今この場に漂っている微妙な空気感。
真夏だというのにこの寒い空気。その空気に、僕はなーんとなく耐え切れなかった。
桃子さんもいるこの場の空気を取り繕わなければと思った僕は、思わず僕を見ている彼女に話しかけてしまう。
「・・・徳永さん、でしたよね?」
「そうだよっ!」
「桃子さんと仲がいいんですね」
「ちっ、違うから!!」
「だから!これはたまたま桃と会っただけだから!久し振りに会ったから、それでちょっと喋ってただけで。ホントそれだけだからねっ!!」
なんでそんなに必死で言い訳みたいなことを言ってるんだろ。
僕と徳永さんのそんなやり取りを桃子さんは楽しそうに傍観していた。
「なに?2人とも知り合いなのぉ?」
「前にこの少年が学園の正門で熊井ちゃんに引きずり回されてて。そのときに少し話したりしたことがあってさ」
「そっか。やっぱりくまいちょー絡みかw」
そう言ったあと、僕に向き直った徳永さん。
人の良さそうなそのお顔が、今は苦虫を噛み潰したような表情になっている。
「少年、君は口が堅いほうなのかな」
「は?」
言わんとすることが分からない。
「今日ここで見たことは忘れてくれるよね?」
「少年は硬派だって自称してるぐらいだから、口は堅いほうなんじゃない?ウフフフ」
桃子さんが口を挟んでくる。その楽しそうな口調。
対照的に徳永さんのその口調には緊張感がただよっていた。
そんな彼女は、僕に向かって意味不明なことを言い出したのだ。
「もし、今日のことを言いふらしたりしたら、学園新聞でキャンペーンを張ることだって出来るんだからね」
「なっ・・・・そ、それってどういう・・・?」
「君は目立ちすぎなんだよ。最近、特定の男子生徒が特定の目的で学園の周りを徘徊して風紀を著しく乱しているって、風紀委員が問題視してるんだって」
「・・・・・・・」
「新聞部としても風紀委員に同調して学園外の綱紀粛正を訴えることにしたら、少年、君は困ることにならないかい?」
真っ直ぐに僕を見据える徳永さん。
お言葉ですが、目立ちすぎなのは、それは僕のせいじゃない。
いつだって目立つようなことをしでかすのは大きな熊さんやもぉさんで、僕は常にその犠牲者・・・・
「難しいことじゃないでしょ。余計な口きかないで黙ってればいいだけのことなんだからさ」
なんなんだ。脅迫するのか・・・僕の事を。
しかも、そんな個人的な事情で。これだから、マスコミ関係の人は。
いや待て、僕は別に学園の風紀を乱したりなんて、そんなことは何もしていない・・・
そのとき、楽しげな桃子さんが再び口を差し挟んでくる。
きっと、何か言いたげにしている僕の気持ちを察してくれたのだろう。
いや、違うな。察してくれたわけじゃない。桃子さんはあくまでも自分が楽しむためにこの発言をしたんだ。
「もう、ちぃがそんな顔するから少年が怖がっちゃってるよ?」
あのですね、擁護していただけるのは有難いのですが、桃子さんのその、人の神経を逆なでするような甲高い声。
それ、わざとやってるでしょ。
案の定、徳永さんの顔が真っ赤に染まる。
「あー、うるさい!」
「新聞部、後輩からも怖がられてるんでしょ。ちぃが怖い顔してるからだよー。あ、それともみやの方なのかな?」
確かに徳永さんと雅さんの並び、いつか僕が見たときも何となく怖かったような記憶が。
でもそれは、あのとき見た学園の生徒さんたちへの「畏怖」的な気持ちであって。
そこは「怖い」の意味が違う。
そもそも、桃子さんのその笑顔の方にこそ、文字通りの意味での恐怖感を僕は感じているわけなんですが。
桃子さんに窘められた格好の徳永さん。
非常に強いストレスを感じているようだ。
このあとの彼女の発した言葉からもそれが分かる。
「あ゛ーーーっ!もうっ!!」
徳永さんのその優しそうな目と人懐っこそうなお顔立ちが、桃子さんによって歪められてしまっている。
さっきは脅迫めいたことを言ってたこの人だけど、いま僕は彼女への共感を感じているのだ。
この人になら分かってもらえそうな気がする。ふだん僕が桃子さんから受けているストレスというものを。
徳永さん、この人とは今度落ち着いてお話しをしたいな。
こんな先輩が身近にいたら楽しいだろうなあ、と思うような親しみやすさを覚える人だし。
僕がそんなことを思っている間も、徳永さんの口はへの字になったままだった。
