長いスカートの裾をつまんで、千聖ちゃんが私たちの前を歩く。

「足元、お気をつけて」
「う、うん。ハルは大丈夫」

“千聖ちゃんのお気に入りの場所に連れてって”という私のお願いを聞いてくれて、私たちは今、千聖ちゃんのプライベートビーチ(あのですねぇ工藤さん、ですから日本のry)を目指している。

みずきちゃんは、おうちのお手伝いがまだあるからと、タクシーで帰っていった。
後でいい写真、たくさんあげるからね。うふふふふふ・・・と不気味な笑いを残して。

味方(?)が減ったような、ちょっと物寂しい、複雑な気持ちになる。後で御礼言っておかないと。


「少し、道を下るわ。遥、まーちゃんをお願いね」
「かしこまりマックス!すどぅはまーちゃんがいないとだめですので」
「おい、逆だろうが!」

“海水浴場”と書かれた大通りじゃなくて、千聖ちゃんはその脇の草むらをどんどん降りていく。
さっきまで天使みたいな顔で眠り込んでいた人と同一人物とは思えないぐらい、軽快な足取り。・・・かっこいいな。
メイドさんも後ろからついてきてくれてるけれど、全然心配なんてしてない様子で、涼しい顔して鼻歌なんて歌っちゃってる。・・・と思っていたら

「きゃんっ」
「えっ!ち、千聖ちゃん!?」

いきなり、バランスを崩した千聖ちゃんが、豪快に土の上にスッ転んだ。

「大丈夫!?今そっち・・・うわあ!」

慌てて走りかけた私も、木の根っこに足をひっかけて転倒。か・・・かっこわる・・・千聖ちゃんの前なのに!

「ぎゃぽー」
「おいバカやめろマサキ、乗っかるな!」
「・・・ウフフ」

すると、地面に突っ伏したままだった千聖ちゃんが、むくりと起き上がって私たちを見た。
「ウフフフ、嫌だわ、私ったら。でも遥も泥んこね。ウフフフフ」

鼻の頭に泥をつけたまま、千聖ちゃんはさも楽しそうにウフフ笑いを続けている。
うーん・・・可愛い。おとなしくて上品なだけの人じゃないって知ってるけど、こうやって、どんどん新しい顔を見せてくれて、その全部が本当に魅力的だ。
汚れちゃったスカートも全然気にしてないのがなんかいいなって思った。

「あらー、お2人とも派手にまぁ」

一方、見事な足裁きで小枝や石を避けながら、メイドさんも苦笑気味にこっちへやってきた。

「お怪我は?」
「とくにないわ。柔らかい土の上だから」
「ハルも大丈夫っす」

それを聞いて、安心したように目を細めたメイドさんは、ウエットティッシュでぐいぐいと顔を拭いてくれた。

「さ、気を取り直して行きましょう」
「じゃあしりとりしましょうね!なりひらさんの、ら!」
「あ、ちょっと・・・」

要領よく、マサキが千聖ちゃんの横を陣取ってしまったから、なんとなく並びそびれた私は、メイドさんの横へ移動した。


「・・・この辺、整備するって話も出てたんだけどね。お嬢様がこのままでいいって言うから」

何となく、私の気持ちも察しているだろうに、メイドさんはとくに何も言わずに、違う話を始めた。

「でも、さっきも転んじゃってたし、危なくないすか」
「まあね。さっきはどうってことなかったけど、擦り傷いっぱい作って帰ってくることもあるし。
未だに、この別荘でははしゃぎすぎて、旦那様のお叱りを受けたりしてるんだよ、千聖様。ふふ」
マジですか。あの、千聖ちゃんが・・・。そんないたずらっ子な一面もあるなんて。

「お嬢様は、自然いっぱいのところで、力いっぱい遊ぶのが大好きだから。
だけど、大人になるにつれ、我慢しなければならないことも増えていって。
幼少期から馴染んでいるこの場所なら、そういったことからも開放されるんだろうね。もう、表情がぜんぜん違うもん」
「そうだよね、千聖ちゃんみたいな立場だと、他の人よりそういうの多いよね」

私がそう言うと、メイドさんはなぜか、とても嬉しそうに笑った。

「やっぱりあなた、すごくいいわ。うん、いい」
「え?何?」
「なるほどねえ、ふふふ」

褒められた・・・んだよね?ハル。
1人で解決しちゃったのか、メイドさんは満足そうにうなずくだけで、私の疑問点に答えてくれようという様子はないようだった。

前方からは、千聖ちゃんとマサキのはしゃいでる声が響いてくる。
私たちは、そのまましばらく無言で歩き続けた。


「・・・きっとね」
「ん?」

やがて、海辺が近くなった頃、またメイドさんは口を開いた。

「お嬢様は、あなたと友達になれて、嬉しいんだと思うな」
「・・・・・え?ほんと?マジで」
「うんうん、ほんと。だって、遥さんはお嬢様の・・・」


「遥ー、めぐー、早くいらっしゃい!まーちゃんが待ちくたびれてしまっているわ。ウフフ」

メイドさんが何かを言いかけたとき、千聖ちゃんの声が、風に乗って私たちのところへ齎された。


「はーい、ただいままいりまーす」

メイドさんはそこでふっと言葉を切って、また足を進め出した。
――ハルが、お嬢様にとって、なんだって?まあ、気になるけど今は引き下がっておくべきだろう。


「・・・お嬢様のこと、よろしくね」

数歩先に進んだメイドさんが、くるりと振り返って笑った。
そして、その背後に、真っ白な砂浜が広がっていく。


「うわぁ・・・!」

波打ち際を、テンションの上がりきったマサキがまた四足で走っていくのが見える。
静かな浜辺。穏やかな波の音と、心地よい潮風。ここが千聖ちゃんの特別な場所だってすぐにわかった。



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最終更新:2014年02月01日 18:40