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「それじゃあ、ちょっと行ってくるね」

その人は、ちゃぷんと静かに水にもぐると、波に押されない綺麗なフォームで、すいすいとマサキのほうへ進んでいく。
私も水泳やってるからわかるけど、この人、相当泳ぎが上手い。前にコーチも言ってた。速く泳げればいいってもんじゃない。遠泳ならなおさら、フォームを崩さず、淡々とペースを守らなきゃいけないんだって。


「はぁーい、ハルちゃんはこっち♪」
「ううっわ!」

いきなり、背後から猫なで声で話しかけられて、思わず飛びのく。

「ちょっとぉ、そんな怖がることないでしょー?」

水もしたたるツインテール、カッと見開いた目ん玉。
海でも山でも学校でもそのスタンスは変わらない、卒業式で暴れてた、あのももなんとかさんがそこにいた。

「うーわー・・・」
「何がうわーなのさ!もぉはいつもどおりかわいいでしょ!」

ピンクのフリフリ水着に、アヒルの形の浮き輪。・・・この人、卒業したんだよね、高校。千聖ちゃんより、年上なんだよね?マジありえねー。


「ほぉらハルちゃん、行くよ?服乾かさないと」
「つかなんでハルの名前知ってるんすか」
「うふふ?もぉはスーパーアイドルだから、なんでもお見通しなのだ♪」

――あ、はいもうどうでもいいっす。私はそっと心を閉じた。
しかもこの人、こんなぶりぶりして、ケンカとかは弱っちそうな感じなのに、私をぐいぐい引っ張る腕はあかなり力強い。
わけがわからん。かりん、ほんとなんでこんな人真似てたんだろう・・・確実に、黒歴史ってやつだね。

「遥!」

砂浜が近づいてきたところで、千聖ちゃんがこっちに向かって大きく手を振っているのがわかった。
あ・・・すごく不安そうな顔をしている。やだな、千聖ちゃんにあんな表情させるなんて。

「大丈夫だよー、ちさと!そこにいて!」

服のまま、海の中まで入ってこようとする千聖ちゃんを、ももなんとかさんがよく通る声で引き止める。

「ウフフ、待ってれば、すぐ着くのに。ちさと、ハルちゃんのこと大好きなんだねー。」
「マジっすか」
「マジですとも!あの子、大好きな人のこととなると、平気で無茶なことしちゃうんだから。
ま、今は大好きなもぉも一緒だから無理もないか」
「そーゆーの、自分で言ってて恥ずかしくないんすか」
「・・・恥ずかしいとか、もうとっくに忘れた感情だよね」
「急に真顔にならないでもらえますか」


ごちゃごちゃと喋ってるうちに、ももなんとかさんのアヒル浮き輪号は岸にたどり着いた。

「ごめん、心配かけて!」

すぐに、千聖ちゃんのとこへ駆け寄って頭を下げる。

「遥、そんなこと、気にしなくていいのよ。私が目を離してしまったから、ごめんなさい。怖かったでしょう」

丁寧に、体をふわふわのバスタオルで拭いてくれる千聖ちゃん。
今にも泣きそうなその声は、私の胸に突き刺さった。

「そうだよ、マサキの奴が・・・」
「ああ、まーちゃんは大丈夫よ」

千聖ちゃんの視線を辿ると、さっきの可愛らしい女の人に、頭をわしゃわしゃ拭いてもらってるマサキが目に飛び込んできた。
え、ってか、遠くまで泳いだのに、ハルたちより早く着いたって事?すげー、何者だ、あの人。


「マイマイハー、マイマイハー、ハーマイオニー」
「あはは、元気だね」

しかもあの異様なテンションのマサキにも動じないとは、すごい人だ。
そんな彼女を、千聖ちゃんは微笑みを浮かべて見つめていた。本当に、本当に幸せそうに。
その笑顔だけで、千聖ちゃんのあの人への気持ちがわかってしまう。
普段からよく笑う千聖ちゃんだけれど、あきらかにいつものそれとは違う。とっても穏やかで・・・今心の中には、あの人しかいないっていうのが痛いほど伝わってきてしまう。

「・・・あの人、友達?」

自分の声がかすれているのがわかった。

「ええ、そうよ。舞波ちゃんというの。綺麗なお名前でしょう?とても、素敵な人」

それは、ごくありふれた紹介だったのに、すごく重い響きのある言葉のように感じられた。
千聖ちゃんがマイハさんという人を、宝物のように大切に思っているのが、声のトーンだけでも伝わってくるからだろう。
私には決して踏み込む事の出来ない、深いところで繋がっている。きっと友達という関係じゃ、とても表現しきれないような・・・

そんなことを考えると、心臓がズキンズキンと痛むような錯覚を覚える。


「今日、此処で、ももちゃんや舞波ちゃんにお逢いできるとは思わなかったわ」

口をつぐんだ私をよそに、千聖ちゃんは、ももなんとかさんと話を始めた。

「ウフフ。今日はね、歴史研究会リボンフリル支部の郊外活動だったの」
「まあ、うふふ。リボンもフリルもももちゃんだけしかお召しになっていないわ」
「いいの、舞波は心にリボンがどうたらこうたら。でね、舞波が、ここに来たいっていうから。
江戸時代に合戦があった場所なんだってね。いっつももぉが行きたい場所ばっか優先してくれるし、それで来てみたら、千聖がいるんだもん!びっくりしちゃったよ」
「そうだったの、舞波ちゃんが・・・」
「舞波といると、いつも素敵なことが起こるんだよ。こないだだってぇ・・・」

――あ、またそんな優しい声で。
さっきから、まだマイハさんと千聖ちゃんは(私の前では)一度も会話を交わしていないっていうのに、千聖ちゃんの気持ちだけは伝わりすぎるほど伝わってくる。

「ちさとーまーちゃん充電完了です!」

やがて、着替えを終えたマサキとマイハさんが、こっちに向かって歩いてきた。


「あらあら、舞波ちゃんに遊んでもらっていたの?よかったわね、まーちゃん」
「マイマイハちゃんマイマイハちゃん」

なんだよマサキのやつ、あんなに懐いて・・・ハルがどんだけ注意しても、聞こうとしないくせに。

「ほら、遥。紹介するわ。こちらが・・・」


「・・・いい。紹介、いらない」

自分でもびっくりするぐらい、冷たい声が出た。
そこまでのつもりで言ったわけではなかったんだけれど・・・いまさら撤回するのもなんだか悔しくて、私はうつむいた。

「どうしたの、遥」

千聖ちゃんの顔を見つめ返すことができない。こんな子供っぽいところ見られたら、嫌われるかもしれない。
それはわかってるんだけど、私は・・・


「ごめんハル、別荘、戻ってる」
「遥・・・」

一言だけそう告げると、私はくるりと振り返り、砂浜を踏みしめて戻ろうとした。

「すどぅ」
「なんだよ」

マサキがピョコピョコ走ってきて、私の隣に並んだ。
口をへの字に曲げている。なんでそんな顔されなきゃなんないのさ、へこんでんだぜ、ハルは。


「・・・よくない」
「あん?」
「よくないよくないよくない!だめどぅ!」
「何でお前にダメとか言われなきゃなんないんだよ!ハル1人でいるから、マイハさんたちのほうに戻れよ」
「やだやだだめだめ」


追い払おうとしてるのに、マサキは口を尖らせたまま、私の横を離れようとしない。


「なんなんだよ、もー・・・」



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