「あー!なんだよ、またやられた!」
姉ちゃんの部屋を追い出された俺は、部屋に戻って、村上さんとサッカーのテレビゲームで暇つぶしをすることにした。
結構特異なゲームで、友達にもねーちゃんたちにも負けたことがなかったのに(つーか、明日菜ねーちゃんは負けそうになるとコンセント引っこ抜くからな)、この男前なメイドは、ガンガンゴールを決めていく。
「何でそんなつえーんだよ」
「ふふふ。ゲームの類は得意なので。でも、おぼっちゃまも相当な手練れですよ。このゲームで私のレベルについてこれる人って、みや・・・今まで一人しかいなかったですし」
「何だその上から目線は」
絶対、接待プレーなんてやってくれないだろうし(まあされてもそれはそれでムカつくが)、そろそろこの惨敗℃M行為にも飽きてきた。
「違うことやろーぜ、村上さん」
「あら、そうですか。でしたら、明日の授業の予習でも・・・」
「うげ、絶対やだ」
――コン、コン
すると、唐突にドアをノックする音がした。
「誰?」
「・・・おにーたま」
「ああ、みおんか。入れよ」
細くドアを開けて、困ったような顔で俺を見るみおん。・・・こういう顔、千聖ねーちゃんそっくりだよな。
「なんだよ、機嫌なおったのか?」
「うぅ・・・」
よく見ると、みおんはずいぶん派手な格好をしていた。子供用ドレス、だろうか。
さっき矢島さんたちがみおんの気を引くために持ってきていた、カタログにありそうな。
お姫様ごっこでもしてもらってたのか?頭の上に、キラキラの冠まで乗せられている。
「おにーたま」
「俺はそういうごっこ遊びはやんねーぞ」
「ちってましゅ。おにーたまとちてもおもちろくないもの。こちらから、ねがいさげぉ」
「・・・それはそれでムカつくな」
部屋に入ってきたみおんは、じーっと俺の顔を見上げてくる。
その視線が、村上さんの方へ移された瞬間、横にいたはずの彼女が、スッと俺の背後に回った。
「村上さん、めーれーぉ!!」
「ああん?」
「かしこまりました。おぼっちゃま、失礼します!」
突然、両腕がグワッと宙に上がった。
「な、なんだ!?」
はがいじめにされた、と気がつくまで、数十秒かかった。
こんな扱い、受けたことねーぞ!まして相手は女で・・・なのに、全然肩に力が入らない。
さ、さすがだなフルメタルマッチョ。いつぞや、屋敷のトレーニングジムで、鬼の形相でダンベルを振り回していたことを思い出す。
「離せ、村上さん!命令だ!」
「勝手ながら、おぼっちゃま。私の自己判断により、お従いすることはできません」
「な、なんだとー!」
そうこうしているうちに、ニヤーッと邪悪な笑みを浮かべたみおんが、俺の足元まで近づいてきていた。
なんて顔だ。幼稚園児だというのに・・・はぐれ(ryの影響か!にーちゃんは悲しいぞ!
「クフフフ、おにーたま」
「や、やめろ!ちょ、おま、何して(ry」
*****
数分後。
「おにーたま、おにーたま、クフフ♪おうじしゃまでしゅ」
「わーかったって。そんな引っ張るなよ」
超ご機嫌モードなみおんに腕を引っ張られて、俺はげんなりしながら部屋を出ていた。
あの後、みおんと村上さんの手で無理やり着替えさせられた俺は、どこかのアイドル事務所かと思うような、キラキラした真っ赤な衣装を身にまとうこととなった。
歩くたびに、頭の上のでっかい王冠がぐわんぐわん揺れて気持ち悪い。
“おにーたまとあしょんでも、おもちろくない!”んじゃなかったのかよ。ったく、気分屋だな。
「こっち!」
連れられてきたのは、ねーちゃんたちの食堂。
ドアの前に佇んでいた、ショボメガネが、深々とお辞儀をしてきた。
「ぷぷっ、なんだよその恰好」
「はは・・・」
全然似合わないタキシードに、赤い蝶ネクタイ姿のショボ執事は、陽気なアフロのヅラを被っている。
また胃押さえてるし、表情からして乗り気じゃないようだ。こいつも苦労人だよなー・・・。いつもトラブルに巻き込まれては、げっそりした顔してふらふら歩いてるし。
「しょぼひつじ!おねーたまは?」
「しょ、しょb・・・千聖様と明日菜様はまだ室内には・・・。ですが、寮の皆さんは、もう。どうぞ中へ」
誘導されるがまままに室内に一歩足を踏み入れると、どういうわけか、電気1つ点いていない。
「あれ?ねーちゃ」
パーン!パーン!
