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先日の出来事、あれはひどい話しだった。
せっかく舞ちゃんが僕の家に来てくれたというのに、一緒に来た大きな熊さんに全て持っていかれてしまった。
夢のようなひとときになるはずだったのに、熊井劇場と化してしまった僕の部屋。目眩でクラクラする。
あそこまでやられると、一周回ってもう笑うしかないけど。

しかも、最後はあんなひどい展開・・・・

それに対しては舞ちゃん、自分には無関係のこととして流してくれたようだ。
熊井ちゃんのいつもの暴走ということで、僕の方が被害者の立場だというのを理解してくれてるのだろう。
(あの時の、ちょっと顔を赤らめたように見えた舞ちゃん、めちゃめちゃかわいかった・・・)

でも、あんなドタバタ勉強会になってしまったにも関わらず、舞ちゃんの機嫌は決して悪いものにはならかったように見えた。
僕の家に来たときのあの固い表情に比べると、舞ちゃんのその表情は帰りのときの方が明らかに柔らかくなっていたし。
うん、それは確かに。

やっぱり、あの日舞ちゃんと直に言葉を交わすことが出来たってのが大きい。
コミュニケーションってやっぱり大事だ。そうやって僕らの心は通じあうことが出来たんだから。
あの勉強会のあと、僕と舞ちゃんの仲が以前よりもずっと近いものになったのは間違いないだろう。
うん、そこは本当にそう思う。僕らの距離は確実に縮まってきているのが実感として感じられているんだから。
一緒に勉強をしたというその既成事実もあいまって、これから僕らの間は何か進展するかもしれないな。

(※筆者注・ここまでのお花畑的思考はもちろん全て脳内)


舞ちゃんとのそんなことをじっくりと考えながら、ゆっくりと歩いていく。
僕はリハビリのために毎日長めの散歩をするように心がけているんだ。
だから、今もそのリハビリのためなんだけど、今日はこの林道を歩いている。リハビリのために。


その林道をリハビリのために歩いていたら、なんとまあ、お嬢様のお屋敷の前に出てしまった。
やあ、これは何という偶然なんだらう。


お屋敷の門の前で立ち止まる。
この場所での出来事、あれから何日経ったのだろう。
再びここに戻ってくることが出来た。
でも今日は、あの時のようにそこにお嬢様が待っていてくださるということは無かった。
立派な門構え。今は人気も感じられず、ただひたすら静かな時間が流れているその門の前に僕は立った。

せっかくここまで来たんだ。
入院のことでお嬢様にはお世話になったのだから、ここはお嬢様にお伺いして直接お礼をすべきなのではないか?
そう、アポイントなんて無いけど、お屋敷にお伺いする口実としては十分な理由だ。

でも、目の前に聳え立つ、この門構え、この格式。
世界の違いを感じてしまい、どうしても気後れしてしまう。
とてもじゃないが僕ごときが呼び鈴を押すことなどできなかった。

かと言って、諦めもつかない。このまま立ち去ってしまうのは名残惜しい。
だから、何かきっかけのようなものにでも出会えないかと、門から塀沿いをゆっくりと進んでみる。
(歩き回るのはリハビリになりますからね)

長い長い真っ直ぐに続く塀。
でも、もちろんお嬢様の気配なんか微塵も感じられなかった。

足を止めて立ち尽くす。
見上げると青い空に浮かぶ白い雲。
夏らしい高い空からは、強い日差しがふりそそいでいる。


もうすぐ夏も終わりだなあ・・・
残暑お見舞い申し上げます。


しばし佇んだあと、空しくなってきた。
ここまで来たけど、残念ながらお嬢様には会えないみたいだな。
寂しいな、切ないな、せめて一言、なんて思いながらお屋敷を後にしようと背を向けたとき。
聞こえたんだ、確かに。
ごくごく小さい音だったけど、水のはねるような音がかすかに聞こえた。空耳なんかじゃない。確かに聞こえた。

今日プールが開かれている!?
それを知ってしまったからには、僕の取るべき行動は決まっている。この機会を逃すわけにはいかない。
思わず柵に飛びついて中をがっつりと覗き込んでしまった。

