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「遥、別荘に着いたわ。起きてちょうだい」

次に私が意識を取り戻したのは、千聖ちゃんのふわふわな声で名前を呼ばれたときだった。
いい夢を見ていた気がする。この現実とちがって、千聖ちゃんと2人っきりだったような。

「あれ、マサキは?」
「ウフフ、お庭へ駆けて行ってしまったわ。遥も遊んでいらっしゃい」

えー、マサキのお守りか・・・。私は千聖ちゃんと遊びたいんだけど、聞き分けのいいようにしておかないと。嫌われたくないし。


「千聖ちゃんは?」
「すこし、部屋でお休みするわ。あとで一緒に海へ行きましょうね。め・・・村上さん。荷物を」
「はい、かしこまりました」

よっぽど疲れていたのか、千聖ちゃんは簡単なジェスチャーと二言三言だけメイドさんに告げると、お迎えに出ていたほかの召使いさんたちのところへ歩いていってしまった。

まあ、千聖ちゃんといたいけど、仕方ないよね。とりあえず、散策だ。
車から降りて、まずは千聖ちゃんの別荘を見上げる。

二階建て、かな。クリーム色の壁に、風見鶏のついた朱色の屋根。
そんなに大きくない(といっても、うちよりデカイよ!全然!)けれど、やっぱり普通の家とは全然違う。
例えるなら、昔遠足で行った絵本の博物館。クリーム色の外壁に丸い形のドアとか、大きなステンドグラスが填まった窓とか、いかにもちびっ子が喜びそうなデザイン。

みずきちゃん情報だと、千聖ちゃんちの決まりごとで、中等部に上がるまでは、お父さんお母さんと一緒に色々な土地で過ごすらしい。
きっとこの別荘も、お父さんの仕事で家を離れるとき、使ったりしていたんだろう。それで、こういう子供向けのデザインになってるのかな。
千聖ちゃんは妹が2人に、弟が1人いるって聞いた。その子たちもここにいたのかな。ていうか、1番小さい妹ちゃんは、まだここに住むこともあるのかな。そう思うと何か不思議な感じだ。


「ふぅ・・・」

大きく深呼吸をすると、気持ちいい空気がいっぱい体に入ってくる。
海のにおいと、草木のにおいが混じりあう。そのかぎ慣れないにおいに、やっぱり特別な場所なんだなって実感する。
ここは一応道路はあっても、車なんて全然来ない。家の周りの庭も、綺麗にしてあるけれど、いかにも庭です!って感じじゃなくて、自然に生きている植物を大事にして整えられている。
学校の林道とはまったく違う、本当に自然の中に存在する、日常からかけ離れたような空間。
こういうのが、ホンモノの“別荘”なんだろうな。無駄がいっさいない。

一体、小さい頃の千聖ちゃんは、ここでどうやって過ごしていたんだろう。
周りには他の家とか全然なくて、自然の中にぽつんとこの家が建っている感じだし、友達とかいたのかな。
私みたいな性格だったら、適当に遊びたい子に声かけて、名前知らないけどとりあえずサッカーやろうぜ!的な交流もアリだろうけど・・・どうなんだろ、お金持ちの子だと難しそうだけど。
そもそも1つの場所にずっといるわけじゃないなら、転校しまくりだったんだろうし・・・。
かりんやみずきちゃんが言うには、昔の千聖ちゃんは、すごくおとなしくて怖がりなタイプだったらしいから、いろいろと苦労も多かったのかもしれない。

考えてみれば、私は千聖ちゃんのことが大好きだけれど、大好きなだけで、何も知らないのだった。
ラーメンが好き。お昼寝が好き。数学は嫌い。そんなことしかわからないんだって、そう思うと何だか胸が痛くなる。

ここに泊めてもらってるうちに、もっと距離を縮めたい。
ハギなんとか以外の、他の寮生の人とかもいなくてよかった。千聖ちゃんと過ごして、千聖ちゃんといっぱいお喋りするすごいチャンスだ。あとは・・・


「おい、マサキ」

考え事をしてるうちにたどり着いたのは、駐車場の裏のお庭。
そこで、マサキが四つんばいになってものすごい速さで駆け回っていた。

「うっひょおおおお!まぁちゃんここでドッグランします!わんわん!」

充血した目で、海が見える芝生の庭をドドドドと走り回るマサキ。なんだこいつ・・・悪いものでも食ったんか。
自分のテンションとの差に、軽くめまいを覚える。

「落ち着け!マサキは犬じゃないだろ!」
「わんわん!楽しーいー!あひゃー」

いいなあ、マサキは。なんも悩みなんてなさそう。
こうやってメチャクチャに、自由に暴れたって許されるんだ。私なんて、ちょっと暴走したら、みずきちゃんの謎の拳法で仕留められるっていうのに。

「すどぅーも一緒にやりましょう!わんわん!」
「やんねーよ」
「楽しいのにー。わわわん!がるるー」

――あれ・・・でも、なんかずっと見てたら面白そうに見えてきた。
だだっ広い芝生に、コロコロ転がってみたい。あれ、絶対気持ちいいだろ。
私は結構自由なほうだけど、一応最低限度のルールは守ってるつもりだ。でも、マサキには、こいつにはそんなものはまったくない。


「すどぅ!すどぅ!」
「はいはい、わかったよ。しょうがねえなぁ」

マサキの目のまえでかがんで、四つんばいになってみる。
すると、いきなり右肩に頭突きの攻撃が降ってきた。


「わわん!」
「やったな、てめー!」

ぎゃんぎゃん、ガルガルと威嚇し合いながら、上にのったり下になったりの取っ組み合い。
もちろん、本気で殴りあったりなんかしない。
あくまで犬っころの真似っこで、ぽくぽくと手を押し付けあったりくすぐる程度。

「あひゃひゃ!わんわん!」
「うひゃ!お前噛むなよ!わん!」


やばい、テンション上がってきた。
体が土にまみれて、埃にまみれるのが面白くてたまらない。
クラスの子と違って、マサキは遠慮してこない上に攻撃がしつこくて、どんどんハイになる自分が抑えられない。


「くらえー!スーパーローリングドッグ・・・」


「おふたりさーん。お茶の準備ができましたけれどー」


私が後ろ足、もとい両の足で立って、マサキに飛び掛ろうとしたその瞬間、2階の窓から村上さんというメイドさんが私たちを呼んだ。


「あっ・・・はーい」
「あは、泥まみれ。遥さん、迫真の犬演技でしたねー、とかいってw」

改めて言われると、なんだか恥ずかしくなってくる・・・。
しかもマサキは、どんな技を使ったのか知らないけれど、全然汚れてないし。
私1人、真っ黒けのTシャツに、顔もおそらく土まみれだろう。

「すどぅさんたら、おはしゃぎあそばしておりますですね」
「てめー、ちょーしのんなよ!」
千聖ちゃんにこの姿を見られなかっただけでも、まだマシだと思うしかない。

「さ、早く着替えて。シャワー室へ案内しますからね」

下りてきた村上さんが私の背中を押しながら、ふいにスッと目を細めて笑った。


「なんですか?」
「むふふふ」

いやな笑いだ。みずきちゃんが私をからかう時の、あの年上ぶった余裕の笑みに似ている。

「あの、言いたいことあるなら・・・」
「あとで、いいもの見せてあげる。ふふ、マサキさんにはナイショね。あの子はすぐぶち壊しにしちゃいそうだし」


なんのことだかわからなくて、ボーッと顔を見つめていると、メイドさんはさらにこう続けた。


「むふふ、天使の寝顔、みたいでしょ?」



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