手術室の天井を見つめていた。
何かを考えようとすると、そのとたん恐怖心が襲ってきそうな感じがするから何も考えられない。
だから、もう祈るような思いのなか頭に浮かんでいたことを、ただひとつだけそのお願い事をさせてもらった。
舞ちゃん、僕を守ってください・・・
そう思いながら、麻酔をかけられるところまでしか記憶が残っていない。
****
次の瞬間には、手術は終わっていた。
意識が戻ったときは、病室のベッドの上だった。
良かった。僕はまだ生きている。
あぁ、こんなに嬉しいことはないよ。
いろいろなことに対して、感謝の気持ちが自然と湧き上がってきた。
先生の説明では、手術は予定通りで上手く行ったとのことだ。
(膝以外に手術をしたということも無かった。安心した)
手術が終わった安堵感もあって、とても穏かな気持ち。
でも、病室に一人でいるのって、すごく寂しい。
そんなちょっとセンチメンタルな気持ちでいたんだが、夕方になると熊井ちゃんが来てくれた。
「熊井ちゃん!!」
「うん」
「手術、無事終わったよ。熊井ちゃん」
「良かったね。上手く行って」
「熊井ちゃん・・・ありがとう。いろいろと」
「礼を言うのはまだ早いよ。まだ退院までの間リハビリもあるんでしょ?」
「うん。リハビリはさっそく明日からなんだ」
「そう。じゃあまた明日来るから」
「そんな。昨日も今日も来てくれたんだし、そんな毎日来てくれなくてもいいよ。なんか悪いから」
「言ったでしょ。うちが責任取るって。ちゃんと面倒はみてあげるから」
「熊井ちゃん・・・」
僕は感動しそうになった。
・・・のだが、すごく感動しそうになるその熊井ちゃんのセリフなんだけど、何故だろう、なんとなーく背中が冷えるような感覚も感じるわけで。
その熊井ちゃんの浮かべている微笑みも、何故だろう・・・彼女の笑顔を見ると、それがどうしても意味ありげに見えてしまう・・・
これはどうしてなんだろうね・・・
そんな彼女が僕の膝に視線をやった。
「ギプスはしてないんだね」
「骨折とは違うからね。ギプスはしないよ」
「ふーん。じゃあキノコの心配はしなくていいんだね」
???
キノコ?何それ??
翌日。
今日から、さっそくリハビリが始まったのだ。
初日ということもあって軽めのメニューだったけど、真剣に取り組んだ。
だって、僕は再びボールを思う存分に蹴れるようになりたいんだ(なってみせるから!)。
そこまでの道程はまだ長いけど、待ってろよツバサ、そのときこそ僕の本気を見せてやるからな。
その後、面会の時間になると、病室のドアがノックされた。
来た!?と思った僕の目に入ってきたのは、見慣れた男子数人の姿だった。
「「「見舞いに来てやったぞ!!おー、そうか。そんなに嬉しいか!」」」
なーんだ、お前らか・・・なんて、ちょっとガッカリしちゃったりして。
クラスの友達が数人、見舞いと称して僕の様子を見に来たのだった。
見舞いと言えば聞こえがいいが、連中はどうせ僕をからかいがてら遊び目的でやって来たんだろ。
そして予想通り、やって来るなり腰を落ち着けてはしゃぎ始めた。
お前ら・・・そんなに騒ぐなよ、ここは病院なんだから。
だいたい、なんでトランプやらゲームなんてものを持ってきてるんだよ・・・
こいつらまさか、ここで宴会でも始めるつもりじゃないだろうな。
それでも、仲のいい友達の存在というのは有難いもので。
気も使わずに話しの出来るこいつらと喋っているうちに、僕も次第に楽しい気持ちが湧き上がってきて心が軽くなってくる。
そうやって友人たちとわいわいはしゃいでいたそのとき、ノックも無しにいきなりドアが開いた。
ちょっと乱暴なそのドアの開け方。
反射的に、僕の背筋にぞくっとするような感覚が走る。
夏なのにこの寒い感覚。
そこに立っていたのは・・・・
もちろん、この人だったんだ。
そう、熊井友理奈さん。
高いところから部屋を眺め回している彼女のその視線。
僕には分かった。
この部屋の緩んだ空気を感じとった熊井ちゃんが一瞬で不機嫌になったことを。
「く、熊井ちゃん・・・」
一気に緊張した僕とは対照的に、現れたモデル級長身美少女の姿を見て友人たちは明るい声をあげる。
「「「うぉーっ、熊井さーん!!」」」
こいつら・・・・
お気楽そうに歓喜の表情を浮かべやがって。
登場したその美人さんの姿に、一気に盛り上がった友達ども。
そう、熊井ちゃんはウチの学校では知る人ぞ知る隠れ有名人だったりする。
ひょっとしたら、彼女のことを知らない人の方が少ないのかもしれない、なんてぐらいになってしまったほどで。
彼女が我が校に単身殴りこんで来た、今や伝説となったあの一件に始まり、あれから彼女はいろいろとやってくれたのだから。
そう、色々とね・・・
そして、それら彼女の行為には、もちろん僕も巻き込まれて、単なる平凡な一生徒にすぎなかった僕は、いろいろな人たちから次々と目を付けられry
でもって、クラスのやつらからは「何でお前があんな美人と知り合いなんだよ!!」と吊るし上げられたり。
こいつらはいま、こんな美人さんに会えたことを無上の喜びのようにでも感じているんだろう。
そして、その熊井ちゃんが来たことで、また何か突拍子も無い面白いことが起こるのではと思っているんだろう。
だが、お前らは何も分かっていない・・・この美人さんの本質を。
面白がったりすることが出来るのは、それが第三者の立場だったときだけだ。
巻き込まれて当事者になった者がどれだけ恐怖心を受ry
そんな緊張感に包まれている僕に、熊井ちゃんが眼光も鋭く問いかけてきた。
「・・・リハビリは?」
その短い問いかけだけで、僕はもうちびりそうになっていた。
「もう始まったんですよ。な?」
僕が答えるより早く、友達がそう答えつつ僕の方を見た。
なんでお前の方が僕より先に熊井ちゃんに答えるんだよ・・・
と、ちょっと不満に思いつつも、それを受けて僕は恐る恐るリハビリについて答えた。
「うん。そうなんだ。最初のクールをもう始めたからね」
なんか今ちょっと変な空気になってるけど、術後の経過も順調なところは是非彼女に見て欲しかった。
あの日以来ずっと気遣ってくれた熊井ちゃんに心配をかけたりしたくなかったから。
だから、僕はベッドから降りて、しっかり立てる姿を見てもらうべく熊井ちゃんの前に立ったんだ。
「見てよ熊井ちゃん、もうしっかり立てるんだ、ほら」
「歩く練習ももう始めてるんだ。まだ初日なのに順調なペースだよ。先生もいい感じで進められそうだって」
だが、そんな僕の姿を見て、熊井ちゃんは何故か不機嫌な表情を崩さなかった。
それどころか更に・・・
腕組みをした熊井ちゃんが、僕らをぐるりと見回した。
最終更新:2014年02月01日 17:58