どこだ? どこでやってるんだ?
必死で覗き込むが、それっきり水音も聞こえず様子も全く分からなかった。
まぁ、外から覗けるようなところでプールが開催されているわけもないだろうけど。

お屋敷の柵に、飛び越えんばかりに飛びついて中の様子を伺う僕。
これじゃあ、思いっきり不審者だ。


そんな僕の姿は防犯カメラでバッチリと捕捉されていたようだ。
静寂を破って、とがめるような声が僕の耳に入ってきた。

「そこで何をしているんですかァ!?」


この声。

聞き覚えのあるこの声。


「!! 執事さん!」
「なんだ、君か。こんなところで何を?」
「プール、やってるんですよね!」
「え? えぇ、今日がこの夏最後のプール開催日です」
「執事さん!!」
「な、なんでしょう・・」
「僕を中に入れてください!」
「はぁ??」

「それを見なければ僕は一生心残りになってしまうんです!だから僕をプールに!」

何を言ってるんだこいつは、というドン引き顔の執事さん。


「そんなわけにはいかないですよ」
「何でですか!!」
「何でって・・・そんなの当たり前じゃ・・」
「僕は行かなきゃならないんだ。お願いです!僕をプールサイドに!!」

頭がおかしい人間を見たとき、人はこんな表情をするよね。
でも、そのとき僕は本当に必死だった。


熊井ちゃんと一緒に来れば良かった。
彼女が一緒なら、やりたいことを気ままにやる彼女が一緒なら。
僕は、そんな彼女についていきさえすれば、プールサイドに行くことだってきっとあっさりと実現したことだろう。
でも、いま彼女はいない。僕ひとりなのだ。

そんなこの場に、思いがけない人が現れたんだ。
敷地の中、ここを通りがかったその人が、のんびりとした口調で声をかけてきた。


「あらー、もうケガの方は良くなったんですかぁ?」


「あ、愛理ちゃん!!」
「す、鈴木さん!!」


そこにいたのは、愛理ちゃんだった!! あ、あ、愛理ちゃん!?
うわぁ、本当に愛理ちゃんだ!!

彼女はパーカー姿だったのだが、そのパーカーの裾からは、すらっとした生足が伸びていた。
その格好、そうか愛理ちゃんは今プールに向かっている途中なのかもしれない。
ってことは、そのパーカーの下は、たぶん、み、み、み、水着姿ってこと?
彼女のその長く美しいおみ足、なんと眼福なことか!!
つい見とれてしまいそうになるが、その白さもまぶしい太モryを見るのは一瞬だけにした(モニター越しのそちらからの殺気を感じるので)。

そのように僕は見とれることを自粛したというのに、目の前の執事さんは全くお構い無しにその視線を愛理ちゃん一点にロックオンしているようだ。
うわー・・・ 愛理ちゃんの全身をガン見しちゃってるよ。
      • 信じられない、この人。

でも、まぁ気持ちはわかる。
だって、愛理ちゃんが水着姿で目の前にいるのだ。それを見て平然としていられる男なんかいるわけがない。
しかもですね、ズバリ水着姿が見えているのではなく、パーカーで隠されてるのが余計に想像力を刺激して(ry


愛理ちゃんを見つめて固まっている執事さん。
小うるさいこの人が黙ってしまったのは、僕にとってこれ幸いだ。

そんな僕に、愛理ちゃんが話しかけてくれた。

「今日プールがあるって知ってたんですか?」
「いえ、リハビリで散歩をしていてですね、偶然なんです」
「そうですかぁ」
「あの、さっきの・・・ 僕のケガのこと知ってるんですか?」
「もつろん。寮生みんな知ってますから。ケッケッケッ」

もつろん、って言ったw 
カワイイ・・・・・

ホント、愛らしいひとだなあ。その上、落ち着いていて理知的で。
その名前どおりの女の子だよ。親御さんもまた、見事に似合う名前をつけたものだと思う。

でも、今のその笑い、なんか含むところがあるように聞こえたのは気のせいか。
まぁいい。
それより、寮生みなさんがそんなに僕のことを心配されてたなんて・・・感激です。

