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*****

「ああ、舞波ちゃんなら、さきほどお帰りになったわよ」
「げっ・・・」

千聖ちゃんの言葉に、私は背中に冷や汗が伝い落ちるのを感じた。

「ま・・・まじっすか」
「ええ。め・・・村上さんが1階に降りたら、もうももちゃんも舞波ちゃんもいらっしゃらなかったみたいだから」

あー・・・やっちまったなあ。
浜辺でイジけて逃走、その後千聖ちゃんの匂いのするベッドでフテ寝しているうちに、事態は大きく変化していた。
目が覚めたら、千聖ちゃんがそばにいてくれた。それが嬉しくて、さっきのマイハさんにも謝っとこうって思ったとこだったのに、タイミング、悪すぎだろ。

恐る恐る、千聖ちゃんの顔を見る。・・・別に、怒ってはいないようだった。
茶色い宝石みたいな瞳で、じっと私を見つめてくれる。

「遥」
「はい」

どんな意地っ張りも、反論も、する気になれない。千聖ちゃんの友達に悪い態度を取ったのは事実で、きっと千聖ちゃんも不快に思ったことだろう。好感度、下がっちゃっただろうな。
せっかくこんな素敵なところにつれてきてもらったのに、最悪だ、私。


「・・・ごめんなさいね、遥」

だけど、千聖ちゃんの口から出たのは意外な言葉だった。

「え?え?いや・・・」

意図がわからず、とりあえず首を横に振ると、千聖ちゃんは細いため息をついた。

「何か、気持ちが揺れてしまうことがあったのでしょう?私ったら、気がついてさしあげられなくて」
「ああ、全然・・・そんなことは、うん」

千聖ちゃんの目が、私の横で大の字になって眠りこけるマサキへと移される。

「・・・遥はとてもしっかりしているから、ついお話を聞きそびれてしまうわ」

――いや、そいつと比べれば大抵の子はしっかり・・・まあ、それはいいとして、悲しそうに長い睫毛を伏せる千聖ちゃんを見て、私は慌てて両手を千聖ちゃんの手に重ねた。

女の子っぽい、小さくてふにふにした可愛い手。あの日、初めて千聖ちゃんと出会った日、抱きついて全身で感じた、あったかくて柔らかい体の感触を思い出す。

「ペンション、本当は来たくなかったかしら?上級生の誘いだったから、遥」
「そうじゃないんだ。ごめん、違くて」

私の答えを待つ静かな瞳に、心臓の音が早くなってるのを感じる。

「ハルは、ハルはただ、」

こんなに情けない声を出している自分が信じられない。
ただ。千聖ちゃんに嫌われたくない。その思いだけが膨らんでいって、いつもみたいに咄嗟に言い返すことができない。・・・かといって、かっこつけて見栄はるような言葉も思いつかない。


ようやく、わかった。
千聖ちゃんの目に見つめられたら、もう真実を話すことしかできないんだ。
話を盛っちゃうことも、わざとはぐらかすことも許されない。・・・ただ、真実を口にするだけしか選択肢はない。
だから私は。今頭に浮かんだ言葉をそのまま伝える事にした。


「・・・・ハルはただ、千聖ちゃんと2人っきりになりたかったんだ」

「遥・・・」

千聖ちゃんは少し瞳を揺らすと、それきりしばらく黙ってしまった。

あーあ、せっかく千聖ちゃんに釣り合うように頑張ってきたのに。結局ただのワガママなガキだってバレてしまった。
千聖ちゃんは優しいから、これからもきっと私と仲良くしてくれるだろう。
だけど、だけど、もう私が望むような関係にたどり着くことはできないんだ。

マサキのように完全に幼児扱い?かりんみたいに妹として?どっちも嫌だよ。ハルは、ハルは・・・

「ぐー!すー!ぴー!」
「うおお!」

突然、背後で眠っているはずのマサキが、実にわざとらしいいびきをかき始めた。
コイツ・・・また私のことをバカにしてんのか。この状況で、なんで意地悪な奴なんだ!


