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「へー、これはまた珍しいお客様が・・・」

文芸&漫研の部長さんが、メガネをクイッと持ち上げて、まじまじとお嬢様を見た。

放課後、私たちは当初の予定どおり、お嬢様をお連れして、部活動巡りを開始していた。
かんちゃんが関わってる部なんて・・・という気持ちもあったけれど、元は真面目な本好きが集まる場所のはず。
そう思って勇気を出して来てみたのだけれど・・・。ほかの生徒とは一風違う部長さんの飄々とした雰囲気に、反射的に緊張を覚えてしまう。

「読書、お好きなんですか?」
「・・・えと、あの、そんなにたくさん冊数は読めないですが」
「ふーん。まあ、でもお友達の有原さんがいるから、新しく部活を始めるなら、やりやすいのかも。ねえ?」
「あ、はい。そうですね。文学の奥深さをお伝えする力になりたいなと・・・」

寮生の前とは違う、かんちゃんの殊勝な言動。ちょっと笑える。
お仕事中のお父さんの顔をこっそり覗き見たほうな感覚。ただただ℃変態でエキセントリックなだけが、彼女ではないんだ。
部長さんもお嬢様に過剰な敬意を持って接するタイプではないようだし、部活動中のかんちゃんはまあ、そうハメを外すこともなさそうだから・・・感性を磨くこともできるし、結構、お嬢様には適した部かもしれない。

「うちの部では、主に創作や文献研究をしているんだけれど、どっちがいいですか?」
「あ・・・えと・・・」

人見知りが発動しているお嬢様。・・・大丈夫ケロ!ここは私が!

「お嬢様は物語を書くのと、本を読んでみんなで話し合うのと、どちらに興味がありますか?キュフフ」
「あの・・・それなら、物語の創作を」

かんちゃんの顔が、邪悪な方向に向かって瞬時に崩壊した。

「ヌホホw・・・じゃなくて、それではお嬢様、私がレクチャーしますから。手とり足とり乳とり」
「おいテメー℃変態」

仏頂面で後ろからついてきてた舞様、これにはたまらず口を挟もうとする。

「・・・あ、萩原さんだー」

だけど、それをスーッと遮断したのは、部長さんののんびりした声だった。

「なんだ、気がつかなかった。発言しないから」
「・・・はぁ」

特に、知り合いというわけではないらしい。舞ちゃんが上目使いで睨むようにして、じーっと観察しているから。


「え?萩原さんが?」
「ほんとだー」
「萩原さん?へー、すごいねー」

そのうちに部室の奥の方から、わらわらと生徒たちが集まってきて、舞ちゃんを取り囲むようにして興味深そうに視線を向け始めた。

キャッキャウフフな大多数の学園の女の子たちに比べると、わりと落ち着いた感じの部員さんたちがわらわらと集まっている。
その不思議な状況に、さすがの舞ちゃんも戸惑っているようだ。

「なんで舞のこと知ってるんでしゅか」
「あはは、よく有原さんが話題にしているからね」
「ああん?」

眼光鋭く睨みつける舞様の目線の先、かんちゃんが吹けない口笛をフヒューフヒューとやってすっとぼける。

「それに、3か月ぐらい前、萩原さんの書評が文学雑誌に載って表彰されてたじゃない。日本文学の考察が素晴らしくて、部内で話題になってたんだよ」
「・・・ふふん。まあ、あれは別に先生が勝手に出しただけだし」

そういいつつも、舞様のほっぺたは心なしか綻んできている。

「今ね、明治時代の女流作家の作品について、社会背景をベースに論じているんだけれど、是非萩原さんにも参加してもらいたいな。
何かひいきの本はある?」
「んー、舞別になんでも読むけど、最近面白かったのは・・・」

