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料理部の前の廊下は、いつもいい匂いが漂っている。
今日はケーキだろうか。卵とカスタードの甘い香りが鼻をくすぐる。
新聞部に頻繁に特集を組まれちゃうぐらい、レベルが高いこの部。
シンプルな煮物から、名前を聞いてもピンとこないようなエスニック料理まで、幅広く手掛けているという。
飽きっぽくて広く浅くがモットーな我が寮長・えりかちゃんも、ここだけは6年間皆勤だったと言っていた。
部風としては、結構明るい人が多かったような気がする。
人見知りなお嬢様が、馴染めるような環境ならいいんだけど。

「失礼しまーす」

調理室のドアを開けると、その香ばしい匂いはさらに強くなる。
手前の調理台のところにいた、下級生がハッと顔を上げた。

「こんにちは」
「うわっ」

私の挨拶はスルッと無視して、彼女の視線はまっすぐお嬢様に向けられている。
すごく華やかってわけじゃないけど、整った顔立ちの子。お嬢様の登場によっぽど驚いたのか。調理器具を扱う手もぴったり止まってしまったようだ。


「見学に来たんですけど、今日、大丈夫ですか?」
「・・・」
「あのー」
「・・・」
「おーい、聞いてます?」
「えっ!はぁ、見学?見学ですね!ちょっと部長に聞いてくるんで!」

何度目かの問いかけに、彼女はいきなりスイッチが入った玩具のごとく、大慌てで奥へと走って行った。
はずみで、他の調理台のボールや泡だて器を床に落としながら。


「もー、えりぽん!ちょっと!」

抗議の声も頭に入ってないのか、「部長!部長!」とおっきい声を出しながら、のっしのっしと歩みを進めている。
どうやら、猪突猛進型。1個のことしか頭に入らないタイプのようだ。

ほどなくして、顔見知りの料理部の部長がこちらへやってきた。

「いきなりごめんなさい。見学、いいかな?」
「あー・・・」

彼女の視線は、やっぱり千聖お嬢様。
まあ、わかるけど。さっきの文芸&漫研のみなさんがある種特殊なだけで、自分のテリトリーに、住む世界の違う超お嬢様が入ってきたら、どうしたって緊張する。

「でも、えーっと、千聖お嬢様に、楽しんでもらえるかどうか・・・。それに千聖お嬢様のような、セレブが食べるようなものは、うちの予算ではとても作れないですよ」

傍らでお嬢様が、そっと睫を伏せたのがわかった。
お嬢様は、ちゃんとわかっている。いくら特別扱いが嫌でも、受け入れる側からすれば、緊張感を持ってしまうのは仕方のないことだと。
それでもやっぱり、とまどいを全面に出されてしまうのは切なくて、心苦しいものがあるのだろう。

お嬢様を怒らせたら退学だとか、学園で肩身の狭い思いをするだとか。
そういう根も葉もない噂話は、お嬢様から遠い人たちにとっては真偽の確かめようのないこと。
だからと言ってお嬢様や生徒会が、いちいち一人一人に説明して回るわけにもいかないし、そんなことをすればむしろ逆効果になるであろうことぐらい、私たちだってわかっている。


「ねえ、次行こうよ」

舞ちゃんが千聖お嬢様の腕を軽く引き、ここは出直そうかと踵を返しかけたその時だった。



「・・・えー、何でせっかく来てくれたのに!もったいない!」


ちょっと早口目の独特な声がしたと思ったら、あっという間にお嬢様が調理室に引きずり込まれていた。

「衣梨奈ちゃん!なにやってんの!」
「だってぇ」


えりなちゃん、と言われたその子――さっき部長を呼びに行ってくれた子、はぴょんぴょんとジャンプしながら、ガッチリとお嬢様の腕をつかんでいた。


「ふはは、まさか、本当にいるとは・・・岡井お嬢様姉妹」

舞様のガンつけも何のその、えりなちゃんは物珍しそうにお嬢様をじろじろ眺める。

「いるに決まってるでしょ。ちしゃとのこと都市伝説扱いしないでくれる」
「あ、でも妹の明日菜様は見ましたよ!夢の中で」

泣く子をも黙らせるドスの利いた声さえも、彼女には通用しないようで、じつにテキトーな返答。
こういうの、舞ちゃん苦手なんだよね。大体どんな答えが返ってくるか想定して、自分が優位に立って話をしたいタイプなもんだから、宇宙人系とは頗る相性が悪い。
口をはさむべきか・・・迷っていると、千聖お嬢様がふと首をかしげた。

「明日菜のことを、知っているの?」
「はい!有名ですから。大名行列ぅ~」

お取り巻きさんを引き連れて、おすまし顔で颯爽と歩く明日菜お嬢様のモノマネをするえりなちゃん。

「まあ、ウフフ。明日菜は寂しがりだから、お友達といつも一緒なのね」
「そうです!だから、一緒にケーキ作りましょ!ね!」
「話がつながってないんでしゅけど」
「あー・・・もう、わかったから。千聖様に迷惑だけは絶対にかけないでよね、衣梨奈ちゃん」

どうやら、彼女はいつもこんな調子らしい。
あきらめたように料理部の部長が許可を出し、私たちは無事(?)参加させてもらえることとなった。

「今日はですねー、デコレーションカップケーキですよ!THE庶民のお味!」
「あら、カップケーキなら、よく執事が焼いてくれるわ」
「執事ぃ!?ヒェ―ッwww」
「えりなちゃん!失礼のないようにって言ったでしょうが!」

お嬢様とえりなちゃんがつかっているキッチン台は、もう大盛り上がりだ(えりなちゃんが大騒ぎしているだけだけど)
おかげさまで、私はさっきから舞様に、ケーキ生地ごと腕をねじ切られそうになっているわけで。

「何なのあいつ。年下のくせに」
「キュフフフ、お嬢様、意外と下の子に好かれるんだよねぇ。かりんちゃんとか、工藤さんとか?」

舞ちゃんもカウントに入れときたかったけど、年下扱いは地雷とわかっているので、お口チャックマン。

「舞。」

そんな不機嫌そうな舞ちゃんに、お嬢様からお声がかかる。

「…何」

ぶっきらぼうに返事してるけど、話しかけられただけで舞ちゃんのほっぺはもうゆるんじゃっている。
こういう素直になれないとこまで包んであげてるんだから・・・やっぱ、お嬢様って包容力あるよなぁ。
年下人気もうなずける。

「あとで、交換こしましょうね。舞となっきぃが作ったものも、食べてみたいわ」
「・・・ふふん、ちしゃとがそういうなら、別にいいけど?」
「えー!そりゃ楽しみですねー!ちなみに私が作ってるのはぁガキさんという伝説の」
「何で会話に入ってくるんでしゅか!あーもう!」

思わぬ天敵(?)が、またも舞様の頭を痛めつける・・・この状況に、ちょっとだけニヤニヤしてしまったのは内緒。



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