「すぴー!まーちゃん熟睡!すぴぴぴー!」
「おい、ぜってー起きてんだろ!」
「ゴゴゴゴゴゴ」
「いってえ、蹴るなよ!」

へこんでるときにまでちょっかい出してきやがって、しかも性懲りもなく寝たふりまで。


「まーちゃん?」
「ぐーぐー、まーちゃんは夢の中ですね!」

せっかく千聖ちゃんが話しかけてるっていうのに、コイツ何考えてるんだ?

「おい、マサ・・・」
「遥」

飛びかかってプロレス技でもかけてやろうかと構えたその時、千聖ちゃんが私の名前を呼んだ。

「ウフフ、まーちゃんったら。ねえ、遥?」
「んん?」

尚も首をかしげる私に、千聖ちゃんがそっと顔を近づけてきた。

「うわわ!ち、ちさとちゃ」

まっすぐ見つめるなんて出来ない。目が合ったら、飛び出しそうな心臓の音も、千聖ちゃんのことでパンクしそうな頭の中も、全部バレちゃいそうだ。


「まーちゃん・・・気を使ってくれているのよ。千聖と遥に」

小さくささやいた千聖ちゃんは、なぜか楽しそうにクフフと笑った。

「そうかなあ?こいつが?」
「だって、さっき遥が言ってくれたでしょう?・・・千聖と、2人に」
「あや、あれはその、えとー」

また、目が合った。うう・・・逆らえるわけないじゃんか、こんな綺麗な目した人に。

「それで遥は、千聖と2人で何をしたいのかしら?」
「え?えーと・・・」

――うふふふふ、そr

うるさいだまれ、脳内みずき。ハルはあんたとは違うんだぜ、あんたとは!


「・・・もう1回、お昼寝したいな。今度は、千聖ちゃんと一緒に」
「まあ・・・」
「ダメ?やだったら、いいよ。ハル別に子供じゃねーし」
「ウフフ、いいのよ、遥。遠慮なんてしないで。遥のお隣に、横になればいいかしら?」

千聖ちゃんはベッドに足を引き上げると、ころんと寝転がって上目づかいに私を見た。・・・うお、すげー可愛いんですけど。

「お夕食の時間になったら、め・・・村上さんが起こしに来てくれると思うわ」
「ん、でも、何かせっかく招待してくれたのに、寝てばっかじゃない?」
「あら、ウフフ。別荘は、そうやって使うものよ。リラックスするために、此方へ来たんですもの」

――そういうものなのか。お金持ちの余裕ってやつを感じる。なんかしなきゃもったいないなんて、ビンボー人の発想なんだろうな。

でもたしかに、ここでのーんびりお昼寝三昧っていうのは、かなり贅沢なことだと思う。
心地よい温度、海風と波の音、でっかいベッド、それから・・・千聖ちゃん。

「もうちょっと、近く行っていい?」
「ええ。タオルケットが、体から剥がれないようにね」

いつもの幸せなバニラの香りに、体中包まれていく。

「ずごごごトカーン」

だが、だがしかし。このクラッシャーが、幸せな時間を黙って見ているわけがなかった。
幸せなふいんき(ryを台無しにするかのごとく、マサキがベッドから大転倒をかましてきたのだ。

「おい、何やってんだよ」
「ウフフ、まーちゃんたら、ベッドはこんなに大きいのだから、そんなふうにしなくてもいいのよ」
「はーい、・・・あ、じゃなくてむにゃむにゃまーちゃんじゅくすいちゅうー」