――あの舞様が、自然に打ち解けている。
聞き上手で知識量のある人たちとの交流は、天才さんにとって刺激的で退屈させないものなのだろう。

「キュフフフ」

もしかしたら、この部に向いてるのは、むしろ・・・

「おっと、いけない」

肝心のお嬢様を、悪魔(アリカン)のお手元に置きっぱなしにしていた。
これは大変と、私は創作チームの方へ駆け足で寄って行った。

*****
「・・・つまり、物語を書くにあたっては、起伏が大切ということだかんな」

だけど、私の心配とは裏腹に、かんちゃんは意外とマトモな感じで話を進めていた。

「つまり、起承転結。4コマ漫画だとわかりやすいかも」
「新聞に掲載されている漫画ね。読んだことがあるわ」
「そうです。たとえば・・・1.可憐でパイオツカイデーなお嬢様が夜道を歩いている2.宇宙怪獣萩原が背後から・・・3.お嬢様の悲鳴を聞きつけて、超絶美少女カンナが駆けつける4.お嬢様とカンナが無事結婚して10児の母になる、と」
「・・・えと、それは、でも」
「3~4唐突すぎるケロ!」

――いや、やっぱりマトモじゃない。あたしの無垢なお嬢様が、ポカンと口をあけて困っていらっしゃるじゃないの!もう!

「実際、描いてもらってみたら?」

℃変態さんの説明ではさすがに誤解を招くと思ったのか、他の創作チームの他の人の助言で、お嬢様の前にも、四つの枠に区切られた用紙が置かれる。

「今日は短時間ですし、お嬢様もマンガで何か表現してみたらいいかんな。あたしは文章の方なので、畑違いだけど・・・」
「そうね、何事もチャレンジですもの」
「なっきぃも描いてみれば?」
「あ、あたし?」

鉛筆に原稿と、必要最低限なものを渡してくれたあとは、それぞれの作業にサッと戻っていく。あのかんちゃんでさえ、ペンを握った途端、どこか人を寄せ付けないような無機質な表情に変わっていった。

なんか職人っぽいっていうか・・・自分の世界がある人たちの集まりなんだなって、感心してしまった。

「なっきぃは、どんなお話を?」
「キュフフ、内緒ですよぅ。あとでみせっこしましょうね」
「ええ」

――そして、数分後。

「・・・いや、なっきぃ、結構才能あるかんな」

私の描きあげたブツを凝視して、珍しくかんちゃんがマジなトーンでほめてくださった。

「いやいやそんな、キュフフ」
「この短時間で、よくまとまってる」
「いや本当に。週1でもいいから、来ません?うちの部」
「またまたぁ」

他の部員さんにもおだてられて、自分がちょーしこいてしまってるのを感じる。

私が描いたのは、メイクをバッチリ決めてドヤ顔で歩いてたら、道行く人がみんな自分をジーッとみてくる。
ほら私イケてる!とか思っていたら、実はパジャマのまま通学しててハズカシー!というベタなストーリーだった。

「メイクにばっか気を取られてる、昨今の女学生に対する風紀委員らしい風刺を感じるかんな」
「パジャマがウサギさん柄と子供っぽいのもまたいいね。背伸びしてる1コマ目との対比になってる」
「この絵柄の古臭さが、コテコテなお話の世界観と合ってるね」

さすが、本を読みこんでる人たちだけあって、いちいち考察が深い。
先生の採点を待ってるときのような、面映ゆさを覚える。

「いやいや、私なんて。それより、お嬢様ですよ!キュフフ、お嬢様!」
「・・・」
「あれ?お嬢様?」

無言のまま、原稿用紙とにらめっこ状態のお嬢様。
私たちの騒ぎも耳に入らないご様子で、瞼をふわふわと瞬かせている。
頬に、長い睫の影が映えるのが美しい。こんな整った気品溢れる御顔立ちなのに、浮世離れして、掴み取れないお嬢様の独特の世界。
いったい、どんなお話を紡いでいるのだろう。そう思いながら、じっと見つめていると、おもむろにお嬢様は顔をあげた。
まるで夢見心地のような表情から、じょじょに目に力が戻っていく。