「うわっなんだ!?」
暗闇の中、何かが爆発するような鋭い音。
それと同時に、ロウソクの小さな明かりがポッと灯り、何人かの手元を照らし出した。
徐々に暗闇に慣れてきた目を凝らすと、まず、満面の笑みの矢島さんの顔が、懐中電灯に照らされてぼんやりと光っているのに遭遇した。
「うわぁ」
「あはは、すごいですね、おぼっちゃま!」
何が、とはいちいち聞くまい(姉ちゃん曰く、矢島さんの口癖だとか)
面食らってる俺に構わず、矢島さんは周囲にぐるりと視線をはわせると、大きく息を吸った。
「せぇーのっ」
「「「「「「「「つばさおぼっちゃま、お誕生日おめでとうございます!!」」」」」」」」
「え・・・」
一気に照明に明かりが灯り、大きな拍手が俺を包み込んでいく。
屋敷中のメイドに執事、寮の人たち(含はぐれ(ry)、それからみおん。
豪勢な料理が置かれたテーブルの周りに、みんな揃って立っていた。
寮の人たちは、普段着とは違う、パーティードレスみたいなのを着ている。
壁には、「HAPPY BIRTHDAY 空翼おぼっちゃま」などと書かれた、大きな大きなイラスト入りのメッセージボード。
それで俺は、会う人みんなの手が汚れていた理由を理解した。
「みおんお嬢様、空翼様にこれ作ってるのバレちゃったって思って、泣いちゃったんですよねー」
「ああ、それでか・・・つーか、まさか、℃変態とデコ女までもがこんな」
「ケッケッケ、そうおっしゃいますけどぉ、このパネルの案を出したのはぁ、はぐれ」
「えっ、マジで?」
「ちょっと愛理、余計なこと言わなくでいいんでしゅよ」
何だよ・・・こいつらにも結構いいとこあるんじゃんか。ま、温情で今すぐ寮をクビにしなくてもいいことにしてやろうかな。
「まあ、お子ちゃまはこういうわかりやすい演出が好きだかんな」
「せいぜいちしゃとの弟として生を受けたのを感謝するんでしゅね。本来ならおめーごときが、舞に労働させるなんて(ry」
――前言撤回。ったく、ほんっと一言多い奴らだ!
「ねね、おたんじょうびのおうたうたいまちょ。はっぴばしゅでー・・」
「あら、みおんったら。ウフフ、お歌は私と明日菜が戻ってからというお約束だったでしょう?」
「ねーちゃん!」
続いて、俺の背後から現れたのは、千聖ねーちゃんと明日菜ねーちゃん。もちろん、二人もおそろいのドレスを着ている。
その後ろから、ワゴンを引いてきた村上さん。そこには、大きなサッカーボールの形をしたケーキが乗っかっていた。
「な・・・なんだこれ!すげー!」
「私と千聖お姉さまが二人で作ったのよ。心してお食べなさい、空翼」
「ウフフ、初めて作ったから、上手くできたか心配だけれど・・・。料理部の生徒さんに、レシピの相談に乗ってもらったのよ。空翼は、甘さを控えたほうが好きだったでしょう?」
「う、うん。いや別にそんなに気使われても困るし」
――いや、たしかに嬉しいよ。嬉しいとは思う。が、それ以上に、どうしても恥ずかしさがこみあげてきてしまう。
わざわざこんなに盛大なパーティーを開催してくれて、参加者は全員ねーちゃんの友達で、しかも概ねいい人ばっかり。まさか、ここまでまでやってくれるなんて思わなかった。いじけていた自分が、なんだかみっともなくて顔が赤くなる。
「・・・このボードさ、あとで俺の食堂に飾っといてよ」
「ええ、もちろんです」
こっそり告げると、村上さんまでニコニコ顔になってしまって余計に恥ずかしい。
誰とも目が合わないように視線を泳がせつつ、わざとらしい咳払いを1つして、気持ちを落ち着かせる。
「それでは、全員そろったことですし、改めまして」