――え、なにそれ。もしかして、ほんとに気使ってるつもりなのか?なんだよいいとこあるじゃん、コイツも。などと思っていたら

「どぅーん!」
「おい、なんで真ん中割り込むんだよ!足元空いてるだろ!」
「まーちゃん寝ているので聞こえないですねー」
「おっまえふざけんなよ!」

思わず手元にあったふかふか枕を投げつけると、マサキは「おひょー」とか言いながら、ナメクジみたいな動きでそれを避けてしまった。

そして、加速のついた枕はその背後にいた・・・


「きゃんっ」
「千聖ちゃん!」

ちっちゃい千聖ちゃんの顔をボスンと覆うように、枕、クリーンヒット。

「うー・・・」

顔に枕を押し付けたまま、千聖ちゃん、横向きにパタンと倒れる。

「だだだ、大丈夫!ごめんほんと!」
「あーすどぅいけないんだー」
「てめー誰のせいでっ」


「・・・・うふふふふ」

私が今度こそマサキに掴みかかろうとした時だった。
不気味な・・・まるで、みずきちゃんのような笑い声とともに、千聖ちゃんがムクリと起き上がった。

「ち、千聖ちゃん!」
「うふふ?ウフフフフ」

魔女の瞳をぼんやり光らせて、私とマサキを交互に見る千聖ちゃん。
そして、可愛い丸い指がガシッと枕を掴んだ。・・・・ところまでは、肉眼で確認できた。

「ぎゃぽー」

それは、いきなりの出来事だった。
私と千聖ちゃんの間で邪魔をしていたマサキが、奇声とともにベッド後方へと豪快に吹っ飛んでいったのだ。

「え?なんだ?」

ひっくり返ったカエルみたいな体勢のマサキの傍らには、真っ白な枕。
私は恐る恐る、千背ちゃんの方を見た。

「ちさ、とちゃん・・・」
「ウフフ?ウフフフフ?」

――馬鹿な・・・。上品で優しい千聖ちゃんが、そんなことするわけがない。
ハルたちとは住む世界が違うんだ。だからまさか絶対に、枕投gうわちちちちさとちゃんその手はなんだいったi


「そーれ、遥!ウフフフフ」
「ぶふっ!」

女の子っぽく体をクネッとさせた千聖ちゃんは、そのフォームからは考えられないくらいの剛速枕を私めがけて放ってきた。
信じられないその講堂に、思わずよけるのを忘れてしまって、次の瞬間、アゴ下にアッパー食らったみたいな衝撃が走った。

ションナ・・・だって千聖ちゃんはお嬢様で・・・気品が・・・

「フフフ、やっぱり遥やまーちゃんは面白いわね。さあ、遠慮せずいらっしゃい!!」

い、いらっしゃいて・・・しかし、マサキの野郎はその言葉に反応して起き上がり、さっき千聖ちゃんにぶつけられた枕を手にした。

「おいやめろ、お前千聖ちゃんに何かしたら・・・」
「・・・と見せかけて、すどぅー」
「ぐぇっ」

く・・・っ!こんな奴のフェイントに引っかかるなんて!ハルなんたる不覚!

「やったなこの・・・オゥフ」

――ハル、踏んだり蹴ったり。庇ったはずの千聖ちゃんから、二個目の枕砲弾が飛んできたのだ。

「どうしたの、遥!ぶつけ返していらっしゃい!枕投げとは、そういう競技なのよ!」
「わ、わかったよぅ・・・そ、それー」
「違うわ!もっと強く!熱くなりなさい、遥!」


千聖ちゃんが、某超熱血テニスプレイヤーみたいなテンションになっている。
次々違う顔を見せられ、嬉しいけど、めまぐるしい・・・。マサキと枕をぶつけ合ってる様子なんて、もうハルより年下に見えるぐらいだ。

こんな不思議で可愛い人、そりゃあライバルが大いに決まってるな。甘えたいのに守りたいだなんて、矛盾した感情が湧いてくるなんて。

はじけるような無邪気な笑顔、笑い声。攻撃なんて、できるわけないじゃないか、千聖ちゃんよ!


誰よりもワンパクでやんちゃだったはずの私は、この年上の無邪気すぎる可愛い人の前で、なすすべもなくそのはしゃぐ姿に見蕩れる事しかできなかったのだった。



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