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ヒー、ヒー・・・

自分の呼吸が、若干ちょっと危うい感じになっているのを、体の内部からじわじわと感じ始めている。
水道場と昇降口の間を、一体何往復したことだろう。足はもつれ、頭がもうろうとしてきた。

“私、何やってるんだろう・・・”

もはや自分の中に芽生えた疑問を、口にする気力もない。
私の10歩ぐらい前を、キャッキャウフフと楽しげに駆けていくお二人は、全然お疲れの様子もなくて。
どんどん距離が空いて行ってしまう。どうしよう、勝手にやめちゃっていいのかな。でも、先輩だし・・・。

「うう・・・」

リ*・一・リ<負けないで もう少し 最後まで 走り抜けて


ちさとさんがふわふわした声で歌う幻が、頭の中に切れ切れに浮かんでくる。
あかん・・・これ、ヤバいパターンやで。視界も段々と白んでいくようだ。


「みぃたん!!!千聖お嬢様!!!!1」

その時、突然のキンキンボイスに、朦朧としていた意識を引き戻された。
そのまま、立ちはだかってきた青色リボンの制服。頭がフラフラで、ちゃんと顔を見ることができなかったけれど、その人は私のことをギュっと抱き留めてくれた。


「え・・・あれ?」
「香音ちゃん、もう大丈夫だからね!もう止まっていいケロ!よく頑張った!」

な・・なんで泣いてるんだろ、この人。
ともあれ、ようやく地獄の往復走から解放された私は、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。

「・・・もう!みぃたんもお嬢様も!常々なっきぃは言ってるじゃないですか!お二人の身体能力は、フツーの人とは違うんですからね!ああ・・・こんなになるまで頑張って。なんてけなげな」

こんなに、って。一体自分がどういう状況なのかよくわからない。
あれだけ走ったら、髪がバッサバサで制服がよれよれなんてことも考えられるけど、なにもこの人が泣かなくても。

「これから、またこんなひどい目にあわされそうになったら、すぐに言ってね!(キリッ)私は風紀委員賞兼生徒会副会ちょああばばギュフーッ!」
「なっきぃ、ひどーい!そんなことを言う子には、お尻ぺんぺんだぞ!とかいってw」

バギッ!ベギッ!と鈍い音を立てて、風紀委員長さんのお、おしりが・・・。いや、途中からは恐ろしくて正視できなかった。
そんな地獄のような光景を、天使みたいに可愛らしい微笑みを浮かべて見つめるちさとさん。もはや、自分がドッキリか何かを仕掛けられているような気がしてきた。


「お・・・おぉ・・・香の・・・ちゃ・・・早く…逃げ・・・」

イモムシみたいな動きで、にじりよってくる風紀委員長さん。
ホラー映画のようなワンシーンだ。心底楽しそうな、前生徒会長さんの美人スマイルが、だんだんと恐ろしいものに見えてきた。


「あの!暴力はいけないと思います!」

勇気を出してそう告げてみると、元生徒会長さんの目がキラッと光った。
こ…怖い。クラスの子に、意見を言うなんてこととはレベルが全く違う。
言うなれば、神様に近いような立ち位置の人に、初等部の庶民(?)の分際で、はむかうとは。
足が震える。だけど、ちさとさんがそっと私に寄り添ってくれた。


「ええ、そうね。香音さんの言うとおりだと思うわ」

「で、ですよねー」
「本当ですね!お嬢様の観音様の言うとおり!なっきぃ、気を付けなきゃダメじゃないか!とかいってw」
「キュフゥ・・・」

――ええと、あなたのことを言っていたんですが・・・。っていうか観音様て。シュールな漫才でも見させられているような気分だ。
そして、気を取り直した風紀委員長さんが、再びくりんとしたお目目で私をロックオンした。

「そ、それはそうと、香音ちゃん。私はあなたを探していたの」
「え、わ、私?」
「そうなの。ここはもういいから、グラウンドに来てくれる?」
「でも・・・」

下級生として、勝手にこの場を離れるのは気が引ける。
そう思って、お二人の方を横目で見てみたのだけれど。


「あははは、次はブリッジしたまま走ってみましょう、お嬢様!」
「まあ素敵、エク○シストね!」

美人で清純そうな容姿のちさとさんと前生徒会長さんは、コンクリートをものともせず、新種の虫みたいな素早い動きでブリッジ競走を始めてしまった。通りすがりの生徒さんたちが、悲鳴を上げて飛びのいていく。

「・・・ね?いつもあんな感じだから。香音ちゃんはもう解放されていいんだよ」
「はぁ」

どうも、この人たちのノリはよくわからない。
ちさとさん、私としゃべってた時は、あんなに大人しくて柔らかい雰囲気だったのに。もしかして、私といてもつまらなかったのかな。聞き上手だっただけなのかも。

「行こう」

風紀委員長さんに手をつないでもらって、グラウンドへと歩いていく。


「香音ちゃん、1つ、聞いてもいい?」
「は、はい!」
「キュフフ、そんなに怖がらなくても。・・・なんで、ずっとみぃた・・・矢島さんたちに、付き合っていたの?途中で抜けたって良かったのに」

厳しそうな印象だった風紀委員長さんは、意外なほど優しい声で、私に問いかけた。
その柔らかい雰囲気で、私の緊張も少し解れていくのを感じた。


「…途中で抜けるなんて、考えもしなかったです」
「キュフフ、真面目だねえ」
「それに・・・あの、何か、羨ましくて」
「ん?」
「キラキラしてて、主役って感じの人たちだから。一緒にいたら、私もちょっとは、あやかれるかなあ、なんて」

後半部分は、言わなくてもよかったのかもしれないけど・・・どうも、私はごまかしたりするのが苦手だ。

「なんか、わかるよ。そういうの。キュフフフ」

風紀委員長さんは、ピタッと足を止めて、笑いかけてきた。

「あんまり世界が違う人が近くにいると、自分ってなんだろう?とか思っちゃうよね」
「そうなんです!だから、里保ちゃ・・・えっと、今陸上部で走ってる子、友達もなんですけど・・・彼女も・・・」

しどろもどろながら、私の言いたいことを理解してくれたらしく、中島さんはまた、独特のキュフフという声で笑った。

「ちょうどよかった」
「え?」
「今ね、香音ちゃんを呼びに来たのは、里保ちゃんのことで、だったから」

風紀委員長さんは、スッと目を細めた。
どちらかと言えば童顔な、小動物っぽい表情が、一気に上級生らしいものへと変化する。

「里保ちゃんには、あなたが必要なんだよ、香音ちゃん」



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