<ところで、歌はお好きかしら?

(執△事)<はい、聞くのは好k

リ*・一・リ<まあ素敵ね!それなら今ここで1曲歌いなさい!命令よ♪
(執△事)<
ワクワク リ*・一・*リ ワクワク

クネクネ(執△事;)<お・・・大きな愛でもてなしてぇん(裏声)


Σリl|*´∀`;l|何事!  ウフフフフウフウフウフフウフフウフフフウフ>オジョウサマドウカオシズカニ!>



次へ

TOP