「あー、だめー!それみおんがゆうのー!せぇーのっ」
“♪HAPPY BIRTHDAY TO YOU…”
お、女の合唱の声で祝われるとは・・・そわそわして落ち着かない。
誰の声だかわかんないが、器用にハモりまで入れてくれちゃって。
食堂に響く歌声と手拍子の音に、どう反応すべきか。あいまいに笑う、自分の顔が引きつっているのを感じる。
「つばさ、ケーキのろうそくを吹き消してちょうだい」
「お、おう」
俺が何かするたびに、写真のフラッシュや、拍手や歓声が上がる変な状況。
ノリ、良すぎだろこの人たち・・・。あんまり至れり尽くせりだと、リアクションにも困ってしまう。
「ケーキ、美味しいかしら?」
「ああ。うまいよ。・・・つか、ねーちゃんさ」
「なぁに?」
「俺、今朝すげーびっくりしたんだからな。まさか弟の誕生日忘れてるとか・・・。ま、ねーちゃんなりのドッキリだったんだろ?」
「うふふ?」
「え?」
ねーちゃんはケーキをほおばるのをピタッと止め、小首を傾げて微笑みかけてきた。
「いやいや、だからさぁ夜メシ」
「うふふ?」
「・・・はは?」
――あれ、何かはぐらかされた気が・・・。き、気のせいだよな?急に思い出して、料理部の人にケーキのレシピ聞いたわけじゃないよな?
「・・・空翼のお誕生日、もちろん覚えていたのよ。ただね」
しばらくして、千聖ねーちゃんがいつものふがふがした口調でしゃべり始めた。
「今月は、お金を使いすぎてしまって。当日にプレゼントを用意することが出来そうになかったから、なるべく印象に残るパーティーが出来たらと思ったのよ」
びっくりしてもらえたのなら、大成功ね。なんて、イタズラっぽく笑う。
「別に、気にすんなよそんなの。あとで親父たちと一緒にくれればいいし」
――だって、千聖ねーちゃんの小遣いが足りなくなっちゃうのは、俺たち弟妹や寮の人のために使っちゃうからだって、俺は知ってるし(俺んちは金持ちだが、小遣いは普通なんだ!オヤジの方針で!)
ねーちゃんのドッキリは、ちょっと雑で、へたくそで、なんだか可愛い。・・・ねーちゃんに、可愛いとか言うのもおかしいけど。
「寮の皆さんに相談して、今日の企画を立てたのよ」
「そうそう。寝る前に、ベッドの中でたっぷりささやき合ったかんな。フヒヒ」
「・・・お前、今朝ネタバレしかかってたじゃねーか。写真で・・・」
「はーん?誰の写真?写真ってなんのことだかんな?」
――こ、この・・・!だが、℃変態も含め、色々と動いてくれたのは、ものすごく伝わってくる。
手作りボードに、ケーキ、料理、歌・・・。工夫いっぱいのパーティーを、俺の為に。
「・・・大事なこと言ってなかったよ、俺」
「まあ、どうしたの?」
「いや・・・だからさ、・・・がと」
「なぁに?よく聞こえなかったわ」
「あ、ありがとうって言ったんだよ!!」
俺の声に、お喋りの声がピッタリ止んで、みんな一斉にこっちを見てくる。
「ト、トイレ!!」
慌てて部屋を飛び出して、廊下に躍り出る。
「おぼっちゃまー?大丈夫ですかー?すごいですねー!」
「いや、いいから!ついてこなくていいから!トイレだってば!」
なぜか追いかけてくる矢島さんをかわしながら、トイレ目指して走り続ける。
ほんと、変な人たちだ。俺が屋敷に戻ってきて、最初の誕生日会。来年はどんなおかしなことが巻き起こるんだろう。
外から聞こえる、車のエンジンの音は、親父たちだろうか。
食堂に戻ったら、ねーちゃんたち手作りのケーキ、おかわりしてやろうかな。そんなことを考えながら、自然と頬が緩んでいくのを感じた。
次へ
最終更新:2014年02月01日 20:53