「もう帰る!!」
「えー、もう帰っちゃうのぉ?ウフフフ、じゃあね、ちーちゃん」
「だから、そんな呼び方するなって!」
そう言って足を踏み鳴らしながら去ってゆく徳永さん。
この慌ただしい展開にとまどいながらも、僕は桃子さんに恐る恐る話しかけた。
「なんか、すみません。お2人の邪魔しちゃったみたいで」
「ウフフフ。それは千奈美に言ってあげてほしかったかな」
「そうですね。徳永さんの機嫌損ねちゃったかんじだし。今度お会いしたときに謝っておきます・・・・でも・・・・」
「でも?」
「さっき徳永さんが言ってたことが・・・・」
そう、僕にとって気がかりなこと(心外なことでもあるが!)を徳永さんは言っていた。
「新聞部と風紀委員が一緒にキャンペーンとか。僕が学園に近づくだけで、なかさきちゃんが飛んできそうで・・・」
「あぁ、それなら大丈夫じゃないかな。ちぃはあんなこと言ってたけど、風紀委員長さんの方は新聞部のことあまり快く思ってないところがあるからね」
「そうなんですか?」
それは意外だ。
あの明るくて気持ちのいい感じの徳永さんを、なかさきちゃんは快く思ってないことなんかあるんだ。
「あ、あの、それってどういう・・・?」
「もうだいぶ昔のことだけどね。確執があるみたいだよ。いいんちょさんと新聞部」
はっきりとは語ってくれない桃子さん。
何があったっていうんだろう。
どういうことなのかは気になるけれど、気軽に聞けるようなことじゃなさそうだな。
まぁいい。おいおい真相がわかるときもいつか来るだろう。
「いいんちょさんは根に持つタイプだからね。その辺りは少年の方がよく分かってるでしょ?」
・・・・確かに。
いい人で通ってるこの僕の事でさえ誤解したままで、なかさきちゃん僕に対する偏見を正そうともしないんだから。
僕の姿を見ると脊髄反射で嫌悪感丸出しでさ・・・
そのことでまた考え込んでしまいそうになった僕だったが、それはそこでとりあえず中断することになる。
このあと桃子さんの言ってきたことが、あまりにも予想外のことだったから。
「話し変わるけど、梨沙子から電話は来た?」
梨沙子ちゃんが?何の用で?
「え?梨沙子ちゃんが電話?僕に?」
「そうだよ。電話してるはずなんだけど」
「来てませんけど・・・・」
「えー!?まだ電話してないんだ」
「しょうがないなー、梨沙子のやつ。まだ決心がつかないのかな・・・」
決心?
どういう意味なんだろ、それ。
「そっか。じゃあ今夜あたりね、たぶん梨沙子から電話が行くと思うけど、よろしくね」
「え?え?り、梨沙子ちゃんが僕に?」
「うん。くまいちょーから番号を教えてもらってたみたいだよ」
「よろしくって言われても・・・・あの、梨沙子ちゃんが僕なんかに何の用なんでしょうか?」
「さあ?なんなんだろうね?もぉには分からないケド。ウフフ」
桃子さんがニヤリと笑う。
梨沙子ちゃんが僕に電話を?
彼女が決心をつけてまで掛けて来るという電話。
なんだろう?でも、それはきっと重大な内容に違いない。
それって・・・もしかしたら・・・
あることに思い至った僕は、舞い上がりそうになってしまう。だって、それって・・・
だが、待て。
これ、妄想に入りそうになるシチュエーションだが、今の桃子さんの微笑(ウフッ♪)を見ると何か裏があるに決まってる。
そう、忘れちゃダメだ。
この人たちはもぉ軍団なんだ。そして梨沙子ちゃんもまた、もぉ軍団の人なのだ。
考えてみれば、あの至って常識人の梨沙子ちゃんが、何故もぉ軍団なんていう非常識な団体に所属してるんだろう??
ぐんだんちょーとくまいちょーの突き抜け具合を見るにつけ、そこがいつも不思議でならないのだ。
ひょっとして梨沙子ちゃん、何か弱味など握られてるんじゃないのかな、軍団のあの怖い人たちに。
うん、きっとそうだ。
梨沙子ちゃんのような子があんな人たちと一緒にいるのは、やはりおかしいと思っていたんだ。
そこには、やはり何か理由があるんだろう。
彼女を救わなければ。それこそが僕の使命なのかもしれない。
梨沙子ちゃん、僕と一緒にその暴君どもと闘おう!
僕だけではとても敵わない相手だけれど、梨沙子ちゃんとふたりなら、そんな恐ろしい人たちとだって闘える!気がする。たぶん。
最終更新:2014年01月06日 23:55