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眠りこける千聖ちゃんは、ピクリとも動かないで、ふっかふかのベッドに埋もれて幸せそう。
私がちょっと顔を近づけたぐらいじゃ、起きないだろう。
みずきちゃん情報だと、千聖ちゃんはものすごく眠りが深くて、一度寝たら次に意識が戻るまでかなり時間を要するタイプだとか(つかなんでそこまで知ってんだろう)。
ためしに、瞳と同じ深い茶色をした髪を軽く撫でてみる。

「んん・・・」

さっきと同じく、手振りで違和感を伝えてくるも、起きる様子はない。

――これなら大丈夫だ。別に、く、く、唇にするわけじゃないし、これぐらい、ちょっとぐらいなら。

顔を近づけると、千聖ちゃんのバニラの香りがいっそう強くなる。
実を言うと、私もこのコロンを持っている。オーロラに輝く、とても綺麗な小瓶に入っている。
千聖ちゃんのお父さんの会社で作ってるんだって聞いて、今年のお父さんとお母さんからの誕生日プレゼントにしてもらった。
でも、全然私には馴染まなくて・・・千聖ちゃんにしか似合わない、その甘さ。それが今、私を包み込んで、まるでこの世界に私にしかいないんじゃないかって気持ちになる。

「よーし・・・」

私の息で眼を覚まさないよう、呼吸を止めながら、ぷっくりしたそこに唇を押し付ける。

「わああ」

無意識に変な声が出て、私は慌てて部屋を飛び出した。
心臓が飛び出しそうなくらい、どきどきと体の中で波打っている。

やっちゃった、やってしもうた。ついに、ちゅーしてしまった!
指、めっちゃ震えてる。こんなに緊張したことなんて、今までそんなになかった。

千聖ちゃんのほっぺ、柔らかかった気がした。あったかかった気もする。だけど、頭が真っ白になっててちゃんとは思い出せない。
ただ顔に、唇をくっつけただけだっていうのに、ずいぶんな大仕事をやった後のような疲労感が、体中に広がっている。

大丈夫かな、バレてないかな。
万が一気づかれていても、別に嫌われたりすることはないと思うけど・・・あー、ほんとにしちゃったんだ、ちゅー。


ああ、でも、もし嫌がられてたら・・・こういうのはお互い好き合ってないといけない気もする。
後悔と嬉しさが次々交互に襲ってくる。こんな経験は初めてだった。まるで自分が自分じゃないかのようだ。


「うふふ、それが大人になるっていうことなのよ、遥ちゃん」
「うおおお!」

突然目のまえに現れた顔面に、思わず後ずさりして背後のクローゼットに頭をぶつける。

「いってー!」
「うふふふ、遥ちゃんたら、大丈夫?悩み多きお年頃なのね」

そこにいたのは、私の悪友・羊の皮をかぶったなんちゃらのみずきちゃんだった。
ロングワンピースに籠バックと、オシャレな余所行きの格好をしている。

「・・・え、てかなんで?ここ、千聖ちゃんの別荘だよ?」
「ええ、今日はちょっとお使いにね」
「なん?」

微妙に噛み合ってない会話に私が頭を捻っているあいだに、みずきちゃんは千聖ちゃんが眠る奥の部屋のドアに手を伸ばしていた。

「あー、だめ!」
「どうして?」

ガシッと手首を掴んだのに、みずきちゃんは涼しい顔。

「今、寝てるから。起こさないであげてよ」
「優しいのね、遥ちゃん」
「まあそれほどでも」

しかし、優しくにっこり微笑んだみずきちゃんは、次の瞬間、なんともいやらしく唇をゆがめた。

「でも、さっき千聖お嬢様の安眠をさまたげようとしていたのは、遥ちゃんよね?うふふふ」
「・・・・・はぁ!?」

一瞬、何のことかわからずに黙った私は、それでも次の瞬間、みずきちゃんの言わんとすることを理解した。
思わず勢いよく立ち上がり、再び頭をゴチンと後ろに打ちつける羽目になってしまった。

「あらあら、遥ちゃんたら」
「・・・見たの?」
「なにを?」

くっそー、みずきちゃん、悪い顔してる。私が絶対答えられないのわかってて・・・。

「私の家、家業として時計を扱っているでしょう?」

私の悔しそうな顔なんてお構いなしに、みずきちゃんはまた喋り出した。

「昨日家のお手伝いで、ご注文リストを整理していたら、千聖お嬢様のお名前があったの。住所は学校近くの邸宅じゃなくて此方になっていたから、私が伺ったのよ」

インターネッツがあると、道順がすぐにわかって便利ね・・・。などと無表情でつぶやくみずきちゃん。

「だから、早く千聖お嬢様にお渡ししないとね」
「今寝てるんだってば!メイドさんか男の家来(Σ(執△事;))に預けときゃいいじゃん」
「だめよ、ご依頼主様に品物を直接確認していただかないと。ていっ、み頭突き!」
「ぎゃふん」

しつこい私の態度に業を煮やしたのか、みずきちゃんは新技の頭突きをくらわしてきた。
脳天に火花。目にカラフルな光が点滅して、思わずその場にうずくまる。・・・この、石頭め!なにがミズツキだ!


「失礼致します、お嬢様。譜久村時計店の者ですが」
「ちょー、まてこら!」

クラクラする頭をなんとか奮い立たせて、みずきちゃんを追って部屋に入る。

「うふふふ、千聖様、なんて愛らしい・・・」
「のおおお!」

まだぐっすりと眠り込んでいる、千聖ちゃんの頭の横に手をついて、顔を覗き込んでいるみずきちゃん。
みずきちゃんの長い黒髪が、はらりと千聖ちゃんに落ちて・・・


「まじ、そーゆーのやめてってば!」
「ん・・・?はるか・・?」

私の騒音っぷりに、ついに千聖ちゃんが目を覚ましてしまった。

「あ、ご、ごめんうるさくして!」
「まあ・・・いいのよ。お暇にさせてごめんなさいね。・・・あら?」
「お休みのところ、お邪魔しております、千聖お嬢様」

お嬢様と目が合うと、みずきちゃんはいつもどおり爽やかに微笑んだ。
絶対変態行動しようとしてたくせに、スッと体を引いて涼しい顔しやがって。

「・・・・まあ、ごきげんよう。いやだわ、お見苦しいところをお見せしてしまったわね」

まだ寝起きながら、千聖ちゃんは舌足らずにそう言って顔を赤らめた。・・・めっちゃくちゃ可愛い。

「みずきさん、遠方までご苦労様。長旅だったでしょう?」
「うふふ、遠出は好きなので、お気づかいなく。
今日はお嬢様も遥ちゃんも此方にいらっしゃると聞いたので、伺いました。・・・お庭にも、お嬢さんが1人いらっしゃったようですけど?」
「あー、あれはハルの犬だ。わんわん」

今のところ、みずきちゃんは余計な事を千聖ちゃんに言わないでくれているようだ。
だが、みずきちゃんの場合、油断は禁物。今あの事・・・ほっぺにちゅーの事を黙っててくれたからって、未来永劫そうしてくれるとは限らないのだ。なんかの駆け引きの材料にされる可能性もある。

「うふふふ」

願わくば、みずきちゃんの上機嫌がこのまま続きますように。
そんなことを念じている私の横で、ベッドサイドの椅子に腰掛けたみずきちゃんが、小さなテーブルに紙袋を置いた。

「ご注文いただいたお品を届けに参りました、千聖お嬢様」



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