「・・・まあ、お待たせしていたかしら?」
「いえいえ、珍しく真剣に机に向かっていらっしゃって、つい見とれてしまいました。キュフフ」

もう、意地悪ね。なんて笑いながら、お嬢様は手にした4コマ漫画用の原稿をこちらに差し出してくれた。
照れたように肩をもじもじさせながら、クフフと笑うのがとても愛らしい。

「漫画自体、あまりたくさん読んだ経験がないから、これで正しいのかわからないけれど」

そこに展開されていたのは、こんなお話だった。


1.リ*・一・リ<ウサギさん、あそびましょいいでしゅよ、わんちゃん>(・ⅴ・o)
2.从・ゥ・从ノソ*^o゚)州´・v・)リl|*´∀`l|ノk|‘-‘)リ|*‘ヮ‘)|<仲間に入れてー
3.リ*・一・リ<みんなであそんで楽しかったわ
4.リ*´一`リ<あしたもいい日でありますようにおやすみなさい


あれ・・・何か、目から汗が噴き出てきた。
何、この純粋性。この無垢さ。穢れていないにも程がある。

4コマに登場するキャラクターは、おそらく寮生とお嬢様を模したであろう、それぞれの特徴を捉えた動物たち(私は半魚どんみたいなやつ)。
遊んで、楽しくて、また明日も楽しくて・・・って、ただただ平和な、お嬢様のふんわりしたお心を投影した、何の痛みもないストーリー。


「お・・・おぉお・・・・」
「あ、有原さん?」

4コマを手にしたかんちゃんが、お尻から床に崩れ落ちる。


「あ、あたしはゴミ野郎だかんな。地球上の全汚物の集大成だかんな」
「やっと気づいたんでしゅか」
「私の腐敗しきった焦げ茶色の脳味噌では、このような、地上に落ちてきた1粒の希望の種のような物語は紡げないかんな」
「栞菜ったら、おっしゃっていることが難しくてよくわからないわ」

うん、うん。わかるよかんちゃん。
嗚咽で声が出ないほど泣きじゃくりながら、私はエグエグとハンカチを噛んだ。


「・・・たしかに、技法に頼るようになったらこういったお話は描けなくなるよね」
「何というか、原点に帰らせてもらった気分。伝えたいことを、ストレートに描くっていいね」

創作チームの人たちも、口々にお嬢様のその作品を褒め称える。
お嬢様、とても嬉しそう。こんなお姿を見ていると、昔の泣き虫で臆病だった姿が脳裏に浮かんでしまって、たまらない。
あの頃のまま心は純粋で、でも確実に素敵な女性へと変化している。お世話係として、こんな感動的なことって、そうないと思う。

「・・・ま、ちしゃとらしいんじゃない?また描いたら見てあげてもいいけど」

舞ちゃんは口数が少なかったけれど、口角がばっちり上がっている。お嬢様ワンコが最初に遊んでたのが自分、というのがうれしかったんだろうな。


「そうだ、ところで・・・うちの部、入ります?歓迎しますけど」

その部長さんからの問いかけに、少し視線を泳がせるお嬢様。

「もう少し、時間をいただいてもいいかしら?」

予想通りの答えだ。部長さんもさして残念そうでもなく、うなずいてくれた。

「素敵な部活に巡り合えるといいですね」
「ええ。また此方へ伺うかもしれませんが」

アメーバのように床にへばりついてるかんちゃんはともかく、最初の訪問の部活動がここでよかった。
お嬢様のお気持ちを上手に盛り立ててくれて、助かった。

去り際、舞ちゃんが部長さんに、何かの書類をもらっているのが見えた。
――今回の趣旨とは違うけれど、天邪鬼な天才さんにも、素敵な転機が訪れているのかもしれない。

そんな舞ちゃんを優しいまなざしで見つめながら、お嬢様がつぶやく。

「なっきぃ、次はお料理部へ行ってみたいわ」



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