「寮生の方がみなさん御存知・・・そうなんですか!」
「特に舞美ちゃんが気にしてて。その舞美ちゃんからよく聞いてましたから。入院中いつも熊井ちゃんと一緒なんだよ微笑ましいよねあの2人!ってw」

あ、まただ。
笑顔なんだけど、何か裏の意味がその目には宿っていませんか。
何というか、若干黒いオーラが混じっているような・・・

「いや、全然微笑ましくなんかなかったですけどね・・・」

「ゴホン!」

執事さんがした咳払いで僕らの会話が途切れた。
柵越しではあるが、愛理ちゃんと会話をするという幸福を存分に味わっているところに、割り込むように執事さんが口を挟んでくる。

「ここで柵越しに話すというのも警備上アレですので、あとは私にまかせて、鈴木さんはどうぞプールの方へ」

「さぁ、君も自宅に戻られて安静になさってください。お大事に」


この執カス(怒)!!

僕らの邪魔をしてくる相手に手を出そうにも、この柵が僕の行く手を阻む。
柵を掴んでいる手がプルプルと震える。
この柵が、僕と目の前の愛理ちゃん、そしてひいてはお屋敷の皆さんとの間を無情にも分断している。
無力だ。いまの僕は自分では何も出来ない。


そんな僕を、その大きな目でじっと見ていた愛理ちゃん。
すると、彼女が信じられないような言葉を口にした。
それを望んでいた僕でさえ、まさかと思うその言葉を。


「あの、お嬢様も気にされていたようですし、良かったらちょっとだけ中へ入ってお顔を見せていきませんか?」


「す、鈴木さん!」
「あら、やっぱりダメですか?」
「お嬢様の判断を仰がずにそんなことは・・・」
「私の判断なんですけど、いけませんか、やっぱり?」
「いえ!鈴木さんがそう思われたのなら結構です!」
「ありがとうございますぅ執事さん♪」

執事さん、何か死にそうな顔になっちゃってるけど、大丈夫なんだろうか、この人。

魂を抜かれたようなうつろな視線で執事さんが僕に向き直った。

「・・・・どうぞお入りください」

おい!僕には態度が全く違うじゃないか。何だ、その棒読みは。
僕にはあからさまに投げやりな口調を向けてくる執事さんだったが、しぶしぶ裏門の扉を開けて僕を中に入れてくれた。



こうして、ついに僕は岡井家のお屋敷に足を踏み入れたのだ。
(正門じゃなくて裏門からとは、ぴったりだかんな!この間男が!)


3人で連れ立って歩いていく。
愛理ちゃん、執事さん、そして僕という3人の並び。なんだ、この組み合わせ。

ここが千聖お嬢様のお屋敷。
ぐるりと周りを見渡す。
隅々まで手入れが行き届いている植栽。風格のある重厚な建物。
僕が普段目にしている風景とは全く異なる世界がそこには広がっていた。

初めて見る風景に圧倒されながら歩いていく。
そんな僕の横には愛理ちゃんがいるのだ。愛くるしいニコニコとした表情で。
ま、なんか淀んだ顔で僕を監視してる様子の執事さんも一緒なんだけどさ。


そんなとき、彼のケータイが鳴った。

「えっ、なんですか。またそんな無茶振りを・・・・ハイわかりました・・・ すぐ伺います」


「鈴木さん、すみません。僕は有原さんから呼び出されてしまいました。これで失礼します」
「忙しいですねぇケッケッケッw どうぞ、わたしにはお構いなく」

その去り際、僕のことを露骨にすんごい目付きで睨みつけてくる執事さん。
な、なんだよー・・・


そんな彼に、愛理ちゃんが声をかけたんだ。

「あっ、そうだ、執事さん」
「な、なんでしょうか・・・」
「今朝のスクランブルエッグ、とっても美味しかったです。さすがですね!」

愛理ちゃんからお褒めの言葉をかけられたというのに、それには返事もせず慌てたようにすっ転んだりしながら行ってしまった執事さん。
なんなんだ、あの人は。大丈夫なのか?

執事さんは行ってしまった。
ということは、僕は愛理ちゃんと2人っきりになってしまったということじゃないか!



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